第14章「勇者との邂逅」

清浄亭に戻ると、店の前に人だかりができていた。


「なんだ——?」


 洗一は、馬車を降りて、店に近づいた。


 人々が、道を空ける。その先に——


 四人の若者が、立っていた。


 先頭に立つのは、金髪の青年。鎧を纏い、腰には聖剣を佩いている。その背には、白い外套。外套の背中には——「勇者」の紋章が刺繍されていた。


「お前が——清浄亭の店主か」


 青年が、傲慢な口調で言った。


「ああ。何か、御用で」


「俺の装備を——浄化してほしい」


 青年は、背負っていた布袋を、地面に投げ捨てた。


 中から、鎧や武器が転がり出る。


 全てが——ひどく汚れていた。血、泥、そして——濃厚な穢れ。


 【汚染鑑定】を発動する。


 ——警告:高濃度穢れ検出

 ——分類:魔王軍由来の瘴気

 ——危険度:高い

 ——推奨処置:即時の隔離と浄化


 魔王軍由来。


 この装備は——魔王軍と戦った後のものだ。


「俺は勇者アルベルト。魔王軍と戦うために選ばれた者だ」


 青年——アルベルトは、胸を張って言った。


「お前が穢れを落とせると聞いた。俺たちの装備を、浄化しろ」


 洗一は、アルベルトの態度に——少し、苛立ちを覚えた。


 命令口調。傲慢な態度。装備を「投げ捨てる」という無作法。


 だが——


「承知した」


 洗一は、装備を拾い上げた。


「三日、いただく」


「三日だと? そんなに待てない。明日までにやれ」


「無理だ」


 洗一は、きっぱりと言った。


「この装備には、高濃度の穢れが染み込んでいる。丁寧に処理しないと——穢れが残る」


「残ったら、どうなる」


「装備を着けている間、少しずつ体を蝕む。戦闘中に——力が出なくなることもある」


 アルベルトの顔が、わずかに曇った。


「……三日だな」


「ああ」


「遅れるなよ。俺たちには——時間がない」


 アルベルトたちが去った後、セラが言った。


「嫌な人ですね——」


「まあな」


 洗一は、装備を作業台に並べた。


「だが——仕事は仕事だ。依頼主の人格と、仕事の品質は、関係ない」


「でも——あんな態度——」


「勇者ってのは——重い責任を背負っているんだろう」


 洗一は、鎧を観察しながら言った。


「魔王軍と戦う。世界を救う。そんな重圧の中で——性格が歪むこともある」


「……セイイチさんは、優しいですね」


「優しくはない。ただ——仕事に集中しているだけだ」


 勇者の装備は、予想以上に手強かった。


 穢れの濃度が、これまでに経験したどの依頼よりも高い。


 通常の処理では、落ちない。


 洗一は、新しいアプローチを試みた。


 「段階的浄化」だ。


 一度に全ての穢れを落とそうとするのではなく、段階を分けて——表層から、少しずつ深層へと、浄化を進めていく。


 第一段階——表層の穢れを除去。

 第二段階——中層の穢れを分解。

 第三段階——深層の穢れを抽出。

 第四段階——残留穢れの完全浄化。


 各段階で、異なる種類の魔力溶剤を使う。


 時間はかかるが——確実に、穢れが減っていった。


 三日目の朝、勇者パーティが装備を受け取りに来た。


 今度は、アルベルトだけでなく、他の三人も一緒だった。


 赤毛の女戦士——カーラ。

 眼鏡をかけた魔法使い——エーリッヒ。

 フードを被った神官——ミラ。


「これが——俺たちの装備か?」


 アルベルトが、鎧を手に取った。


 その目が——驚きで見開かれた。


「……新品同然だ」


「穢れは、完全に除去しました。防御魔法も——回復しています」


 アルベルトは、鎧をじっと見つめていた。


 やがて、彼は——小さく頭を下げた。


「……すまなかった」


「は?」


「先日の態度だ。……傲慢だった」


 洗一は、少し驚いた。


 傲慢な勇者が——謝罪するとは。


「俺たちは——追い詰められていた」


 アルベルトは、静かに言った。


「魔王軍との戦いで、仲間を失った。装備は穢れに侵され、体力も限界だった。焦っていたんだ」


「……そうか」


「お前の仕事は——完璧だった。感謝する」


 アルベルトは、金貨の袋を差し出した。


「これは——報酬だ。足りなければ言ってくれ」


 勇者パーティが去った後、洗一は窓の外を見ていた。


 勇者。


 魔王軍と戦う者たち。


 彼らは——最前線で、世界を守っている。


 俺にできるのは——彼らの装備を、浄化すること。


 それだけだ。


 だが——それは、意味のある仕事だ。


 清潔な装備は、戦闘力を維持する。穢れのない鎧は、心を守る。


 俺は——後方支援として、世界を守っている。


 そう思うことにした。


 一週間後、勇者パーティが再び来店した。


「また——浄化を頼みたい」


 アルベルトの態度は、前回とは違っていた。丁寧で、礼儀正しい。


「どうぞ。いつでも承ります」


「それと——相談がある」


 アルベルトは、声を低めて言った。


「魔王軍の情報だ」


「情報——?」


「お前は、北の砦にも行っただろう。瘴気の発生源について——調べているんじゃないか」


 洗一の目が、鋭くなった。


「……何を知っている」


「魔王軍の中に——『穢染公』と呼ばれる幹部がいる」


 穢染公。


 初めて聞く名前だった。


「そいつは——瘴気を操る能力を持っている。北の国境の瘴気も——そいつの仕業だと言われている」


「穢染公——」


「俺たちは——今、そいつを追っている。だが——奴は、なかなか尻尾を見せない」


 アルベルトは、洗一の目を見据えた。


「お前の——穢れを感知する能力。それを、貸してほしい」


 洗一は、考えた。


 穢染公。瘴気を操る魔王軍の幹部。


 北の国境の瘴気の——元凶かもしれない。


 だが——


「俺は——戦えない」


「わかっている。お前に戦えとは言わない」


 アルベルトは、首を振った。


「奴の居場所を——突き止めてほしいだけだ。お前の能力なら——瘴気の流れを追跡して、発生源を特定できるんじゃないか」


「……できるかもしれない」


 洗一は、認めた。


「だが——危険だ。魔王領に近づくことになる」


「俺たちが——護衛する」


 アルベルトの目は、真剣だった。


「お前を——絶対に、守る」


 洗一は、一晩、考えた。


 穢染公を追う。


 それは——店を離れることを意味する。危険な任務に、身を投じることを意味する。


 だが——


 神が言っていた。この世界は、百年を待たずに滅ぶ、と。


 穢れの根源を断たない限り——世界は、救えない。


 俺は——クリーニング師だ。


 汚れを落とすのが、仕事だ。


 この世界の穢れを——落とすことができるなら——


「セイイチさん」


 セラの声が、背後から聞こえた。


「決めたんですね」


「……ああ」


「私も——行きます」


「駄目だ。危険すぎる」


「でも——」


「お前には——店を守ってもらう」


 洗一は、セラの目を見据えた。


「俺がいない間——清浄亭を、頼む」


 セラは、しばらく黙っていた。


 やがて、彼女は——涙をこらえながら、頷いた。


「……わかりました」


「トム、エマ、ルカを——まとめてくれ。お前なら、できる」


「はい……」


「俺は——必ず、帰ってくる」


 洗一は、セラの頭に手を置いた。


「約束だ」


【第14章・了】

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