転生悪役令息は可愛いものが好き

@Noaaaaaaa

第1章「転生したら悪役令息でした~破滅フラグは同性愛!?~」

プロローグ「過労死からの目覚め」

「佐藤くん、この資料、明日の朝までに頼むね」

上司の声が遠くに聞こえた。時計を見る。午後十一時。今日で連続勤務十四日目だ。

「はい……」

力のない返事をしながら、佐藤健太は自分のデスクに戻った。パソコンの画面が青白く光っている。目が痛い。肩が重い。頭がぼんやりする。

(また徹夜か……)

ため息をつきながら、デスクの引き出しを開ける。そこには、疲れた心を癒すための小さな宝物たちが隠してある。ピンク色のマスキングテープ。うさぎの形をした小さなメモ帳。キラキラした星形のクリップ。

会社では絶対に使えない。「男のくせに」と笑われるのが目に見えている。だから、こっそり眺めるだけ。それだけで少し、ほんの少しだけ、心がけ楽になる気がした。

「可愛いな……」

独り言を呟いて、健太は再び画面に向かった。

指がキーボードを叩く。数字が並ぶ。グラフが描かれる。意識が遠のいていく。

(そういえば、最後に休日に出かけたのいつだっけ……)

行きたかった雑貨屋がある。新しくオープンしたカフェにも行ってみたかった。インテリア雑誌で見た、レース編みのクッションカバーも作ってみたかった。

でも、時間がない。いつも時間がない。

気づけば視界がぼやけていた。

(あれ、目薬……どこだっけ……)

胸が苦しい。呼吸が浅い。

おかしい。何かがおかしい。

「あ……」

言葉にならない声が漏れた。体が横に傾いていく。床が近づいてくる。

冷たいフローリングに頬が触れた。

誰かが叫んでいる。誰かが走ってくる。

でも、もう何も聞こえない。

(ああ、そうか……これが……)

暗闇が優しく、健太を包み込んだ。


痛みはなかった。

暗闇の中で、健太はただ浮かんでいた。時間の感覚もない。上も下もない。ただ静かで、温かかった。

(死んだのか、俺……)

不思議と悲しくはなかった。後悔もなかった。ただ、少しだけ寂しい気がした。

(もっと好きなことをすればよかったな)

可愛いものに囲まれた部屋で暮らしたかった。好きな服を着たかった。

誰にも遠慮せず、自分らしく生きたかった。

でも、もう遅い。

(来世があるなら……好きなことして生きたいな)

そう思った瞬間、暗闇に光が差し込んだ。

眩しい。とても眩しい。

健太は目を閉じた__いよ、閉じようとした。でも瞼が思うように動かない。

「セルジュ様!セルジュ様、お目覚めですか!」

聞きなれない声が聞こえた。女性の声だ。でも知らない人だ。

「よかった……三日もお眠りになられて、お医者様も心配なさっていたんですよ」

三日?誰が?

健太は必死に目を開けようとした。重たい瞼がゆっくりと持ち上がる。

天井が見えた。

知らぬ天井だった。

いや、天井だけではない。シャンデリアがぶら下がっている。それも、ただのシャンデリアじゃない。クリスタルガラスが何重にも連なった、映画で見るような豪華なシャンデリアだ。

「え……?」

声を出そうとして、驚いた。自分の声じゃない。もっと高くて、幼い声だ。

「セルジュ様、お加減はいかがですか?」

顔を横に向けると、メイド服を着た若い女性が心配そうにこちらを見ていた。金髪を後ろで結んだ、整った顔立ちの女性だ。

メイド服。本物のメイド服。コスプレじゃない。生地の質感、縫製、全てが本物だ。

「あ、あの……」

「はい、何でしょう」

メイドが優しく微笑む。

(待って、待って。状況を整理しないと)

健太は体を起こそうとした。腕に力を入れる。

細い。

自分の腕が、見たこともないくらい細い。しかも白い。二十八年間日本で生きてきた健太の腕ではない。まるで磁器の人形のような、白くて滑らかな腕だ。

「鏡……鏡を……」

「かしこまりました」

メイドが手際よく手鏡を持ってきた。銀の装飾が施された、これまたやたらと豪華な鏡だ。

健太は震える手でそれを受け取った。

そして、見た。

鏡の中には、見知らぬ少年が映っていた。

十歳くらいだろうか。大きな青い瞳。絹のようなプラチナブロンドの髪。整いすぎた顔立ち。長い睫。小さな唇。

人形だ。生きた人形がそこにいた。

しかも__

「ピンク……?」

少年が着ているパジャマは、淡いピンク色だった。胸元にはレースがあしらわれている。袖口にもフリルが付いている。

視線を部屋に巡らせる。

ピンクだ。そこらじゅうがピンクだ。

カーテンはローズピンク。絨毯は淡いピンク。クッションは濃いピンク。壁には薔薇の絵画。サイドテーブルには陶器の天使像。棚には__

「ぬいぐるみ……?」

うさぎ、くま、犬、猫。様々な動物のぬいぐるみが整然と並んでいる。

どれも上質な作りだ。

健太の脳内で、何かがカチリと音を立てた。

(まさか……これって……)

「あの、ここは……」

「フロンティア伯爵家のご本邸でございます。セルジュ様のお部屋ですよ」

フロンティア。

セルジュ。

伯爵家。

「え……ええええええっ!」

健太__いや、セルジュは叫んだ。

メイドが慌てて肩を支える。

「セルジュ様、どうなさいました!」

「い、いや、その……え、えっと……」

頭の中で記憶の欠片が繋がっていく。

三ヶ月前。会社の同僚の女性社員が、休憩時間にスマホでゲームをしていた。

『ねえ佐藤くん、乙女ゲームとかやったことある?』

『いや、ないですけど』

『このゲーム超面白いんだよ!「恋の迷宮~薔薇園の誓い~」っていうんだけど!』

画面を覗き込むと、キラキラした画面に美麗なイラストのキャラクターたちが並んでいた。

『これ、攻略対象の一人。生徒会長のアレクシス様。超イケメンでしょ?』

『はあ……』

『でね、この子が悪役なの。セルジュ・ド・フロンティアっていうんだけど』

画面に現れたのは、プラチナブロンドの美少年だった。ピンクのリボンをつけて、フリルのついた制服を着ている。

『可愛い……』

思わず呟くと、同僚が笑った。

『でしょ!見た目は可愛いんだけど、中身が最悪なの。主人公のクラスメイト男子に執着して、最後は学園追放されちゃうの』

『へえ……』

『同性愛が禁忌の世界だから、バレたら修道院送りなんだって。で、孤独に死ぬエンドらしいよ。可哀想だけど自業自得だよね』

そのときは、ふーん、と聞き流していた。

まさか。

まさか、自分がそのキャラクターになるなんて。

「うそ……だろ……」

鏡の中の美少年が、健太と同じように絶望した顔をしていた。

「セルジュ様?」

メイドの心配そうな声が聞こえる。

(落ち着け、落ち着け佐藤健太)

深呼吸をする。いや、しようとする。

(整理しよう。俺は過労死した。そして、乙女ゲームの悪役キャラクターに転生した。しかも、同性愛が破滅フラグの悪役に)

問題は山積みだ。

まず、俺は異性愛者だ。男には興味がない。

でも、このセルジュ・ド・フロンティアというキャラクターは、原作では男子生徒に執着する。

もしそれをしなければ__いや、むしろ女性に興味を示せば__

(破滅、回避できるんじゃないか?)

希望の光が見えた気がした。

「セルジュ様、お顔の色が優れませんが……」

「あ、ああ、大丈夫。ちょっと混乱しただけで」

(とりあえず、情報収集だ。この世界のこと、セルジュのこと、そして破滅ルートのことを詳しく知らないと)

健太は__セルジュは、改めて部屋を見回した。

ピンクとフリルとレースに囲まれた、まるで少女の部屋のような空間。

(皮肉なもんだな)

現世では、好きなものに囲まれて生きることができなかった。

転生したら、好きなものだらけの部屋。

でも、このままじゃ破滅する。

「……やってやる」

「え?」

「何でもない」

セルジュは拳を握りしめた。

(この世界で、俺は俺らしく生きる。可愛いものに囲まれて、好きな服を着て、そして__女の子と恋をする)

破滅フラグなんて、全部回避してやる。

そう心に誓った、転生一日目の朝だった。

窓の外では、鳥が鳴いている。見たこともない青い空が広がっている。

新しい人生が、今、始まった。

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