奈落のエデン

68

第1話 プロローグ

俺たちの仕事はいつも夜に始まる。

給料はそこそこ良くて、勤務時間も短い。

仕事内容は至ってシンプル。

いい仕事の響きだ。そんな俺の仕事は、


『機械を処分する事』。


...


今日も一仕事終えた。

俺の足元には先程まで動いていたはずの鉄塊が転がっている。

表情を映していたはずの液晶はもう何も写さない。

罪悪感といたたまれない気持ちで手を合わせる。成仏を願うとかの意味があるらしい。


「おいサリエルド、いつまで手ぇ合わせてんだ。そんなことしたって何も起きやしねぇよ。」


「あぁ、ごめん。でもどうしてもやらないといけない気がするんだ。」


俺がこの行動を取るとき、同僚のギャビーはいつも機嫌を損ねる。


「諦めるこったね。俺たちは結局処分用。これが俺たちの役目なんだよ。」


「ギャビーは何とも思わないの?」


「思う訳ないだろ?社会に不適合なクズ共を始末して街を守る、俺は普通と比べりゃ良い給料を貰う。一石二鳥、お前以外のやつは皆んな楽しんでやってる。」


「でも、やってる事は犯罪のそれとあまり変わらないよね...?」


「ちっ...もういいだろ、さっさと戻るぞ。」


「うん。」


俺はギャビーと本部へ戻り、業務に関する報告を終えてから帰宅してすぐに眠った。


...


窓からさす日光で目が覚める。

現在の時刻は午前9時半。仕事は夜からなのでまだまだ寝ていられるのだが、今はあまり眠りたい気分ではない。

せっかく起きたから散歩ついでに買い出しに行く事にした。

外出時は身支度に気を使わなければいけない。

処分用ロボットに限った話なのだが、俺は犯罪を犯したり、人間に逆らったりして社会的に不適合だと判断されたロボットを処分しなければいけない。

当然俺たちは他のロボットから恐れられる存在だ。

処分用は首元に赤字でナンバーが記されているため、すぐにバレる。変に誰かを怯えさせたくないので俺は対策として外出時は必ず首元のしまった服を着ていく。

そんなわけでいつものように衣服を着替えると俺は出かけた。


今日は快晴だった。気温も暖かいし、正に散歩日和という感じだ。

目的地のスーパーまではそこまで時間は掛からなかった。

平日の午前という事もあってか店内は混んでいない。

取り敢えず適当に商品をカゴに入れてさっさとレジへ向かうと、店員の接客用ロボットがいた。十分技術は進歩しているのに何故レジはいつまで経っても誰かが動かさないといけないのだろう。まあロボットも人間に作られたものなので全自動は一応実現しているのだが。

店員は笑顔で自身の役目を果たす。


「いらっしゃいませ!レジ袋は如何致しましょう?」


「大丈夫です。」


「お会計4756円です!」


「ペイカで。」


「では、こちらにスマートフォンをかざしていただいて...ひっ!」


俺は代金を払おうと自身のスマートフォンをスキャナーにかざす。

その時、俺があまり注意して無かったせいで店員に見られてしまったのだろう。途端に店員は青ざめた。


「...あ。」


支払い完了の効果音が鳴る。

俺は店員の顔を伺う。かなり動揺しているようだ。


「あの、大丈夫ですか?」


「...!いえ、だ、大丈夫、です。あ、レシートです!どうも、ありがとう、ございました...。」


店員の違和感を察知したのか周りにいた客や他の店員がこちらをのぞいている。

俺は素早くレシートと商品を受け取り早く店を出た。


...


やってしまった。

別に今回が初めてな訳では無かったが、やはりこの瞬間はいつまで経っても慣れない。

帰り道を歩きながら意味のない反省を繰り返す。

次はもう少し他人の視線に気をつけようとか、

もっと愛想良くしたほうがいいとか、そういったことで頭がいっぱいになる。

俺は帰り道に通りかかった公園にある湖の前で足を止める。

店員の顔と誰かの視線が頭から離れず、ため息が出た。


...いや、


やっぱり気にしすぎか。

俺がどれだけ隠そうとしても相手が気づいてしまうことはよくある。今までだってそうだ。

別に俺のせいでも相手のせいでもない。ただの事故。

起こってしまったことなのだから、仕方ない。

さっさとこんなこと忘れて帰ろう。

そうやって割り切って帰路へつこうとした時、


ドンッ、


俺の体に何かがぶつかる。

衝撃を受けた方を向くと、一体のロボットが居た。女性型で、外見がよく整えられている。

俺が口を開くよりも先に向こうから、


「っすみません!」


とだけ言ってお辞儀をした後急いで駆けていってしまった。

勢いが凄かったので返事をする暇もなかった。

相当忙しいのだろう。

再び帰ろうとした時、俺の足元にはポーチがあった。もちろん俺のものじゃない。

多分さっきぶつかった拍子に彼女が落としたものだろう。

流石に交番に届けなければ。

そういった使命感に駆られて結局また俺は帰り道から遠ざかってしまった。


...


また街の方面に戻って来てしまった。

あのロボットが走っていった方角も多分こっちなのでこの辺りの交番に届けておけば良いだろう。

スマートフォンの案内を頼りに一番近い交番へと向かう。

できれば向かっている途中に本人がいて早めに解決すれば良いな。

そういったことを考えながらもうそこの角を曲がれば目的地というまでの距離まで来た。

...?路地から声がする。談笑ではない。聞き耳を立てるのはあまり良くないが嫌な予感がするのでその声を聞き取ろうとした。


「...ちゃん......だろ....よ」


「やめ.......がいします」


断片的な言葉しか聞き取れないがやはりあまり良い会話ではなさそうだ。

交番入って相談しようとも思ったが、処分制度ができてから刑事用ロボットなんてほとんど存在しない。今の交番は落とし物センターのようなものだ。行っても希望は薄いだろう。

やっぱり止めに入るしかないのか。

勇気を出して俺は問題の路地に入る。

案の定ロボット三体が別のロボットに絡んでいた。しかも何の偶然か標的になっているのはさっきの女性型ロボット。

俺はいざこざしている方へ歩みを進める。


「なぁ、いいだろ〜?ちょっとぐらい!」


「駄目、やめてください...」


「はぁ、面倒くせぇなーこの女。逃げられないこと分かってんのに何で抵抗する訳?」


「するならせめてお店で...」


「何?夜まで待てってこと?無理だねー!俺たち金も無いし。別にいつもやってることなら店だろうがなかろうがどうでも良いだろ」


「さっさとやることやってくれれば俺達帰るからさぁ、なぁおい、早く!」


「いっ、嫌!!」


「...あの。」


声を掛けると向こうに居たロボット達の動きが止まる。

三体のロボットは怪訝そうな態度でこちらに向かって来た。


「は?何?」


「いえ、そちらから揉めるような声がして、トラブルかと思ったので。」


こちらにきた目的を伝えると相手はより一層不機嫌になった。


「別に俺たちはこの女に役目をまっとうしてもらおうとしてただけ。それの何がトラブルに見えんの?」


「そっちの人が困ってる訳ですから、」


「へぇ、それで正義ぶってるつもり?言っとくけどさ、首突っ込んでも良いことと悪い事の区別もつかずただ自分が正しいと思った事をするやつ...マジでムカつくんだよな〜」


そう言うと、三体のロボットは女性型ロボットを放ってこちらへと向かってくる。


「まぁ見られたわけだし、さっさとコイツの頭潰してからから女お持ち帰りしますか。死ねよ」


三体のうち一体が勢いよく俺の胸ぐらを掴んできた。サイドの二体は俺を殴る気らしく、拳を大きく振りかぶっている。

どうやら頭部を潰すと言う話は本気らしい。

変に抵抗すると俺まで処分対象にされかねないから事の成り行きに身を任せる事にする。

その甲斐もあってか珍しく首元のナンバーが仕事してくれた。


「...?..っは!?!?首元に赤ナンバーって処分用じゃねぇか!!やべっ、おい!逃げんぞ!」


俺の型番を見たロボットは瞬間的に俺の胸ぐらから手を離し、残りの二体を置いて逃げていく。それをその二体が追いかけて行ってしまった。

なんとか殴られる前にことが済んだ。

処分用故頑丈に作られてはいるが、殴られるのはさすがに好きじゃない。

そもそも暴力なんて俺には向いて居ないから振るうのも受けるのも苦手だ。

俺は例の女ロボットの方に目をやる。

ひどく恐れた顔をして居たが、俺と目が合うと諦めたかのように肩を下ろした。


「...ついに私にもツケが回ってきたんですね。

ごめんなさい。」


どうやら処分されると思っているらしい。

俺は落とし物を届けにきただけなのだが。


「どうぞ、殺してください。どんなに痛くても今よりはましです。」


女性型ロボットは目をつぶっていつきても大丈夫なように構えている。

俺は取り敢えず彼女に落とし物であったポーチを差し出した。


「あの、これ落としましたよね?」


俺がそう声をかけると相手は目を見開いてこちらの顔をのぞいてきた。


「...え?」


拍子抜けしたのだろうか一気に緊張感のあった空気がなくなった。

俺と女性型ロボットはしばらく見つめあった後、向こうから声をかけてきた。


「処分しに来たわけじゃないんですか...?」


「はい、処分用は夜にしか活動しないんで。ほんとにこれ渡しにきただけだから。」


彼女は唖然としてポーチの方に目をやると、

吹き出した。


「...ふ、あはは!ごめんなさい!落とし物を届けに来てもらって、危ないところを助けてもらったって言うのに。私ったらこんなに怖がって...本当に駄目ですね。処分用って聞いただけで判断するなんて。」


「あ、いや、いつもある事なんで。気にしないでください。どうぞ、」


俺の差し出したポーチを彼女は丁寧に受け取った。


「ありがとうございました。見知らぬ他人にここまでしてくださって...あ、私リリアって言います。今度お礼させてください。」


「俺はサリエルド。そんな、お礼なんて...いや、

断らない方が良いんですかね、ありがたく受け取ろうかな。」


俺が初めてお礼という行為をされる事に戸惑いつつも了承すると、リリアはポーチの中からスマートフォンを取り出した。


「今すぐにでも何か奢れたら良いんですけど、私お仕事で、急いでて。連絡先を頂ければ予定合わせられるんですけど、大丈夫ですか?」


「あぁ、はい!」


俺は慣れない手つきで自分のスマートフォンを取り出して、連絡先を交換した。


「...よし、今日は本当にありがとうございました。じゃあ、また今度!」


リリアはこちらに初めの警戒などなかったかのような笑顔で手を振ると駆けて行った。

俺はその後ろ姿が見えなくなるまで手を振ると

ようやく家へ帰路へ着いた。


...


帰り道の途中、俺は改めて追加されたリリアの

連絡先を眺める。

流石に助けたぐらいの関係でここまで舞い上がるのは気持ち悪いかもしれないが、業務用以外で初めて知り合って手に入れた連絡先だ。

他とくらべて関係は薄かったとしても嬉しい物だろう。

俺はスマートフォンを握りしめるとガッツポーズで喜んだ。


「よっしゃ!」




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