星夜祭

月丘翠

第1夜 祭りの夜に

家を出ると、冷たい風が頬を伝った。

空を見上げると、青空でうっすらと雲が浮かんでいる。

今日は綺麗に星が見れそうだ。

僕は小さな花束を片手に近くの神社へ向かった。

彼女との約束の場所だ。


彼女と出会ったのは、近くの図書館だった。

ヤンチャで勉強が苦手だった僕は、友人と図書館で騒いでいた。

そこを叱りつけてきたのが彼女だった。


「うるさいわね!静かに出来ないなら出ていってちょうだい!」


まるで母親のような口調で叱られ、俺は恥ずかしさで「ふん」と素直になれずに友人達と図書館を出た。

これが出会いだった。


2度と彼女と会うことはない―


そう思っていたのに、たまたま出会ってしまった。

見かけてすぐにあの時の女の子だと気づいたが、同じ方向に用事があったので、仕方なく彼女に見つからないように距離を取って、彼女の後ろを歩いていく。


(どこまで一緒なんだよ)

文句が口から出そうになりながら、彼女の後ろを歩いていると、不意に彼女が座り込んだ。

気分が悪いのかもしれない。


誰かが声をかけるだろう−


「何してんだよ」


気づけば声をかけていた。

このまま知らんふりすれば、あとで後悔することになる気がしたのだ。

でも実際は声をかけたことを後悔をした。


彼女は小さな道端の花をだだ眺めているだけだった。

「かわいい花でしょ?」

彼女の呑気な声にため息をついて隣にしゃがみ込んだ。


「花が好きなのか?」


「えぇ。私は柴田なずな、高2。あなたは?」

「俺は…吉田誠、高2」

なずなは、また話したいからと強引に電話番号を聞くと、満足気に帰っていった。

そこから電話したり、遊びに行ったりするうちに、付き合うようになった。

彼女はいつも強引でわがままなところもあったが、素直になれない俺にとってストレートに感情を表現してくれるなずなといるのは意外と心地よかった。

俺が少しなずなの荷物を持ってあげたりするだけで、

「誠くんの優しいとこ、私好きよ」

そう言って笑ってくれた。

それだけで胸がいっぱいになる。

こんな幸せな日々が続く・・・俺はそう思っていた。


でもある日なずなは去っていった。

突然のことだった。


足元を見ながら歩いてみるが、花は見つからない。

今は冬だから咲いてないのだろうか。


(なずなならきっと見つけるんだろうな)


彼女は小さな発見をするのが得意だった。

「見て!」

なずなの花を見つけた時の嬉しそうな顔が浮かぶ。

ハハっと息が白く濁った。


なずなに会えるだろうか。


なずなの最後にもらった手紙に書いてあった。


“わがままでごめん。誠にもう一度会いたいから、降星神社に来て”


その約束を守るために、僕は祭りに向かって歩いている。


会場に着く頃には日が傾き始めていた。

星夜祭は夜がメインのお祭りだ。

少しずつ人が集まり、出店もたくさん出ている。

神社で参拝した後、さらに少し上がったところにあるベンチに座った。

神社が山の中腹にあるので、遠くまで綺麗に見える。

初めて彼女の唇に触れたのもここだった。

彼女との距離が縮まった時、爽やかな甘い良い匂いが鼻をくすぐった。


「誠」

淡い懐かしい声がした。

隣を見ると、静かになずなが座っていた。

なずなは可愛らしいニットワンピースを着ていて、あの頃より少し大人びて見えた。


「来てくれたんだね」

「約束だからね」

「そういう律儀なとこ、好きよ」


ストレートに言われると戸惑ってしまう。

なずなは何も変わっていない。

なずなは隣に座ると、ベンチに手を置いて、足をぶらぶらさせている。

その手があと少しで触れられそうで、ほんの少し隣に置いた自分の手を動かすと、2人の間を冷たい風が通り抜けた。


「寒い」

なずなは、両手をギュッと握ると、息を吹きかけて温めようとしている。

白い手が本当に冷たそうで、ポケットのカイロを取り出そうと手をいれた。

硬い丸い輪っかに指が触れた。

静かに手を出すと、「寒いな」と返事をした。


「誠はあれからどうなの?」

「元気にやってるよ」

「そっか」

「ねぇ、新庄くんたちは元気にしてるの?」

新庄は昔から一緒にヤンチャをしている仲間だ。

最近は親の跡をついでペンションを経営し、すっかり落ち着いてしまっている。


「元気にやってるよ」

「それは良かった」


静かな時間が流れ、何か話したいのに言葉が出てこない。


「昔もこうやって座って星見たよね」


気まずい空気を読んでなのか、なずなが懐かしそうに言った。


「あの頃はもっと星が見えてた気がするなぁ」

夜空に星は見えるのだけど、昔より少なくなっている気がした。

街が少しずつ発展してきて、夜も明るくなっているせいかもしれない。

そんな僕の気持ちを察するように、「星夜祭なんてあの頃はなかったよね」となずなは笑った。


「町おこしに始めたんだよ。俺と新庄が発起人」

「そうなんだ!すごいじゃん」

はしゃぐように声を上げると、「すごくいい祭だと思うな」となずなは出店を歩く人を見ながら微笑んだ。

その笑顔はあの頃と何も変わらない。


「ねぇ、誠」

「ん?」


「私のこと、忘れていいんだからね」


なずなはそう言って立ち上がった。


「誠は何も悪くないんだから」

彼女の背中が少し震えている。


「なずな、俺はー」

「幸せになっていいの。あなたはあなたの人生を生きて」


立ち上がってなずなに触れようとするのに、まるで空気のように掴めない。


「誠、このお祭りずっと続けてね。きっといいお祭りになるわ」

「わかった」

「もしかしたら、また来るかも」

なずなはそう言って振り返った。


「なんてね」


ふわっと風が吹いた。

あの時の甘い匂いが鼻をくすぐった。



「じいちゃん!1人で何してるの?」

振り返ると、孫の亜由美が立っている。

「こんな寒いところで風邪ひいちゃうよ」

「そうだな」

「じいちゃん、その花束どうしたの?」

「あぁ。大事な人への贈り物なんだ」

そう言ってベンチに花束を置いた。


「えぇー浮気?おばあちゃんに言いつけられたくなかったら、たこ焼き買って」

亜由美はそう言って、腕を掴むと賑わっている祭りの方へ引っ張っていく。


「なずな、俺は幸せだよ」


空を見上げると、綺麗な星空が広がっていた。

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星夜祭 月丘翠 @mochikawa_22

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