とある猫のちょっと怖い小話

月影詠猫

鏡の向こう側

「ねぇ、鏡の向こう側ってどうなってると思う?」


 学校の帰り道の途中で立ち寄った服屋。俺を含めた、いつもの四人組の中の一人が、大きな姿見を見て唐突に質問してきた。


「何だよ、急に」


「まさか……怖い話……?」


 残りの二人が彼女に聞き返す。


「鏡の向こう側なんて無いでしょ。鏡を支えてる板があるだけだよ」


 普段、真面目な彼が言う。この人物は、いつも理論的な、現実的なことしか言わないらしい。勉強ができる人物というのは、実につまらないものだな。


「そういう事を言ってるんじゃないよ。もっと、想像を膨らませてよ」


「想像も何も……本当のことを言ってるだけだよ」


「もう……つまらない男だなぁ!」


 話を切り出した彼女が食ってかかる。この人物は、あまり勉強ができない。その代わり、想像力が豊かで、絵が上手いらしい。コンクールやコンテストで入賞に入ったこともあるとのこと。


「まぁまぁ……でも、実際に鏡の向こう側があったら、怖いよね。向こうの自分が出てきちゃって……なんて話もあるし……」


 眼鏡をかけた最後の一人の彼女が言う。この人物は、塾に通っているらしく、成績は、真面目な彼と同等レベルとのこと。しかし、ほんの少し、変な妄想癖があるらしい。暴走しないことを祈るばかりだ。


「ねぇ、君は?」


「ん?」


 話を切り出した彼女が俺に視線を向けてきた。


「君は、鏡の向こう側ってどうなってると思う?」


 どこか期待を込めたような瞳で言ってくる。すると、真面目な彼が呆れたように言った。


「真剣に考えなくていいよ。適当に流しなよ」


「あなたには聞いてないんだけど!」


「まぁまぁ……」


 眼鏡の彼女が二人を抑える。いつもの光景。想像力の高い彼女が何かを言い、真面目な彼がそれに突っ込む。そして、眼鏡の彼女がそれをなだめる。それが、いつもの光景。


 俺は、そんな三人に言う。


「……鏡の向こう側なんて、無いだろ」


「え~!」


「ほらな?」


「あなたでもそう思うんだね」


 想像力の高い彼女以外の二人は、「案の定」といったような反応を見せた。そりゃそうだ。「鏡の向こう側」なんて無いし、


「もし、向こう側があったとして、向こう側の人間がこっちの世界に出てきたら大変だろ」


「うっ……そ、それは……」


 俺がそう言うと、彼女はぐうの音も出ない様子だった。すると、真面目な彼が再び口を開く。


「言っただろ。鏡の向こう側なんて、フィクションなんだよ」


「うぅ……」


 しょんぼりしている。そんなに、鏡の向こう側の世界が気になるのだろうか。彼女が想像しているより、向こう側は、良いものではないと思うが。


「わ、私は、そういう世界があってもおかしくないと思うよ……!」


「ありがとう……!味方は、あなただけだよ……!」


 眼鏡の彼女に抱きつく彼女。すると、すぐに睨むようにして真面目な彼と俺に視線を向けてきた。


「男の子って、つまらないわよね~?」


「は?お前の妄想が激しいだけだろ」


「はぁ?」


「まぁまぁ……」


 また始まった。こう見えて、ただのじゃれ合い。彼女も本気で怒っている訳じゃないし、彼もそれを分かった上で煽っていて、彼女もそれを分かっている。これが、「いつもの光景」。


 俺は、そんな三人を横目に、目の前の鏡に視線を向ける。そこに映るのは、血相を変えた「俺」の姿。


『ここから出せ!』


 鏡の中の「俺」の口がパクパクと、そう言っている。目元が吊り上がり、血走っている。歯茎がくっきり見えており、バンバンと鏡を叩いている二つの拳は、青くなっていて、血が垂れている。肩で息をしていて、どうやらパニックになっているらしい。

 俺は、フッと鼻で笑い、鏡を指先でそっとなぞる。そして、笑顔を作り、鏡の向こう側の「彼」に向かって、言い放つ。


「嫌なこった」


 さらに目が見開く、「俺」。瞳が揺れ、全身が震えている。何とも、滑稽な姿だ。


「どうしたの?」


 そこで、眼鏡の彼女に声をかけられる。ハッとした俺は、彼女たちの方へ振り返る。


「……いや?何でもない」


「そう?ならいいけど……」


 微笑んで誤魔化す。危ない。せっかく、「こっちの世界」に出てこれたのだ。バレてしまっては、元も子もない。


「そろそろ行こう。僕、この後、用事があるんだ」


「私も~。バイト行かないと」


「あっ、私も……塾行かないと……」


 三人は、揃って出入口の方へ歩いていく。俺も、その後をついて行く。店を出る直前、入口付近にある別の鏡に「俺」が顔を出していた。必死に口をパクパクさせているが、何を言っているのか、。というか、それ以前に……


「……鏡の向こう側なんて、ある訳が無いよな」


 俺はそう言い、「彼」にニコッと微笑んだ。鏡の向こう側なんて、ある訳が無い。なぜなら……


「鏡の向こう側から出てきたら……大変、だものな」


「おーい」


「早くしろよ~」


 前方から声が聞こえる。俺は振り返り、三人に薄らと笑みを浮かべ、言った。


「今行く」


 俺は鏡に背を向け、軽い足取りで三人の元へ走って行った。



~END~

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2026年1月19日 19:00
2026年1月23日 19:00
2026年1月26日 19:00

とある猫のちょっと怖い小話 月影詠猫 @einekotukikage

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