バリアガール

@rokushiten

第1話


 駐車場の出入り口に面した道路に立って、車が来たら棒を振るだけ。学も何もいらない義務教育の子供でもできる単純な仕事。何か言われても〝この先通行止めです〟〝駐車場はいっぱいなので引き返してください〟の二つでだいたい済む。

 とはいえ、無線や誘導棒のついた制服は重いし、朝から夕方まで立っているとそれなりに疲れるもので、肩も足も重くて、迎えを待つ駐車場の端に座り込んだ。

 神道かなにかの行事で賑わっていた周辺も、人はまばらで喧騒も若者や酔っぱらいの騒ぐ声しか残っていない。

 嫌だなぁ、と思う。冷たい飲み物買いたいのに、自販機があるのは喧騒のすぐそばだ。私は人の多い場所には近づけない。

 探せば他にもあるかもしれないけど、辺りは道も細く入り組んだ住宅街で、空が茜から蒼に染まっていくのはあっという間だろう。来た道もわからなくなるかもしれない。

 仕方なく、腰に提げたぬるいペットボトルに手を伸ばす。軽さから予想はしてたけど、中身の少なさに余計に飲み物が欲しくなった。

 もし迎えがきた時に駐車場にいなかったら文句を言われるだろうけど、渡されたスマホは持っているから、飛んだとは思われないはず。仕事をサボったわけでもないし大丈夫。

 上司の顔を思い浮かべながら言い訳をして、結局、私は住宅街の中へと歩き出した。

 塀に囲まれた迷路のような道を歩き回り、しばらくして――大きな白い光が目についた。自販機の明かりは薄暗くなった道でよく目立つ。早足で駆け寄ると、そこは二階建ての家の軒下だった。

 目についたジュースをさっさと買うと、足早に家のそばを離れてから、マスクを下げて喉を潤した。

 ひと心地ついたところで、顔を左右前後に動かす。

 帰り道はどっちだろう。

 途中何度か行き止まりに当たって、行ったり来たりしてたし、暗くて建物の特徴もわからない。今通ってきた道すら、振り返って見ると別の道に見える。

 ひとまず自販機のところに戻ってみても。道はこんなのだったような、間違えてるような、曖昧な感覚に頭が重くなってくる。それでも歩いていれば道には出るだろう、とあまり考えないようにした。

 すると――角の先から人の声がした。

 人に近づくのは不本意だけど、背に腹は代えられないだろう。

 せめて酔っぱらいじゃありませんように。

 そう願った直後に、反射的に唇をきゅっと結んだ。

 オーケー。わかりやすく整理しよう。いかり肩で見下ろしてる人と、その視線の先には顔を腕でかばう仰向けの人。暗くて詳しくはわからないけど、まあこんなのシルエットでわかる。

 ため息が出る。辺りを確認すると、制服の上着を脱ぐ。今日はパーカーじゃないから、代わりにキャップ帽を深く被って、大きく息を吸った。

 そうしている間に、人影が拳を振り上げて、今にも振り下ろそうとしていた。

 とっさに私は〝あの人みたいに〟両手を突きだした。

 拳が仰向けの人影の少し上で止まるのを見て、間髪入れずに私は声を張りながら片手を頭上にかかげた。

「へいへい、お兄さんストップっスよー。屋台で食べるお金なくなっちゃった? 酔って気が大きくなってるからってカツアゲなんかしちゃダメだよー。そのちっぽけな脳みそが寝て忘れても、拳は覚えてるんだから」

 ゆっくり歩み寄る私を、たぶん呆然と見ていた二人のうちの立っている方がこちらに身体を向けた。

「なんだてめえ」

 お決まりの言葉、なんだてめえ。何が起きたかもわかってない。

「悪人なら普通は『ヒーローか?』て確認するところなのに、悪事働いてる自覚とかないわけ?」

 わざとらしく肩をすくめて見せた。

「……超能力か」

「ご明答。ご褒美にお兄さんの罪を軽くしてあげる。よかったね」

 二人とも大人の男。顔が赤いし、やっぱり酔っぱらい。顔を見られても困るし、さっさと退いてくれないかなぁ。

「そうとわかれば女だからって容赦しねえぞ。ヒーローごっこしたこと後悔しやがれ!」

 殴りかかってきた男の拳を見て、後ろに跳びながら手のひらを向ける。男の拳は手のひらの数センチ手前で止まった。

 一拍置いて、男は歯をむき出しにして、まるでバトルマンガみたいに両手の拳を激しく前後した。が、そのすべてがこちらには届かない。

 というか見えてないとはいえ、バリアを殴って痛くないのか。消耗してくれる分には助かるけど。

 赤くなった手を膝について、男は忌々しげにこちらを睨んで――吐いた。

 ビシャビシャと音を立てて、地面に立体感のある水たまりが広がる。

「うわ、汚い……」

 私の足もとの方まで流れてきたソレから距離を取った。

「あーあー、いい大人がこんなとこでエキサイトして吐くなんてみっともない。もう帰んなって。警察呼ばれて困んのもお兄さんっスよ」

 言いながら後ろをのぞき見ると、倒れてた男の姿はなくなっている。吐いてる最中に逃げていったようだ。

「女に……バカにされて、帰れるか……!」

「その血がのぼった頭冷やしたら? それとも冷たいジュースぶっかける? 服がベタベタになっちゃうけど」

 まだ何か言いたそうに睨んできたものの、男は舌打ちして悪態をつくと、暗闇の中に消えていった。

 ふぅ、と息を吐いて、少し待ってから制服を取りに戻った。

 結局、駐車場に戻れた頃には迎えの車が止まっていて、窓からタバコの煙が漏れている。

「ごめん。喉渇いて、自販機探してた」

 後部座席に乗り込みながら言うと、運転席の上司――赤木嘉一はゆっくりタバコを吸ってから、色眼鏡をかけた顔をこちらに向けた。

「今日は場所が場所だから許してやる」

 だが、と言って、赤木はまた一服する。

「杏ちゃんさぁ……それならそれで連絡するのが筋じゃねえのか? なんのためにスマホ渡してんだ?」

 しゃがれたような低い声だから迫力はあるが、そんなに怒ってはなさそうだ。

「遅くなると思ってなかったけど……道に迷ったから」

「スマホのマップくらい、任務の時は使ってただろ? 指示がないとそんなことにも頭が回んないもんかねぇ」

 まさしく忘れていた。その手があったか、と言いかけて、すぐに頭を下げた。

「ごめんなさい」

「説教の続きは帰ってからするから覚悟しとけ」

 ゆっくり動き出した景色を眺めながら、私は窓辺に肘を乗せて頭を預ける。そして、車の振動を感じながら、大きなあくびをして目を閉じた。

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