死に戻り令嬢は想い人と幸せになりたい 〜彼を殺した犯人を、私はまだ知らない〜
あやお
第1話 初めての告白
今日のことを、一生忘れないだろう。
雲ひとつない真っ青な空を、寮の窓から見上げながら、私は思わず顔が綻ぶ。
「待って、アリア!顔動かさないで」
目の前で、カレンがメイクブラシを片手に、私に叫ぶ。
「ごめん、いい天気だったからつい……」
表情をなるべく変えないようにしながら、私は謝る。
今日、私アリアは想い人に告白をする。
そんな日に、友達にめいっぱい可愛くしてもらえるなんて、鏡に映る自分を見ると、自然に頬が緩んでしまう。
ふと、机の上に飾られた一輪のチューリップが目に入り、彼と出会った日の事が思い浮かんでくる。
入学式の日、道に迷ってしまった私は泣きそうになりながらアカデミー内を走り回っていた。ようやく迷路のような植え込みを抜けたとたん、花々が咲き乱れる花壇が目に飛び込んでくる。
その先には小さな教会が佇んでおり、まるで童話の世界に迷い込んだかのようだった。
自然と足を止めていると、扉が開き、男の子――クロノが現れる。
彼を見つけた時、花弁が紙吹雪のように舞った。まるで私の初恋を祝福しているかのように。
会話を重ねる毎に、私達は惹かれあった。
読書が趣味なところ、チョコレートたっぷりのドーナツが好きなところ、共通点を見つけるたびに心が躍った。
一緒に、書店に行って、同じ本を買ってお気に入りのページに付箋を挟んで交換したり。街中も、アカデミーの廊下さえも、視線を向ければ私達の姿が浮かぶ。
クロノといると時間がゆったりと進んでいく。
そっと瞼を閉じて、彼に寄り添ったとき、優しい手つきで頭を撫でられるのが好き。彼の大きな手が私の髪を上から下にゆっくり動くと胸がじわりと熱を持つ。
「なんでいままで告白しなかったのかしら?」
リーシュの問いに、引き戻される。彼女に視線を送ると手を頬に当てながら首を傾げている。
「なんとなく、言葉にしてなかっただけ。みんなに言われてようやくそう言えばって思ったもん」
私が小さく笑うと、カレンが咳払いをして、あわてて無表情にもどす。
「でも、あえて教会で告白するって、その、素敵だよね」
シャンテが長い三つ編みを弄りながら、顔を赤らめる。その様子に私は笑い、カレンに睨まれる。
「記念日が欲しくて。付き合った記念日」
きゃあ、素敵とリーシュとシャンテがはしゃぐ。
「でも、恥ずかしいからクラスの皆には内緒にしてよね」
「うふふ、わかってるわよぅ」
そんな軽口をたたいていると、カレンが私の唇に口紅をひき、完成ーと声をあげた。
鏡を見ると、桃色の頬に淡いパールで輝く瞼、長い睫毛に赤い唇の美少女がいた。私は驚きのあまり、口を半開きにしながらカレンの方を向く。
「めっちゃ可愛くできた!自信作」
そう言いながら、にっと笑うカレンに私は抱きつく。
「ありがとうカレン!すごく嬉しい!」
わかったわかった、化粧崩れるから気をつけてよね、と言うカレンの声も嬉しそうだ。リーシュとシャンテの笑い声も聞こえる。
私はカレンを抱きしめる腕に力を込めながら、涙を滲ませた。
ああ、幸せすぎて、怖いくらい。
「じゃあ、行ってきます」
振り返りながら、ドアを開ける。
皆は笑顔で手を振りながら、頑張って!あとで詳細きかせてね〜と声をあげていた。
寮を出ると、眩しい日差しに照らされて、思わず片手で目の上を覆う。風が優しく頬を撫で、春先の柔らかな花の香りに心が弾んだ。
花々が咲き誇る先に教会が見えてくると、自然と喉が鳴る。
二人きりで告白したいという願いを叶えるため、生徒会長の
その場にいた義兄さんの友人に聞かれ、笑われてしまったことだけが痛手だったが、おかげで告白の邪魔は入らない。
だから、安心して想いを言葉にするだけでいい。
教会の前にたどり着いた私は、そう自分に言い聞かせた。
深呼吸をして、よし、と呟く。
少し重い扉を押し開くと、冷たい空気が身体を刺す。
「クロノ、お待たせ」
私の声だけが反響し、期待していた返事はない。
石畳の床を進むと、コツコツと足音が大きく響く。
左右に古い木製の長椅子が並び、中央には赤いカーペットが奥まで敷かれている。
長椅子に括り付けられた小さな花瓶に、百合の花が一輪ずつ飾られ、むせ返るような強い香りを放っている。
はらりと落ちる白い花弁を横目にしながら、奥に進む。
陽の光がステンドグラス越しに差し込んでいるのが見えてくる。
赤に緑と、色とりどりに輝くその光は、温かく、美しい。
その光を遮るように、天井から何か大きな物がぶら下がっているのが見えてくる。
逆光で見えにくいそれは、彫像だろうか。
天井に杭を打ち込まれ、そこから鎖のようなものが垂れ、その何かに巻き付いている。
ぴちゃ……ぴちゃ……。
その何かから、赤い液体がたらたらと規則的に垂れ、床に大きな水たまりが作られている。
私は目を凝らし、天井からぶら下がる、それをみた。
「……ひっ」
それは、人間だった。
人間が、鎖を巻き付けられ天井からぶら下げられていた。
両腕は左右に広げられ、脚はまとめて鎖で括られている。
磔にされた体の腹部が大きく切り裂かれ、そこから血が滴り落ちていた。
私は強烈な吐き気を我慢しながら、それに、よろよろと近づく。
勘違いであってほしかった。
私の大好きな、陽の光で輝く銀色の髪。
一瞬見えた、その顔が。
いつも私の髪を撫でる、白く長い指。
似ていたのだ。
私を見つめる、深い海の底のような、青い瞳。
「クロノ……」
磔にされていたのは、私の最愛の人、クロノだった。
「な、にこれ、冗談……だよね?」
ふらふらと、クロノに近寄る。
心臓は張り裂けるほどに激しく鼓動しているのに、体は凍てつき、うまく動かない。もつれる足で、一歩ずつ、進んでいく。
ようやくクロノの足元にたどり着き、下から見上げる。
クロノの瞼は、開いていた。
いつも、私を優しく見つめる瞳は、暗く光を灯していない。
私の名前を呼んでくれる唇は、だらんと開き、赤い血が垂れていた。それは輪郭に沿って、顎からぽたぽたと滴っていた。
その血が、私の頬に落ちる。
温かさを感じない、冷たいそれに、ギリギリ保っていた感情があふれ出す。
「いや、いや、いや……」
涙で視界が歪んでいく中で、クロノの脚に手を伸ばした、その時だった。
自分の腹部に、強烈な痛みを感じた。
ゆっくりと、お腹に視線を向けると、刃物の先が見える。その先端は赤く濡れている。
重い違和感を失うと、痛みは熱さを増し、そこから血が吹き出す。同時に私は膝をつき、そのまま地面に這いつくばる。
味わったことのない、激しい痛みに汗が吹き出て、喉から唸り声が溢れ出す。それでも、私の視線はクロノを離さない。
「クロ、ノ」
彼に、力の限り手を伸ばす。
体から奪われていく熱が、私の終わりが近い事を実感させる。それなら、少しでも、彼の側で。
伸ばした指の先に、彼の血が触れる。
彼を失った温度を感じた指はほんの少し揺れ、ゆっくりと降りていく。
気がつけば顔も床の血に浸かっていた。
私は最後の力を振り絞って、唇を動かす。
最早、声としては出てこず、ただ、形作るだけ。
それでも、彼に伝えたかった二文字をつぶやいた。
ぼやけていく視界の中で、そこにある輪郭だけが残った。
ゆっくりと瞼が落ちていき、私の意識は途切れた。
「はっ……!」
私は声にならない叫びをあげながら、飛び起きた。
無意識にお腹をさするが、そこにあったはずの痛みも、傷もない。
そもそもここは教会ではない。寮でもない。周りを見渡すと、幼少期大切にしていた人形や、児童書が並べられており、懐かしい場所だと気がつく。
「ここ……私の部屋?」
誰かが助けてくれたのだろうか?死んだとばかり思っていたのに。
それとも夢だったのだろうか?だとしたら、いったいどこからが夢だったのか?
重い頭をさすりながら、ベッドを降りる。ドアに向かおうとして、姿見の前を通る。
そして、そのまま動けなくなる。
鏡の前に立っている私は、少し幼さが残っていた。
何より、アカデミーに入学する前に、切ったはずの髪が腰まである。
「これって……」
私は呆然と立ち尽くした。
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