未来開国―坂本龍馬が転生した件

秋月 迅

序 章 天の裂け目

 慶応3(1867)年11月15日。

 京都・近江屋。

 夜。

 雨音が途絶え、静寂が戻りつつあった。


 坂本龍馬は、2階の部屋で盟友の中岡慎太郎と話していた。

 行灯の明かりが、二人の顔をほのかに照らしている。

「中岡、大政奉還はようやく形になった。徳川を倒すんじゃなく、平和に政権を返

 上させた」

 龍馬の口元がほころんだ。

「次は、議事堂の設置や海外貿易じゃ」

 中岡は真剣な表情で応じる。

「龍馬、あんたの考えは理想的すぎる。だが……それがええ」

 龍馬の視線が窓の外へ向かった。

 闇が一面に広がっている。

「じゃが……まだ足りん」

 龍馬の声が、小さくなった。

「日本だけじゃ、足りんのじゃ」

 中岡が龍馬を振り返る。

「どういう意味じゃ?」

 龍馬は、懐から一枚の紙を取り出した。

 そこには、東アジア全体の地図が描かれている。

「日本、清国、朝鮮……皆が手を取り合う世を作りたい」

 龍馬の瞳に光が宿る。

「戦うんじゃなく、語り合う世をな」

 中岡は、その地図を見つめた。

「龍馬……それは、あまりにも壮大すぎる」

「じゃが、やらんといかん」

 龍馬は、地図を両手で押さえた。

「わしが生きちょる間に、全部やる」


 ガタッ。

 階下から物音が響いた。

 龍馬と中岡は、互いを見る。

「誰じゃ……?」

 次の瞬間――

 障子が勢いよく開け放たれる。

 黒装束の影が数人、部屋へなだれ込んできた。

 抜き身の刀が行灯の明かりを弾く。

「伏せろ!」

 中岡の声が響く。

 だが――間に合わない。

 刃が龍馬の背を貫く。

「ぐっ……!」

 龍馬の体が床へ崩れ落ちる。

 畳に赤い染みが広がっていく。

 中岡もまた、刃を浴びていた。

「龍馬……」

 刺客たちは音もなく姿を消す。

 後には――

 血にまみれた二人の姿だけが残った。


 龍馬は床に倒れたまま、浅い息を繰り返していた。

 視界が霞む。

 体温が奪われていく。

 だが――

 その手は、あの地図を握りしめたままだった。

「まだ……終わっておらん……」

 かすかな呟き。

「この国は……変わりきっておらん……」

 頬を一筋の涙が伝う。

「姉やん……すまん……約束、守れんかった……」

 意識が薄れていく。

 それでも――

 魂だけは、消えようとしなかった。

「わしは……やり残したことが……」

 指先が、わずかに動いた。


 その瞬間――

 龍馬の体が光に包まれる。

 いや、魂が輝きを帯びた。

 畳の上で動かなくなった肉体とは別に――

 魂がゆっくりと浮かび上がる。

 天井を見上げると――

 そこに裂け目が口を開けていた。

 いや、天井ではない。

 空間そのものが、裂けている。

 眩い光が溢れ出していた。

「これは……なんじゃ……?」

 魂は、その裂け目へと吸い寄せられていった。


 時空が歪む。

 龍馬は光の奔流に呑まれていく。

 落ちているのか、飛んでいるのか。

 周囲を無数の映像が流れていた。

 明治維新。

 大正デモクラシー。

 昭和の戦争。

 平成のバブル。

 令和――

 すべての時代が一瞬で駆け抜ける。

「これは……時の流れか……?」

 魂は、その奔流に身を任せた。

 やがて――

 ある場所へと引き寄せられていく。


 令和7(2025)年。

 東京・渋谷。

 狭いワンルームマンションの一室。

 ベッドで一人の若者が眠っていた。

 坂本竜真(さかもと・りょうま)。25歳。

 フリーランスのプログラマー。

 龍馬と同じ読み方の名前を持つ青年。

 その体に――

 眩い光が降り注ぐ。

 幕末の魂が、青年の肉体へ吸い込まれていく。


 体が一瞬のけ反った。

 それから――

 静寂。

 部屋の様子は何も変わらない。

 眠る青年がいるだけ。

 しかし――

 その内側には、もう1つの魂が宿っていた。

 158年前に死んだ、坂本龍馬の魂が。

 この世界で、龍馬は再び目覚める。

 未完の夢を、完成させるために。


 坂本竜真は、穏やかな寝息を立てていた。

 その夢の中で――

 近江屋の血の匂いがする。

 刀の冷たさを感じる。

 姉の声が聞こえた。

『りょう……約束、忘れんといてな』

 竜真の唇が、わずかに動く。

 眉間に、皺が寄った。

「姉やん……わし、また戻ってきたぞ……」


 天の裂け目は、音もなく閉じていった。

 時空を超えた旅が終わり――

 新たな物語が、幕を開けようとしていた。

――坂本龍馬は、158年の時を超えて、令和の世に蘇る。

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