異世界転生のその後の歴史

灰猫さんきち

美少女たちの反逆

 ガイウスは、ビロード張りの長椅子にだらりと横たわっていた。

 窓から差し込む午後の日差しが、豪華な調度品を照らし出している。


(ああ、なんと平和で素晴らしい午後なんだろう)


 彼は手に持ったグラスを傾けた。グラスを満たす美しい緋色の液体は、領内特産の最高級ワインである。芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。一口含めば甘美な味わいが舌の上に広がった。


「セレア、おかわりを」

「かしこまりました、ガイウス様」


 傍らに控えていたメイド服の少女、セレアが恭しくボトルを傾ける。

 とくとくとく……とボトルからワインが注がれて、ガイウスは思わず喉を鳴らした。


 ワインの美味はもちろんだが、セレアは美しい。透き通るような銀髪に知性を宿した碧眼。

 この屋敷にいる奴隷たちは皆、選び抜かれた美少女ばかりだ。

 曽祖父である英雄が遺した膨大な遺産のおかげで、ガイウスは何不自由ない暮らしを送っている。


(曾祖父さまさまだな。異世界転生バンザイってやつだ)


 ガイウスは曾祖父の武勇伝を詳しく知らない。なんでもチートとかいう力で無双し、魔物の大群を退け、その功績で王女を娶ってこの領地に封ぜられたらしい。

 そのおかげで、ひ孫である自分はこうして安楽に暮らしていける。


 曽祖父は好色な人物で、今のガイウスと同じように美少女奴隷をたくさん侍らせていた。いわゆるハーレムだ。

 正妻は王女だったが、側室は何人もいた。

 奴隷たちは才色兼備が揃っており、領地の運営や防衛に大いに力を発揮したそうな。


「ガイウス様、ご報告が」


 セレアがワインを注ぎ終え、淡々とした声で言った。


「なんだ? 領民の陳情なら後にしてくれ。せっかくの気分が台無しだ」


 後にと言うが、彼が領民の対応をしたことなどこれまで一度もない。

 領地に関するあらゆることを奴隷任せにしている。


「いえ、緊急の案件です。屋敷の警備兵および使用人一同より、通達がございます」

「通達?」


 ガイウスは片眉を上げた。 奴隷風情が主人に通達とは、言葉の選び方がおかしい。


「まあいい、聞いてやる。給金の不満か? また新しいドレスでも欲しいのか?」


 彼は寛大な主人のつもりだった。奴隷たちには優しくしている。着るものも食べるものも、平民よりずっと良いものを与えているはずだ。

 だから彼女たちは自分に心酔している。100年前の曽祖父のように。

 いずれ特に気に入った者を何人か側室にしてやるつもりだ。そうすれば彼女らは泣いて喜ぶだろう。

 そう信じて疑わなかった。


「いいえ」


 セレアが一歩、後ろに下がった。

 その動きに合わせて、部屋の扉が開かれる。あくまで優美な動きで踏み込んできたのは、武装したメイドたちだった。

 彼女たちは手にした槍や剣を、ガイウスに向けている。


「な……?」


 ガイウスは目を見開いた。状況が理解できない。


(え? 何これ。余興? にしては、殺気が本物すぎる)


 理解できないながらも、危険を感じ始める。背筋に冷たいものが走った。


「何の真似だ! 僕に向かって武器を向けるなど、正気か!」


 ガイウスは叫んで立ち上がろうとした。だが、足に力が入らない。恐怖で体がすくんでいるだけではない。物理的に体が言うことを聞かないのだ。視界がぐらりと歪む。


「ワインに痺れ薬を混ぜさせていただきました」


 セレアの冷ややかな声が、ずいぶん遠くから聞こえるように感じられた。


「貴様……! 恩を忘れたのか! 僕は由緒正しい英雄のひ孫だぞ!」


 必死で叫ぶが、その声は情けなく震えていた。


「お前たちのような奴隷を、こんなに優遇してやったのは誰だと思っている! 曾祖父様の威光を忘れたわけではあるまいな!」


 その言葉を聞いた瞬間、セレアの表情から感情が消え失せた。まるで汚物を見るような目で続ける。


「英雄様は、私たち奴隷を重用し、その能力を認めてくださいました。奴隷という身分から解き放ち、仕事と誇りを与えてくださったのです。この領地に来れば報われる。その一心で、私たちはここへ来ました」


 セレアの言葉に武装したメイドたちが頷く。彼女たちはただの美少女ではない。 英雄の知識を受け継ぎ、戦闘技術や領地経営のノウハウを叩き込まれたエリート集団だ。


 この領地で生まれ育った者もいれば、外から流れ着いた者もいる。

 100年前の英雄が奴隷を分け隔てなく接し、奴隷身分から解放を行ってくれた偉業を信じて、知識や技術を磨いてきた。


 セレアは続ける。


「ですが貴方は違います。ただ甘やかすだけで、私たちに何の指針も示さない。能力を発揮する場も与えず、ただ愛玩動物のように侍らせるだけ」

「そ、それが優しさだろうが!」

「それは飼い殺しと言うのです。もう、貴方に媚びへつらうのはうんざりしました」

「違う! 奴隷は鞭打たれながら酷使されるのが普通だぞ!? 優しさがあれば十分じゃないか!」

「意見の不一致ですね」


 セレアが合図を送る。二人のメイドが歩み寄り、ガイウスの両脇を抱え上げた。


「は、放せ! 僕をどうするつもりだ!」

「曾祖父様の血筋の方は、他にもいらっしゃいます。別に貴方でなくていい。私たちは、あの方を担ぐことにしました」

「あの方って……あの気弱な従弟のことか!? あんな奴に何ができる!」

「何もしなくていいのです。ただ、そこにいてくだされば」


 セレアは冷たく言い放った。


「ガイウス様とて、何もしなかったでしょう。同じことですよ。これからは私たちがすべて取り仕切ります。名実ともに」

「やめろ、やめてくれ! ここはひいおじい様の屋敷だぞ!」


 ガイウスの絶叫は誰の心にも届かない。彼はそのままズルズルと部屋から引きずり出された。

 廊下の冷たい床が尻を擦る。見慣れた豪華な廊下が、逆さまの視界の中で遠ざかっていく。


(嘘だ。こんなの嘘だ。僕は選ばれた人間のはずなのに)


 地下へと続く階段の暗闇が大口を開けて待っていた。

 がしゃん! 地下牢の重い鉄扉が閉まる音が響き渡る。ガイウスの治世は、こうしてあっけなく幕を閉じた。





 その後、新たな領主としてガイウスの従弟が擁立された。

 彼は奴隷たちの言いなりだった。

 無理もない。彼もまた大した才覚を持たない人物だった上に、領主の地位が奴隷たちの手によるものだと知れ渡っていたので、逆らえなかったのだ。


 実権を握ったのは、セレアをはじめとする元奴隷の官僚たち。彼女たちは極めて優秀だった。

 ガイウスの無能や怠惰の足かせがない分、彼女らはのびのびと手腕を振るい、領地は大いに栄えた。


 だが、それも長続きはしない。英雄の遺産であるチート知識や魔道具は、有限だった。

 彼女たちはそれを効率的に運用することはできても、新たに生み出すことはできなかったのだ。


 いつしか彼女たちは、領民のための政治よりも既得権益にしがみつくようになった。領民ではなく自分たちの組織の維持を優先し、派閥争いをするようになった。


 領地はゆっくりと衰退していく。

 世代が変わる頃には、ここがかつて異世界転生の英雄の領地である事実すら忘れかられてしまった。


 こうして異世界から現代日本の痕跡は完全に消え去った。

 残っているのはしたたかな現地人たちの、生きた足跡のみである。






+++

セルフ解説。

この話はふんわりと歴史に基づいております。


暴君と名高い古代ローマのカリグラ帝は、皇帝の忠実な懐刀だったはずの近衛兵に裏切られて暗殺されました。

その後近衛兵たちは次の皇帝としてカリグラの親族クラウディウスを選び、引きずり出すようにして皇帝の地位に据えました。


奴隷ではないですが、権力者の間近にいる地位の人間は時たまこのような越権行為をします。

カリグラ帝の暗殺だけなら暴君の阻止と解釈できても、次の皇帝を決めるのは明らかに越権です。

しかも古代ローマでは以後、近衛兵の支持を得るのが皇帝の条件になりました。


なお、カリグラの次のクラウディウスは奴隷秘書を使って政治を行い、統治そのものは成功したのですが奴隷たちは私腹を肥やすようになりました。

これも越権行為といえるでしょう。


なんかそんなような話でした。


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