第13話 国家の判断
王城中枢、重臣会議室。
厚い扉が閉じられると同時に、外の気配は切り離された。
長机の中央奥には、国王レオンハルトが座している。
その左右に、宰相、軍務卿、神殿長、外務大臣。
そして、特別騎士団長が末席に控えていた。
空気は静かだった。
だが、緊張がないわけではない。
ここにいる全員が理解している。
今日の議題は、
「訓練の成否」ではない。
この国が、今後どのような判断を積み重ねていくのか――
その確認だ。
書類の音ひとつ、誰も立てない。
重臣会議とは、本来こういう場だ。
感情を交わす場ではなく、
国家として引き受ける責任を、言葉にする場所。
沈黙を破ったのは、軍務卿ローデリヒ・シュタインベルクだった。
背筋を伸ばし、無駄のない動きで前を向く。
声は低く、装飾がない。
「訓練結果について、
まず、軍の立場から報告する」
それだけで、場の空気が一段引き締まった。
「今回のトリアージ訓練は、
騎士が負傷し、
即時に全員を救えない状況を前提として行われた」
言葉を選んでいるようには見えない。
だが、粗雑でもない。
「結論から言えば――
判断は、容易ではなかった」
一瞬、視線が伏せられる。
「軽傷と見えた者が急変する。
重体と判断した者が持ち直す。
そして、
どう考えても救命の優先度を下げざるを得ないケースも、
想定に含めて行われた」
誰も口を挟まない。
それが「想定内」であることを、全員が理解しているからだ。
「訓練であっても、
その判断を下す瞬間の重さは、
実戦と大きく変わらない」
軍務卿は、そこで一度言葉を切った。
「……正直に言えば、
騎士たちに、この判断を背負わせ続けることには、
今も迷いがある」
場が、わずかにざわめく。
だが、ローデリヒは構わず続けた。
「それでも、
前線に立つ以上、
判断を避けることはできない」
「実際、
優先順位をつけられず、
現場が混乱した場面もあった」
「だからこそ、
個人に責任を押し付けない仕組みが必要だと、
改めて確認した」
視線が、国王へ向く。
「今回の訓練は、
軍としては――
“必要だった”と、そう結論づけます」
そこまで言って、
ローデリヒは黙った。
ただ、現場が背負った重さを、
そのまま差し出すような報告だった。
数拍の沈黙が、会議室を満たす。
次に口を開いたのは、
神殿長エルヴィーラ・ノルディアだった。
白を基調とした神殿衣。
年齢を重ねた穏やかな表情は、
だが、甘さとは無縁だ。
「神殿の立場から、申し上げます」
声は柔らかい。
だが、その言葉は、いつも核心を外さない。
「今回の訓練は、
“誰を救うか”を選ぶものではありませんでした」
わずかに間を置く。
「正確には、
“救えない可能性がある現実”を、
最初から前提として共有する訓練だった」
視線が、重臣たちを順に巡る。
「それは、
神殿が長く避けてきた視点でもあります」
誰かが、静かに息を吸う。
「命は重い。
だからこそ、
軽々しく扱ってはいけない」
「ですが、
すべてを同時に救えない場面が存在することも、
否定できない現実としてあります」
エルヴィーラは、そこで一度言葉を切った。
「今回の訓練で重要だったのは、
“選ぶこと”ではなく、
“選ばざるを得ない状況が起きる”という事実を、
制度として認めることなのだと、私は考えています」
それは、
神殿長として、
決して軽い言葉ではなかった。
「神殿としては、
この訓練を否定しません」
そう告げて、
エルヴィーラは口を閉じた。
次に、宰相マティアス・フォン・グレイヴが、
静かに書類へ視線を落としたまま言った。
「制度の話をしましょう」
感情は、ほとんど乗っていない。
「今回の訓練で明らかになったのは、
判断の遅れではなく、
判断が集中する場所です」
指先で、紙を一枚、裏返す。
「医療担当騎士。
現場医師。
王宮診療所」
「役割は整理されている。
だが、
“誰が最終的に判断を背負うのか”は、
まだ曖昧です」
淡々と、だが容赦なく続ける。
「それは、
善意で埋めてきた空白とも言えます」
「今回の訓練は、
その空白がどこにあるのかを、
可視化しました」
宰相は顔を上げた。
「今後は、
判断基準の文書化、
権限の段階化、
記録と検証の仕組みが必要になります」
「それは、
現場にいる人間を、
守るための制度です」
視線が、国王に向く。
「国家が判断と責任を引き受けるとは、
そういうことだと、私は考えます」
最後に、
外務大臣アルト・ヴァルハルトが、
ゆっくりと口を開いた。
眼鏡越しの視線は、
すでにこの場の外を見ている。
「外交の立場から言えば、
今回の訓練は――
確実に、外へ影響します」
誰も驚かない。
「ゼフィーリアは、
“極力殺さず”を国是として掲げている」
「その国が、
トリアージを制度化し、
公に訓練しているという事実は、
必ず他国に伝わるでしょう」
肩をすくめるような仕草。
「評価は、二極化します」
「理性的だと見る国もあれば、
冷酷だと切り取る国もある」
「だからこそ、
隠すべきではありません」
アルトは、はっきりと言った。
「中途半端に伏せるより、
理念と責任を、言葉として揃えるべきです」
「命を選んでいるのではない。
命を守るために、
国家が判断と責任を引き受けているのだ、と」
その言葉は、
この会議の核心に、静かに触れていた。
重臣たちの意見は、出そろった。
あとは――
王が、それをどう束ねるか。
国王レオンハルトは、
肘掛けに置いた手をゆっくりと組み直した。
「――皆の意見は、よく分かった」
声は低く、穏やかだった。
「今回の訓練は、
成功だったか、失敗だったか、
そういう単純な話ではない」
視線を、会議室全体に向ける。
「現場は迷った。
判断は揺れた。
だが、それは想定通りでもある」
一拍置く。
「迷わずに下せる判断など、
本来、命を扱う場には存在しない」
神殿長へ、宰相へ、
そしてアルトへと、順に目を向けた。
「神殿が言った通りだ。
これは命を選ぶ訓練ではない」
「宰相の言う通り、
判断と責任を、
個人に背負わせ続けるわけにもいかない」
「外交の視点も重要だ。
我々は、
何をしているのかを、
自分たちの言葉で説明できなければならない」
国王は、静かに息を吸った。
「ゼフィーリアは、
守るための判断から、
逃げない国でなくてはならない」
「だから、私はこう考える」
少しだけ、声に力がこもる。
「今回の訓練は、
継続を前提とする」
誰かが、小さく頷いた。
「ただし、
現場任せにはしない」
「訓練で出た課題は、
軍務卿と宰相で整理する」
「神殿には、
言葉と理念の部分で、
引き続き関与してもらいたい」
「外務には、
対外的な説明の骨子を整えてもらう」
指示は明確だった。
「判断も責任も、
国が引き受ける」
はっきりと、そう言い切る。
「それが、
現場で迷う者たちを、
少しでも守ることになるのなら」
国王は、最後にこう結んだ。
「完璧な制度には、なりえないだろう。
だが、
だからこそ、
修正し続けることが必要だ」
その言葉で、
会議はひとまず、区切られた。
国家としての判断は、
まだ途中経過の段階だ。
だが――
進むべき道筋は、見えた
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