田子の浦に

 階段を昇った先にあったのは、だだっ広い畳の広間だった。昔見た近江勧学館の浦安の間を彷彿とさせた。しかし、広間よりも目を引いたのは黒いTシャツを身にまとった選手の姿だった。選手の数は少ないが、見ているこちらが気負いしてしまうほどの熱気。それほどまでの圧だ。

「今はぁ、暗記時間が始まったばっかだからぁ、まだ試合までには時間あるねぇ」

弥喜先輩がいつの間にか後ろに立っていた。

「他の一年はぁ、一回別室に案内したから、君たちもおいでぇ」

俺と陵駕は黙ってうなずいて、先輩の後に続いた。別室は大広間の横にあった。弥喜先輩はドアを開け、俺らに先に入るよう促した。軽く会釈し、先に部屋の中に入ると、そこには9人の一年生がいた。全員女子。しかも、2人を除いてまともに会釈してくれなかった。冷たい方々だ。

「それでは、ある程度人が集まったので、簡単にかるたについて紹介させていただきます」

唐突に後ろで声がした。でも、弥喜先輩の間延びした話し方じゃない。誰だ?と思い振り返ると、誰もいない。

「私はここです」

下から声がした。声のする方を見ると、先輩が細ぶちメガネの奥からこちらを見上げていた。俺と陵駕は(悲しいことに)身長が高い部類に入ったことがないが、この先輩はそんな俺らのあごくらいまでしか身長がない。中学生と言っても疑われないくらいの背の高さだ。

「できれば座っていただけるとありがたいのですが」

俺と陵駕は慌てて座った。すると、眼鏡の先輩がこちらに鋭い視線をとばしてきた

「胡坐をかいているあなた、今すぐにやめてください。競技かるたをするうえで、畳の上で胡坐をかくのはマナー違反です」

隣で凌駕がアタフタと座り方を直した。怒りの矛先が向かずホッとしていたら、俺にも鋭い言葉がとんできた。

「そちらのあなたも、経験者なら友達に教えてあげてください」

だから、なんでここの先輩は俺が経験者だってすぐに見破ってくるんだよ。まぁ、今は他の人もいるから後で理由を聞こう。

「改めて、本日はかるた部の仮入部にご参加いただきありがとうございます。私はかるた部二年、村井莉子むらいりこ。よろしくお願いします」

そう言って、村井先輩は頭を下げた。一年も慌てて頭を下げる。さっきの弥喜先輩とはえらい違いだ。

「早速ですが、みなさんには、今から試合をしてもらいます」

…え?

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※浦安の間は、近江勧学館内にあり、競技かるたの最高峰の戦いである名人戦・クイーン戦が行われる。かるたーがそこで試合することを夢見る舞台である。

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