世界設定(ルール)が「即死」したので、俺は「ゴミデータ(ジャンク)」を武器にして、王道の異世界をハック(破壊)することにした
新条優里
第1話その召喚、テクスチャが剥がれていますよ
眩い光。 天から降り注ぐパイプオルガンの荘厳な旋律。 視界を埋め尽くす白い羽の乱舞。
これ以上ないほど「王道」な異世界召喚の光景。しかし、俺――佐藤カイトの目には、その感動的な演出の裏側が、ひどく無機質な「欠陥品」として透けて見えていた。
(……パーティクル(粒子エフェクト)の濃度が高すぎる。光源処理を無理やり明るくして、背景のローポリゴンとテクスチャの引き伸ばしを誤魔化しているな。雑な仕事だ)
俺は前世で、クソゲー専門のデバッガーとして生きてきた。 深夜のオフィス、冷え切ったカップ麺の湯気の向こう側で、俺が戦ってきたのは伝説の魔王ではない。納期の限界に追い詰められたプログラマーが、血反吐を吐きながら書き残した「論理の死骸」と「未修正のバグ」だ。
床に描かれた巨大な魔法陣が、ひどく安直な「コピペ」で作られているのがわかる。円周の角度は数ミリ単位でズレていて、四隅の装飾は全く同じアセットを反転させて貼り付けただけ。その繋ぎ目には、本来消去されているはずの「デバッグ用グリッド線」がうっすらと残っていた。
「おお、選ばれし勇者たちよ! よくぞ我が王国の切実なる呼びかけに応えてくれた!」
玉座に座る王が、腹の底に響くような重厚な声を出す。 俺の周囲に並んでいるのは、現代日本の私服を着た俺以外の三人の男女。彼らは頬を紅潮させ、目の前のファンタジックな光景に酔いしれている。一人の女子高生などは、感動のあまり涙ぐんでさえいた。
だが、俺には王の頭上に浮かぶ**「フローティング・プロパティ」**が見えていた。
[NPC名:アルフレッド・フォン・ルミナス王][ステータス:台詞再生スクリプト実行中(割り込み不可)][AI思考ルーチン:最低(一話目専用のチュートリアル・ボット)][耐久度:無敵設定(イベント終了まで解除不可)]
俺は深く、重いため息を吐き出した。 この世界は、物語に出てくるような美しい異世界などではない。 未完成のまま市場に放り出された、バグだらけの不条理なシミュレーターだ。
「さあ、勇者たちよ! まずは汝らの資質を確認させてもらおう。神から授かりし魂の記録――『ステータス』を唱えるが良い!」
王の言葉に促され、三人の「勇者」が緊張した面持ちでステータスを唱える。
「【聖騎士:Lv99】!? 素晴らしい、伝説の再来だ!」 「【賢者:Lv99】……おお、魔術の深淵を覗く者が現れたか!」 「【大聖女:Lv99】! 国の救済が約束されたも同然だ!」
城内は割れんばかりの歓喜に包まれる。騎士たちは剣を掲げ、神官たちは祈りを捧げる。 しかし、最後に俺が「ステータス」と念じた瞬間、世界の物理法則そのものが軋みを上げた。 正確には、俺の周囲数メートルだけ、世界の「処理速度」が極端に低下し、フレームレートがガタ落ちしたのだ。
俺の視界の端に、真っ赤な警告ログが滝のように流れ落ちる。
[Fatal Error: System_Definition_Miss][警告:対象の個体識別情報が、現行パッチのデータベースに存在しません][例外処理を実行します……失敗。代替データを検索中……]
俺の頭上に浮かび上がったのは、黄金の文字でも、輝かしいランクでもなかった。 ただ、黒いデジタルノイズに塗り潰された四文字のアルファベット。
【NULL(空)】
「な……なんだ、それは……?」
王の顔から、あらかじめ設定されていた「慈悲深い表情」のテクスチャが剥がれ落ちる。 処理しきれない未定義データの出現により、彼の表情筋は不自然な痙攣(レンダリング・エラー)を起こし、顔面のポリゴンがぐにゃりと歪んでいた。
「レベルがない……スキルも、魔力もない。それどころか、名前という概念さえ、この世界のシステムが認識を拒絶している……。貴様……貴様は、この世界の『住人』ですらないのか!?」
「まあ、そうなるだろうな。そもそも、俺の魂のデータ形式がこの世界の規格に合ってないんだ。互換性がないものを無理やり読み込もうとすれば、そうなるのは当然だ」
「ゴミ(ジャンク)だ! この聖なる勇者召喚に混じり込んだ、ただの欠陥データだ! 衛兵! 衛兵ッ! この不浄な『NULL』を直ちに城の外へ投げ捨てろ! 王国の魔術基盤を汚した大罪により、永久追放とする!」
激昂する王。その言葉は、まるで決まっていたプログラムがバグによって暴走したかのように、過剰に攻撃的だった。
重い鎧を鳴らして、二人の衛兵が俺の左右に走り寄ってくる。 彼らが俺の腕を掴もうとしたその瞬間、俺は確信した。 この世界は、俺を「排除すべき異物」として判定した。ならば、俺もこの世界のルールを守る必要はない。
(心理学でいう『認知的不協和』か。いや、それとも単に『導入部で不遇を味わう』というクソったれなシナリオの強制力か)
俺は、俺を捕まえようとする衛兵の胸当てを凝視した。 俺の目は、世界の「表面」ではなく、それを構築する「ソースコード」の欠陥を捉える。
「……あ、そこ。物理判定の繋ぎ目がガバガバだぞ」
俺が衛兵の胸当ての中央、ちょうど紋章が刻まれた部分に指を触れる。 俺の属性は『NULL』。 何の意味も持たず、何の制限も受けない、未定義の空白データ。 空白が、確定したデータに触れるとき、そこには「論理の矛盾」が生じ、一時的な管理者権限と同等のハッキングが成立する。
俺は、脳内の仮想コンソールに一行の命令文を叩き込んだ。 Update Object_Unit_Guard set Armor_Type = 'Junk_Plushie' where Collision = True
「――上書き保存(セーブ)」
カチッ、という乾いた物理的なクリック音が、静まり返った城内に響いた。 次の瞬間。
「ぎゃあああああああ!? なんだ、これ、何なんだぁぁぁぁ!」
衛兵の重厚な銀色の鎧が、凄まじい発光と共に変質した。 鉄の冷たさは一瞬で消え去り、そこにあったのは、ピンク色の毛羽立った布地で作られた**「巨大なウサギの着ぐるみ」**だった。
「お、おい! 鎧が……鎧がフカフカになったぞ! 槍が刺さらない! どころか、歩くたびに『キュッ、キュッ』と音がする……!」
「テクスチャの参照先を『子供部屋のアセットフォルダ』に変更させてもらった。ついでに質量を1/10にしたから、もうあんたの力では俺を制圧できない。……その格好で、せいぜい王国のマスコットでもやってな」
召喚の間は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変貌した。 王は腰を抜かして段ボール製の玉座(本物の金だと思っていたが、近づくと低解像度のテクスチャを貼っただけの立方体だった)から転げ落ち、召喚された他の勇者たちは武器を抜こうとして、自分の「鞘」の当たり判定が消失していることに気づき、パニックに陥っている。
「化け物……! 貴様、何をしたのだ! 聖なる勇者召喚の場で、魔族の術でも使ったのか!」
「魔術じゃない。ただ、この世界の『記述ミス』を少しだけ指摘してあげただけだ。……じゃあな、王様。その段ボールの玉座、座り心地が悪そうだから、早めにリフォームすることをお勧めするよ」
俺は混乱する城内を悠々と横切り、巨大な扉を開けて廊下へと出た。 城の出口へと続く廊下を歩きながら、俺は周囲の壁や装飾品を指でなぞる。
(酷いもんだな。この大理石の柱、中はポリゴンが張られていない空洞じゃないか。こっちの絵画も、遠目には豪華に見えるが、近づくとドットが荒くて何が描いてあるかも分からない)
この世界の創造主――神とやらは、よっぽど制作時間が足りなかったのか、あるいは致命的に才能がなかったのか。どちらにせよ、デバッガーとしての俺のプライドが、この「不完全な世界」を許さないと叫んでいる。
城門を抜けると、そこには「王道ファンタジー」をそのまま形にしたような、活気あふれる城下町が広がっていた。 石畳の道、行き交う馬車、露店から漂う美味そうな肉の匂い。
だが、俺の耳に届くのは、そんな平和な喧騒ではなく、世界のシステムが過負荷で軋みを上げる「物理演算エラー」の不快な低周波音だった。
俺は、城壁のすぐ傍にあるゴミ捨て場に目を留めた。 そこには、戦いで折れた剣、底の抜けた鍋、そして魔力が枯渇して文字が掠れた古びた魔導書が、文字通り「ゴミ」として積み重なっている。
普通の住人からすれば、それは価値のない廃棄物だ。 だが、俺の視界には、それらが黄金の輝き――否、**「システムに縛られない、自由な編集領域」**として鮮やかに強調されていた。
「『NULL』の俺には、この世界の正規アイテム(レギュラ・データ)は扱えない。……でも、一度システムから捨てられたゴミ(ジャンク)なら、俺の色に上書きできる」
俺はゴミの山から、刃の半分が欠け、錆び付いた一本の短剣を拾い上げる。 システム上のプロパティを確認する。
[アイテム名:なまくらのゴミ剣][攻撃力:1][耐久度:0][状態:破壊済み]
俺はその記述を指先でなぞり、書き換える。
Object_Junk_Sword.Atk = 999999 Object_Junk_Sword.Durability = -1 (無限) Object_Junk_Sword.Option = '物理法則無視'
「見た目はボロ、性能は神殺し。……よし、いい感じのバグ武器(チートアイテム)だ」
俺が軽く短剣を振るうと、空気を切り裂く音ではなく、世界そのものが「ビリッ」と破けるような、耳障りな電子ノイズが空間に響いた。 その瞬間、背筋に冷たい氷を押し当てられたような、強烈な不快感が襲った。
振り返ると、城下町の路地裏の影から、淀んだ紫色の光を放つ**「何か」**が這い出してきていた。
それは魔族でも、モンスターでもなかった。 手足が異常に長く、関節の数が一つ多く、顔のパーツがランダムに入れ替わっているような、直視に堪えない人型の異形。
「……あれが、この世界の『セキュリティ・プログラム』か」
世界のバグ――つまり、システム外データである俺を排除するために、運営(神)側が自動生成した修正用プログラム。 そいつの頭上には、血のような赤文字で名前が浮かんでいる。
【修正者(パッチャー):Lv MAX】
異形は、物理法則を無視した不自然な加速で、俺との距離を詰めてくる。その動きはフレームが飛んでいるかのように断続的で、視覚的に捉えることすら困難だ。
だが、俺は逃げなかった。 むしろ、口角が自然と吊り上がるのを止められなかった。 脳内をドーパミンが駆け巡り、クソゲーを攻略する時特有の「狂気的な高揚感」が背筋を突き抜ける。
「王道の救世主なんて、退屈すぎて死にたくなる。整合性の取れた美しい世界なんて、何の価値もない」
俺はゴミから作り上げたバグ武器を逆手に構え、襲い掛かってくる「世界の正義」に向かって、真っ直ぐに駆け出した。 「さあ、ハッキング(世界改変)を開始しよう。――俺がこの世界を、誰も見たことがない最高に面白い『クソゲー』にリファクタリングしてやるよ」
夕日に照らされた俺の視界に、新しいメインクエストが血のような色でポップアップした。
[メインシナリオ:世界の完全再構築(リビルド)][現在の進捗:0.001%][最終報酬:現実(リアル)への帰還、または……神の座の奪還]
俺の、そして「カオス」の物語は、この壊れた世界で産声を上げた。
世界設定(ルール)が「即死」したので、俺は「ゴミデータ(ジャンク)」を武器にして、王道の異世界をハック(破壊)することにした 新条優里 @yuri1112
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