親父がギャンブルで作った借金のために、身を売る覚悟を決めた娘。その金を親父は…【江戸を駆ける三人】
和田 蘇芳
第1話 吾妻橋で人助け
「あの人、川へ飛び込もうとしてる?」
大川にかかる
ハヤトが指差す方向には、若い男が
「危ねえ!」
言い終わらないうちに、ハヤトは素早く動き若い男の腕をつかんだ。
「は、離してください! あたくしは、死ななきゃいけないんです」
男は必死に逃れようとするが、剣道で鍛えたハヤトの力がまさって、地面に引き倒す。
倒れたはずみで、男のちょんまげを留めていた
腕をさすりながら、男が叫ぶ。
「乱暴はよしてください。ケガをしたらどうするんですか」
「死んだら、ケガじゃすまねえよ!」
と、ハヤトは怒鳴ったが、その姿を見て男は困惑している。
無理もない。
真っ赤なとうがらしのハリボテを背負ったハヤトは、他人の命を救ったヒーローとしては珍妙すぎた。
隣のタケルは、鳥毛の帽子を被った派手な服。
もう一人のアスカは大きくういろうと書かれた箱を背負って、それぞれが仮装パーティに参加するようなキャラが濃い出で立ち。
男は涙声で問いかけた。
「あなた方、いったい何者なんですか?」
時は江戸。
男子高校生の熱い男ハヤトと、冷静なタケル。そして、女性で若手落語家のアスカ。三人が現代から江戸時代にタイムスリップしてからすでに三か月が経っていた。
どうやら、善い行いをして
「オレたちのことは気にしないで。それより、なんで死のうとしてたのか、訳を聞かせてよ」
タケルの問いかけに、若い男はうつむいて黙っている。
そこへ、女物の着物を着たおじさんが声をかけて来た。
「よかった! さっきからオレもコイツが飛び込むんじゃねぇかと心配してたんだ。おまえさん方が助けてくれてよかったぜ。おい、おめぇどうして死にてぇんだ」
妙な四人に囲まれた若い男は、しぶしぶ語り始めた。
「じゃあ、何か? おめぇ店の金、五十両をスリにやられたってぇのか?」
若い男の話を聞きながら、だんだんとおじさんは困った顔になり、身を硬くし始める。
「はい……」
と、若い男は蚊の鳴くような声で答える。
ハヤトがこっそりアスカに確認する。
「五十両って、五百万円ぐらいだよね?」
そっとアスカがうなずく。
「おめぇ、その金がなきゃ、死んじまうって言うんだな。五十両……オレは持ってる、持ってるけど、オレの金だぜ」
聞かれてもいないのに、おじさんは五十両を持っていることを告白する。
「この金は渡せねぇ金だけど、なけりゃおめぇは身投げをするってぇのか」
ひとしきり身もだえた後で、おじさんは意を決して、
「……ならしょうがねぇ、この五十両おめぇが持ってけ!」
と、おじさんは着物の懐に手を入れ、布の財布を取り出した。
「ちょっと待って!」
ういろうを担いだアスカが話に割って入り、若い男に話しかける。
「あなた、
若い男は目が飛び出るようにびっくりして、
「どうして、あたくしの名を! 金が盗られてないってどういうことですか?」
「お客さんの店で囲碁に夢中になって、お金をその店に置いて来たんです。お金は届けられて、あなたが帰ってこないのを旦那さんも心配してますよ」
「そんな、バカな! 確かにあたくしは
首をかしげる文七を横目に、アスカはおじさんに語りかけた。
「あなたは、
「ああ、なんでういろう屋がオレの名を知ってんだ?」
「……えっと、わたしは
アスカは手短に、
バクチ好きの長兵衛が作った借金があること。
その借金のために娘が自分一人で吉原に行って、
借金返済には一年の猶予があるが、もし、返せない場合は客の相手をさせられること。
を言い当てた。
もちろん、アスカに人相見ができるわけがない。
江戸にタイムスリップしてきて以来、落語のストーリーに沿った事件が巻き込まれることが続いている。
今回は、金を盗られたと勘違いした文七の自殺を止めるために、長兵衛が女郎屋に娘を預けて得た五十両を渡してしまうという
「自分の着物も借金に取られたから、女の着物を着ているんですよね?」
「お、おい、なんでそんなことまでわかるんだ?」
アスカの指摘に、長兵衛は金を隠すように身をよじる。
「女郎屋って、親がギャンブルで負けた借金のために娘が売られるってことか?」
ハヤトの問いかけに、険しい表情でアスカが答える。
「だいたい、その理解であってます」
怒りを吐き捨て、ハヤトは長兵衛の胸ぐらをつかんだ。
「借金するわ、娘の金を勝手に渡そうとするわで、てめぇ、最低な親父だな!」
ガタイの良いハヤトに持ち上げられ、長兵衛は宙に浮いて足をバタバタさせる。
「うちのガキをどうしようと、お、親の勝手じゃねぇか。アイツはよーくわかってんだよ」
「あーもう!」
キレたようにアスカが叫ぶ。
「とにかく文七さんはさっさと店に戻る! 長兵衛さんも大事なお金を持って帰ってください! くれぐれもそのお金で、バクチなんてやったらダメですからね!」
「や、やるわけがねぇ!」
宙に浮いたまま長兵衛が怒鳴る。
ハヤトもつかんだ胸ぐらを離してにらみつけ、
「おい、その言葉嘘じゃないだろうな。その金を無駄にしたら、てめぇわかってるだろうな」
地面に倒れ込んだ長兵衛は、
「……お久、すまねぇ」
と、小さく呟き、鼻をすすりながら涙声で答えた。
「わかってる……わかってるよオレだって」
そう言って、長兵衛は立ち上がって、ハヤトにきっぱりと、
「今度こそ目が覚めた。きっとやり直してみせる。必ず、必ず期日までには金を返してみせる」
後日、文七が礼にあがるからと長兵衛の住所を訊き出すと、長兵衛は金を大事に抱えて家路についた。
「文七さん、命を救ってくれた長兵衛さんに後からお礼をしてくださいね。長兵衛さんの娘さんはとても良い子なんですから」
落語の
「でも、店に金は戻っていなかったら、あたくし……どうすればいいんでしょう」
まだ不安だということで、三人は文七に付き添うことになった。
文七が働く近江屋では、いつまでも文七が帰って来ないと大騒ぎになっていたので一安心。
「……そうですか、その長兵衛さんという方が、大切なお金で文七の命を救おうとしてくれたんですか」
近江屋の主、近江屋卯兵衛はアスカの説明で胸を撫で下ろした。
「それでは、明日長兵衛さんに命を救ってくれたお礼をしましょう。それから、あなたがたにも」
「とんでもない! わたし達はこれで失礼します」
これ以上首を突っ込むとややこしくなるからと、近江屋のお礼を丁寧に断り、居候している熊造の家に戻ったアスカ達。
ところが、これで一件落着、とはならなかった。
次の日、熊造の口入屋に文七が真っ青な顔で飛び込んで来た。
「アスカさんはいらっしゃいますか?」
「どうしたんですか?」
ちょうど近くにいたアスカが、文七に問いかける。
「大変なんです、長兵衛さんが五十両を失くしたそうなんです! 急いで長兵衛さんの長屋に来てください!」
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