【散文詩】サイバーパンク夢十夜
イエロウ
第1話
※注意 遠巻きな性表現があります。
アルファはそのとき目を上げて、響きあう最初の音を識った。
会うべき者がいる。
知るべき物事がある。
出会うまではわからない。
己が、何に導かれているのか。
なんのために、生まれたのか――。
*
部屋の前に、落ちている。
最初は、大きな猫に見えたのだ。
近づいてみると、服を着ていた。
裾の長いカーディガンを羽織っているが、細身のデニムは薄そうだ。空色に近い褪せ方をしている。どうみても夏物だろう。
染められていない黒髪は艶ある滝となってあふれ、表情を隠している。
わからないのは、それだけではない。
完全に管理されているはずのマンションの通路に、知らない人間が入りこんでいるのか。
あまつさえ、自分の部屋の前に座ってドアを塞いでいる。横にずれてもらわなくては、ロックを解除することもできない。
いったい、何者だ。コールガールには見えない。呼んだ覚えもないのだが。
アルファは眉を寄せたが、足取りは臆さずまっすぐ進んでいった。自分の部屋に入るのに、遠慮もしていられまい。
足音を響かせて、立ち止まる。目があった。
息を呑むような色艶の。とろりと液体を閉じこめた瞳がそこにある。揺れていた。青ざめた頬に、淡い翳。
「誰を待っている」
問いかけると、あいまいに頭を振った。
「入れて、もらえないから…」
廊下まで呼んでおいて、中に入れないのか。誰が、何の目的で。
「おれではないのだろう」
「…いいんです」
誰でもいいのか。なんでもいいのか。
虹彩認証でロックを解く。黙ってドアを開けた。
黒い頭の、痩せた猫はするりと中に入ってきた。
冷えているだろうと思ったのだ。
石と金属で作られたなめらかな床は、やたらと体温を奪ってゆく。
いいのは見かけだけだ。すぐに傷ついて、汚れてゆく。
その床と接するのは尻だろう。直に座りこんでいたのだから。後ろから尻を掴んで、揉みほぐした。
「なに、するんですか」
「冷えているだろう」
「いきなり触りますか」
「おまえもな。いきなり上がりこんだりするからだろう」
「…するんですか」
「…しない」
興味がない。周期はまだ来なかった。
狂ったようになるまでは、時がある。それまでの間に、出てゆくだろう。
「部屋は好きに使え。何か食べてもいい。おれは休む」
そう言い置いて、寝室に入った。
光はない。
眩しいものを排除している。電源を切ったように眠りたいからだ。感情のない、虚無に横たわる数時間を。
やがて、朝がやってきた。
光に溶けて、いなくなる。
そう決めこんでいた朝の部屋で、毛づくろいをしている猫を見た。ブラシで髪を梳いているのだった。
「まだ、いたのか」
「おはようございます」
あいさつをする猫と暮らしはじめた。これはその、記録となる。
〈続ク〉
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます