あの日の文について

@kawaisounine

第1話 私が娘を殺しました

 あなたも物好きですよね。だって、もう擦り切れるくらいにこの話は暴かれたじゃないですか。テレビに週刊誌、ユーチューバーなんかもたくさん来ましたよ。ええ、あの時期はとても辛かったです。あの時期、私には人権というものが存在していませんでした。事件を白日の元にという大義面分で、私の人権は奪われたんです。あなたたちみたいな人にね。

 ああ、いえ、すみません。喧嘩を売るつもりも皮肉のつもりもありません。もう十年近く経っていますし、私もすっかり自分の生活を取り戻していますからね。昔に来られたら、怒鳴っていたかもしれませんけど、今はそんな気力ありませんよ。

 それで、何が聞きたいんですか。もうあの子、文のことはネットに出回っているでしょう。どんな子供で、どんな生活をしていたか。そうです、そのサイト。どこかで僕らの生活を見ていたんじゃないかと思うくらい、僕らの生活が詳細に記載されていて恐ろしいくらいでした。こういうのを作る人って、どこで個人情報とかを見つけてくるんでしょうね。探偵でもやれば、もっと儲けられる気がするんだけど、そういうことはしないんだよなあ。

 話がずれましたね、すみません。文のことも、僕のことも、文に起こったことも、ネットで全部拾えた。そうですか、まあ、そうでしょうね。だって僕はずっと逃げてましたから。ネットに全裸を晒されたみたいでしたもん。全裸どころじゃなかったな、骨の髄まで、でしょうか。

 それで、あなたは今更、私に何が聞きたいんですか。全部拾えたんでしょう。つまりあなたは私の全裸をもう見ているのと同じなんですよ。今更、私に、何を曝け出せって言うんですか。

 文について? 一体、文の何が知りたいんですか? あの子については、全部ネットに出ているじゃないですか。

 私から見た文が知りたい? それだって、もう舌が擦り切れるくらいに話しましたよ。同じ話を何度も何度も。同じ毎日を繰り返しているんじゃないかと思うくらいでした。それが聞きたいなんて、あなたは本当に物好きだ。こんな擦り切れて、消費し尽くされた事件のルポ本を作りたいだなんて。

 いいですよ。文の話ですよね。このコーヒー一杯分くらいのお話はさせていただきます。まあ、これから何十杯とご馳走になるんでしょうけどね。

 文は私の娘でした。立ち会い出産をしたんですけど、文が生まれた瞬間、私はあまりの出血の多さと生臭さに貧血を起こして倒れてしまったんです。今でもそれは、妻に揶揄われます。

 貧血から回復して初めて文を見た時、あんまりにも小さくて、皺くちゃで、でも可愛くて涙が出ました。なんて可愛い生き物なんだと思いましたね。

 文の話なんて、本当はいくらでもできるんです。だって、文は私の大切な、大好きな娘なんですから。

 あの日、私が文をちゃんと迎えに行っていれば、文は今でも生きていたんです。私のせいで、文は死んでしまった。きっとあの子は、私を恨んでいるでしょうね。

 文の事件はもちろん知っていますよね。

 そうです、今から十年前に起こった事件です。行方不明になった文が、半年後に白骨で自宅前に置かれていた、あの。

 当時は連日ニュースで大騒ぎでしたね。昼夜関係なくマスコミや馬鹿な子供が押しかけて、私たちは娘を失った可哀想な親であるはずなのに、どうしてだか責められたんです。今思い出しても腹が立つ。妻はしばらく不眠に悩まされていたんですよ。妻や私に投げかけられたのは、まるで私たちが育児放棄をしているような言葉でした。冷静になった今なら誹謗中傷で訴えてやろうとも思えるんですけど、当時は文がいなくなったことで憔悴していたので、そんなことは考えつきませんでした。

 今訴えればいいじゃないかって? そんな簡単に言いますけどね、当時私たちに酷い言葉をかけてきたのは十人二十人の話ではないんですよ。百人二百人、それ以上かもしれない、たくさんの人から石を投げつけられたんです。今更それを探し出して、一人一人と関わっていこうなんて考えられませんよ。

 十年経って、やっと文のことを冷静に話せるようになったんです。それを壊したくない。

 え、ああ、すみません、怒ってないです。ちょっと、昔のことになると自制ができなくて。すみません。

 迎えに行けなかった理由ですか。仕事ですよ。私は在宅でできる仕事をしているので、文を小学校まで迎えに行くのは私の役目でした。文がいなくなったあの日は、仕事が立て込んでたんです。普段なら小学校が終わる時間に一度仕事を終わらせて、文を迎えに行って夕飯を一緒に食べたら、私は仕事に戻っていたんです。迎えに行って家に帰る頃に妻も帰宅していたので、夕飯はいつも三人で摂っていました。

 ただ、その日は文を迎えに行く時間近くになってから仕事が山ほど舞い込んできて、こりゃあ迎えに行けないなってんで、文に連絡したんです。連絡はメールでしました。小学校はスマホの持ち込みはできたんです。登下校の連絡だったり、そのまま習い事に向かう子供もいましたから、休み時間に使わなければ持ち込みは自由でした。我が家は何かあった時の為に、持たせてましたね。

 文からはわかったって返信がありました。いつもなら二十分もしないうちに帰ってくるのに、その日はなかなか帰ってこなかったんです。一時間経って、何処かで遊んでるのかもと思ったんですけど、いつもは家に一度帰ってきてから友達と遊びに行く子でしたから、おかしいなって思ったんです。

 それで仕事が落ち着いてすぐに家を出たんですけど、文は見つからなくて。あとはご存じの通りですよ。

 文はね、本当に可愛い子でした。妻にそっくりな顔をした、利発で優しい、思いやりのある子でしたよ。私がこうしたいなと思っていると、どうしただかわかってそれを先回りしてやってくれることもありました。子供なのに、やたらと人の機敏に聡い子だったなあ。

 あの子はもっと子供っぽくてもよかったのにと思います。本人はけろっとした顔でそれをやっていましたけど、胸の奥底では、本当はもっと甘えたかったんじゃないのかなあとも思うんですよね。まあ、もう私が何を思っても、たらればだけで、何もわからないんですけど。

 生きていたら、ちょうど二十歳くらいでしょうか。二十歳になった文は、どんな女の子になっていたんでしょうね。昔からずっと可愛い、評判の子供でしたけれど、きっと、ものすごく可愛い女の子になっていたんだろうなあ。

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