恋愛ゲームの主人公の母親に転生したのに、娘の攻略対象が私に迫ってくるのは困ります

雪溶晴

恋愛ゲームの主人公の母親に転生したのに、娘の攻略対象が私に迫ってくるのは困ります

転生した。

私の名前は、エレノア。

公爵家の夫人であり、この物語の主人公――

そして元は、恋愛ゲームを愛してやまないただの大学生だった。


目を覚ました瞬間、天蓋付きのベッドが視界に入った時点で、私はかなり嫌な予感を覚えていた。


まず、天井が高すぎる。次に、カーテンが重厚すぎる。最後に、私の周りに立っている侍女の人数が多すぎる。


極めつけは、鏡に映った自分の姿だった。

落ち着いた色合いのドレス。整えられた髪。どう見ても、大学生の私ではない。


状況を整理して、理解するまでに少し時間がかかった。


ここは、私が何度も何度もプレイしてきた恋愛ゲームの世界。片親のもとで育った主人公が複数の男性のなかから、結婚相手を選び攻略するというゲーム。

そして私は――

その恋愛ゲームの主人公令嬢の「母親」に転生している。


母親、、母親⁈意味が分からない。こういう転生物は主人公の令嬢になるか悪役令嬢になって、ハッピーエンドに終わるものではないのか。


こういう時は深呼吸して整理しよう。


私は恋愛ゲームが大好きだった。授業の合間にも、寝る前にも、ストーリーを進め、好感度を上げ、全ルート回収を目指すタイプのオタクだった。

だからこそ断言できる。

この世界は、娘であり恋愛ゲームの主人公でもあるリリアが幸せになるために作られている。


ならば、やることは一つだ。


母親に生まれ変わったからには、このゲームを娘を、絶対にハッピーエンドで終わらせる


私は母だ。恋愛対象ではない。攻略対象でもない。

安全で、無害で、物語の背景にいる存在。ただのモブキャラ。


そう信じていた。


原作の恋愛ゲームの主人公はリリア。

原作通り、素直で可愛く、少し天然で、誰からも好かれる令嬢に育っていた。


この子が破滅する未来なんて、見たくない。


リリアのの一人――

アレクシスは、原作でも人気の高い攻略対象だった。

容姿よし。頭脳よし。家柄よし。将来性あり。

リリアを見る目も、ちゃんと「ヒロインを見る目」だった。アレクシスの攻略はわたしのお気に入りのルート。絶対に成功させる。


――少なくとも、最初は。


原作には、リリアが社交会で誤解され、孤立するイベントがある。

最終的には誤解が解け、それがきっかけで二人の絆が深まる、いわゆる“王道展開”だ。


私は内容を知っている。結末も知っている。

けれど、分かっていても、目の前でリリアが傷つくのを見過ごすことはできなかった。


事件が起きたとき、私は考えるより先に前に出ていた。

母親として。大人として。

この子を守れる立場にいる人間として。


結果、非難はすべて私に向いた。

噂話。冷たい視線。遠回しな嫌味。正直、結構きつい。


でもリリアは無傷だった。泣いていなかった。笑っていた。

それでいい。それが一番大事だ。アレクシスとの仲も友人になったようだ。まったく問題ない。


……ただ、その日を境に、

アレクシスの様子が、明らかにおかしくなった。


最初は、ただのお礼だった。


「先日はありがとうございました」

「いえいえ、母親として当たり前のことをしただけですよ。」


大人同士の、礼儀の範囲。お礼にいただいたお菓子がちょっと高級なところ以外は問題なし。


次に増えたのは、会話の回数だった。


廊下で会えば、必ず声をかけられる。それも、用件があるわけではない。


「今日は天気がいいですね」

「その後、何かお困りのことはありませんか」


内容は当たり障りのない世間話。公爵夫人に向けられる、礼儀正しい言葉の範囲内だ。


……範囲内、のはずだった。


食事の席では、なぜか毎回、私の隣の椅子が先に引かれている。

本来なら、リリアの隣に座るべき立場だ。

周囲も、それを当然だと思っている。


なのに彼は、自然すぎる動作で私の隣を選ぶ。


誰も咎めない。リリアもそういうものなのかしらという表情でこちらを見ている。

だから余計に、私だけが居心地が悪い。

そういうものじゃないからっ、とツッコミたいものだが、今の立場的にやめておこう。


……まあ、気遣い?


そう思おうとした。

さらに、体調を気にされるようになった。


「昨夜は、あまりお休みになれませんでしたか」

「少し顔色が優れないように見えます」


私は特に変わらない。寝不足でもないし、体調も悪くない。

それでも彼は、私の一挙一動を見逃さない。


「無理はなさらないでください」

「必要でしたら、医師を呼びます」


……過剰では?


友人の母親に向ける気遣いとしては、少しだけ、距離が近すぎる。

私は自分に言い聞かせる。

彼は責任感が強いだけ。礼儀正しいだけ。きっと、それだけだ。

そう思わなければ、説明がつかなかった。


アレクシスの態度に不思議におもいつつ生活していると、彼の行動がどんどん大胆になる。


ある日の昼下がり。

廊下でばったり会ったときのことだ。


「エレノア様」


呼び止められて、私は足を止めた。


「はい?」

「その髪飾り、とてもお似合いです」


……髪飾り?


反射的に、自分の頭に手をやる。今日のこれは、いつもの控えめなデザインのはずだ。


「ありがとうございます。侍女が選んでくれたものです」


褒め言葉としては無難だし、ここで会話は終わる――はずだった。


「なるほど。では次は、私が選びましょう」

「なぜですか」


即答した。一秒も迷わなかった。

アレクシスは一瞬きょとんとしたあと、まるで「当然でしょう?」と言いたげに、穏やかに微笑んだ。


「お好きな色を、もう把握していますから」


……把握するな。


私は心の中でそう叫びつつ、表情だけは必死に取り繕う。


「……それは、いつの間に?」

「日々の装いから」


さらっと言うな。観察対象が違う。


「リリアの友人として、覚えておくべきことですから」


その理屈は分かる。分かる、のだけれど。


「それは、リリアに向けて発揮してほしい気遣いですね」


そう返すと、彼は少しだけ首を傾げた。


「もちろん、です」


……その「もちろん」、私には向いてないはずなのだが。


別の日。食事の席でのこと。アレクシスが私の向かいに座っていることはおいておいて、会が進む。


「エレノア様、こちらの料理はお口に合いませんでしたか?」


唐突にそう尋ねられて、私は手を止めた。


「いえ? 普通に美味しいですが」


事実だ。味付けも上品だし、文句のつけようはない。


「ですが、先ほどから三口目で止まっています」


……見てた?

私は一度、自分の皿を見る。確かに、フォークはそこで止まっている。止まってはいるが、それは――


「たまたまです」


間髪入れずに言い切った。


「考え事をしていただけで、深い意味はありません」

「そうですか」


アレクシスは一瞬だけ考えるような素振りを見せてから、穏やかに頷いた。


「では次は、もう少し軽めの品を用意させます」


……用意させるな。

私は内心で叫びつつ、顔には公爵夫人らしい微笑みを貼り付ける。


「お気遣いなく。私は問題ありませんから」

「ですが、無理をされると後に響きます」


どの立場で言っているのだ。


「胃腸の調子は、日々の積み重ねが大切ですから」


知らなかった。アレクシスには栄養士スキルも付属していたらしい。


私はフォークを持ち直し、あえて一口、はっきりと口に運んだ。


「ほら、大丈夫です」


それを確認して、彼はなぜか少し安心したように微笑んだ。

……なぜ、そこで安堵する。


さらに別の日。

庭園を歩いていたとき。


「エレノア様」

「何でしょう」

「その歩幅ですと、少しお疲れでは?」

「いいえ?」

「では、私の歩幅を合わせます」


合わせなくていい。私は内心で叫んでいた。


――この人、

――リリアの友人、だよね?


横でリリアが、不思議そうに首を傾げていた。


「アレクシス様って、お母様のこと、よく見ていらっしゃいますよね」

「そうかしら」

「私より詳しい気がします」


それは気のせいであってほしい。


私は笑顔で誤魔化しながら、必死にフラグ回避を試みた。



正直に言うと、私はずっと思っていた。


(……おかしくない?)


目の前で紅茶を飲むお母様と、向かいに座るアレクシス様。

会話の内容自体は、天気とか、最近の社交界とか、とても普通なのに。


「その紅茶、少し冷めてしまいましたね」


アレクシス様がそう言うと、


「ええ、でも大丈夫よ」


お母様はいつも通り、完璧な微笑みで返す。

……でも。


(距離、近くない?)


私が話そうとすると、


「あ、リリア。今日は刺繍の課題は終わったの?」


お母様が自然に話を振ってくる。


「は、はい」

(今、話題そらされた気がする)


でも。お母様は母親だ。アレクシス様は私のご友人だ。

変なことが起こるはずがない。


「……そっか」


私は小さく呟いて、その違和感を胸の奥にしまい込んだ。

きっと気のせい。きっと、大人同士の気遣い。私はそうやって、自分に言い聞かせた。


そのとき、お母様がこちらを見て、


「リリア、何か悩み事?」


と優しく微笑んだ。


私は慌てて首を振る。


「い、いいえ! 何でもありません」


嘘だ。でも、お母様が必死に“何事もないふり”をしていることだけは、なぜか、分かってしまった。


だから私は、それ以上、何も言わなかった。



「最近、お疲れではありませんか」

「無理はなさらぬよう」


友人の母親に?そこまで?

紅茶の好みを覚えられたときには、さすがに少し混乱した。偶然だ。きっと偶然。私は自分に言い聞かせる。

彼は礼儀正しいだけ。責任感が強いだけ。真面目な攻略対象なだけ。


……そう思いたかった。


ある日、娘に言われた。


「お母様、アレクシス様って――」


言いかけて、リリアは少しだけ言葉を選ぶように視線を泳がせた。


「お母様と話すときだけ、雰囲気が違いません?」


……来た。


私は紅茶のカップを持つ手を止めないように注意しながら、ごく自然を装って答える。


「そうかしら?」


声の調子は平常通り。笑みも、公爵夫人として完璧。気のせいだと思った。思いたかった。


けれど、リリアの言葉をきっかけに、私は無意識に記憶を巻き戻していた。

冷静に観察してみると――

確かに、違う。

リリアと話すときのアレクシスは、爽やかで、少し照れたような、いかにも“仲の良い友人”といった態度だ。


一方、私と話すときはどうだ。


声は低く落ち着いていて、無駄な笑みはなく、視線が、外れない。距離も近い。いや、近すぎる。

私が一歩下がると、彼は何のためらいもなく一歩詰めてくる。偶然、というには回数が多すぎる。


おかしい。そう結論づけた直後だった。何気ない会話の流れで、彼はまっすぐこちらを見て、まるで当然のことのように言った。


「あなたは、私にとって特別な方です」


……待って。


その場の空気が、一瞬だけ止まった気がした。

それ、誰に向けて言ってる?もちろんリリアだよね……

私は母親だ。私は攻略対象じゃない。私は恋愛イベントの外側に立つ、保護者枠の人間だ。

慌てて頭の中で整理する。

リリアの好感度は下がっていない。イベントも崩れていない。選択肢も、分岐も、あの社交会以外は想定通り。

ハッピーエンドへの道筋は、ちゃんと、見えている。


なのに――


なぜ私?


「え、アレクシスってリリアの婚約相手になる予定だよね、なんか私のことを好いてない?」


思考が、完全にプレイヤー目線になった。そんなルート、聞いてない。母親攻略ルートなんて、データにも、攻略サイトにも、存在しないはずだ。というかそもそもリリアが主人公なのに、母親が攻略されるわけがない。


……存在しないよね?


私は今日も、何も気づいていないふりをする。母親として、大人として、この場を乱さないために。リリアを前に出し、自分は一歩引き、余計なフラグが立たないよう、必死に立ち回る。

それなのに。彼の視線は、なぜか、以前よりも迷いなく、私を追ってくる。

これはきっと、バグだ。そうに違いない。


私はただ、リリアのハッピーエンドを守りたいだけなのに。


その夜。私は自室のベッドに横になり、天蓋の内側をぼんやりと見つめていた。


(……今日のアレクシス、何か変だったわよね)


変だった。絶対に変だった。昼間の視線。距離感。タイミング。


(というかそもそもなんで私の好きな色、紅茶の種類などを、把握してるのよ)


思い返すたび、ツッコミどころが増えていく。

私は枕を抱きしめ、小さく寝返りを打った。


(落ち着きなさい、エレノア)


私は母親。私はイベント管理外。私は安全圏。


(たまたまよ。たまたま気遣いが過剰なだけ)


そう。彼は真面目な攻略対象。責任感が強くて、ちょっと距離感を間違えがちなだけ。


(……たぶん)


胸の奥が、ほんの少しだけざわつく。


(だって、リリアの婚約になる予定だもの)


そう言い聞かせて、私は目を閉じた。


(明日は、ちゃんと距離を取ろう)

(話しかけられても、三歩下がる)

(視線が合ったら、話題をリリアに振る)


完璧な対策を頭の中で組み立て、私はようやく眠りに落ちた。

――なお、翌日それが一切通用しないことを、この時の私はまだ知らない。


翌朝。


私は昨夜立てた完璧な対策を胸に、朝食の席に向かった。


(よし。今日は距離を取る)

(三歩下がる。必要以上に話さない)


そう決意した、その瞬間。


「おはようございます、エレノア様」


おい、近い。普通に近い。


気づけば、私の隣の椅子が引かれていた。


「……おはようございます」


一歩下がる。すると。アレクシスも、ごく自然に一歩詰めてくる。


(昨日決めた対策、もう破られてるんだけど?)


「昨夜は、よく眠れましたか」

「え、ええ。普通に」

「それは良かった」


微笑みが穏やかすぎる。

私は視線を逸らし、リリアの方を見る。


「リリア、今日は――」

「エレノア様」


遮られた。


「その席、少し冷えますよ」


そう言って、私の肩にそっとショールをかけてくる。

……触った。普通に。


(なぜ躊躇がないの)


「い、いえ、大丈夫です」

「ですが、昨日も少し咳をされていました」


したっけ。そんなの自分でも自覚していない。


「……気のせいです」

「そうですか」


納得していない顔だ。距離は、さらに近い。私は内心で頭を抱えた。


(この人、昨日立てたフラグ回避策を全部踏み抜いてきてる)


横でリリアが、小さく首を傾げる。


「お母様、アレクシス様って……」

「リリア」


私は被せるように言った。


「先に食べなさい」


完全に話題そらしだ。アレクシスはそれを見て、少しだけ楽しそうに目を細めた。


(楽しむな)


私は笑顔を貼り付けながら、母親として、そして元プレイヤーとして、全力で距離を保とうとした。


その日は、明らかに“イベント日”だった。

庭園での茶会。原作では、アレクシスの好感度が大きく上がる、いわゆる重要イベントである。


そして今、茶会に向かう馬車の中。


揺れる車内で、私は背筋を伸ばし、いつも通りの“公爵夫人の母”を演じている。

隣には、淡い色のドレスに身を包んだリリア。少し緊張しているのか、膝の上で指先を組んだりほどいたりしている。


私は内心で気合を入れていた。すると、不意にリリアがこちらを見上げた。


「……お母様」

「なあに?」


なるべく優しく、いつも通りの声で返す。

少し間があってから、リリアは遠慮がちに口を開いた。


「その……最近思ったんですけど」


来る。嫌な予感が、綺麗に的中する。


「アレクシス様って、お母様と話すときだけ、雰囲気が違いません?」


馬車の揺れが、一瞬止まった気がした。

もちろん、止まっていない。止まったのは、私の心臓のほうだ。


「そうかしら?」


即座に返す。間を空けたら負けだ。


「気のせいじゃない?」


リリアは少しだけ眉を下げる。


「そう……ですか?」


疑っている。完全に疑っている。私は内心で全力の思考を回す。

落ち着け。ここで動揺したらアウト。


「大人同士だからじゃないかしら」


あらかじめ用意していた“無難な回答”を口にする。


「政務の話もあるし、自然と落ち着いた話し方になるのよ」


嘘ではない。内容だけなら、本当に政務だ。


「ふうん……」


リリアは窓の外に視線を向けたまま、小さく相槌を打つ。

その沈黙が、妙に長い。


「……でも」


まだ来る?


「お母様の前だと、あの方、あまり緊張してないように見えて」


胸がきゅっと縮む。


「私の前だと、ちょっと照れてるのに」


やめて。比較しないで。


「それはきっと」


私は一度だけ息を吸ってから、にこやかに言い切った。


「あなたのことが好きだからよ」


リリアが、ぱちりと瞬きをする。


「好きなのよ、緊張して当然だわ」


それを聞いて、リリアはしばらく黙り込んだあと、


「……そっか」


と、どこか納得しきれていない声で頷いた。


私はその一言に、表情を変えないまま、内心で安堵する。


よし。今のところ、踏み込まれていない。


「今日の茶会、大事な場面よ」


話題を切り替える。


「あなたが主役なんだから、自信を持って」

「はい」


リリアはそう答えながらも、まだ少し考え込むような顔をしていた。

私はそれに気づかないふりをして、窓の外へ視線を移す。


――大丈夫。今は、まだ。何も、起きていないはずだ。


そう自分に言い聞かせながら、私は“完璧な母親”の役を崩さないまま、茶会会場へ向かって揺られていた。


私は万全の態勢で臨んだ。リリアを中央に座らせ、私はあくまで付き添い。距離を保ち、会話は控えめ。


――完璧な布陣。


だったはずなのに。なぜか、娘と話しつつも、私に話しかけてくる。天気の話。最近の政務。私個人の考え。絶対におかしい。


途中でリリアが席を外した瞬間、彼は静かに、しかし確信を持った声で言った。


「あなたに、伝えたいことがあります」


来た。来てはいけないイベントが来た。私は内心で全力で叫びながら、表面上は母親としての微笑みを崩さなかった。


「……何でしょうか」


彼は一度、深く息を吸ってから、はっきりと言った。


「私は、あなたに惹かれています」


――はい?


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。惹かれている。誰が?私に?

私は母親だ。私は攻略対象じゃない。私はイベント管理側だ。


「お待ちください」


思わず制止した。


「あなたは、あの子のご友人です」


正論だ。すると彼は、少しだけ困ったように笑った。


「だからこそ、悩みました。リリア様も素晴らしい方です。」


悩むな。一切悩むところはない。リリアに惹かれてくれ。


「ですが、あなたがリリアを守る姿を見て、自分の感情に気づいてしまったのです」


やめて。それは惚れる理由として、一番まずいやつ。このくだりは何度も恋愛ゲームで見てきた。好感度100%でおこる、「自分の感情に気づいてしまったのです」だ。


私は必死に頭を回した。この告白は、イベントじゃない。完全な、バグだ。


「……お気持ちは、ありがたいですが」


私は母親として、そして元プレイヤーとして、最大限冷静に答えた。


「私は、あなたのお気持ちにこたえられるような立場ではございません。」


これは正しい、ゲームとしても、いやゲーム以前に娘の婚約相手候補を奪うなんてあってはいけない。彼は、少し寂しそうに目を伏せ、それでも静かに頷いた。


「分かっています」


分かってるならやるな。その後、何事もなかったかのようにリリアが戻り、茶会は無事に終わった。

リリアの好感度は上がった。イベントも成功。ハッピーエンドへの道筋は、ちゃんと残っている。

……残っている、はずだ。


私は今日も、何も気づいていないふりをして、母親として完璧な立ち回りを続けている。

リリアを前に出し、自分は一歩引き、余計なフラグが立たないよう必死に調整しながら。


念のため、アレクシス以外の攻略対象とも積極的に会話し、笑顔を向け、「ほら、あなたのヒロインはここですよ」と全力で誘導している。

母親にできる範囲での、最大限のシステム修正だ。

それでも。


彼の視線、アレクシスの視線だけは、なぜか以前よりも柔らかく、逃げ場を失わせるように、私を追ってくる。


――おかしい。


これはきっと、バグだ。そうに違いない。

この世界が、よりにもよって私にまで恋愛イベントを用意しているなんて、そんなはずはない。

私はそう信じながら、今日も公爵夫人として、母として、完璧な微笑みを浮かべ続けている。


ハッピーエンドの行き先が、どうか、ちゃんと娘のものでありますように――


そう祈りながら。


……ただひとつ、この世界のシステムが祈りを聞いてくれる仕様かどうかだけが、少しだけ、不安だった。

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