第2話

「父上! お兄様が帰ってきたって、本当ですか!!!!」


 薄暗闇に包まれた部屋で甲高い声が木霊する。月明かりに照らされるその姿はとても清廉でありながら、確固たる強い意志を秘めている。全身から立ち昇る霊気は一切の浮上を寄せ付けず、その存在を許さない。


 正しく、対妖魔に特化した人間だ。


「五年前に家を出て行ってずっと連絡も取れず、消息も絶っていたのに……ふふ、ふふふ、ふふふっ! 漸く会えるのですね!!!!」


 そんな彼女は年相応の少女のように地に足がついていなかった。普段の冷静沈着な姿など何処にもない。


「少し落ち着け、雅火みやび

「黙れ、ヒゲ親父」

「急に口悪くない?」


 実の娘に罵倒され、思わず荘厳な口調と表情を崩す男。彼女の前に座る、着流しを纏う壮年の彼はかがり紅焔こうえん


 篝一族の当主にして、最強の炎の精霊術師。彼の操る炎は炎すらも焼くと言われるほどの高温でありながら、焼き払う対象を選択するだけの技量まで持ち合わせている。


 潜在能力では雅火の方が上だが、現時点では彼に手も足も出ないだろう。


 しかし、今は術者としての立場を持ち込んでいない、ただの親子。多少の言葉遣いくらいは紅焔も大目に見るつもりだった。


「貴方がお兄様を追放していなければ、私がこうも毎日枕を涙で濡らす日々を送らずに済んだのですよ。あんなクソ女の戯言とゲロカス野郎共に騙されなかったら、今頃私のことを可愛がってくださっていたのに」


 しかし、流石に言葉が過ぎている。紅焔は娘への愛情を一時的に包み隠し、厳しく指摘した。


「口を慎め。実の母親と同胞達を何だと思っておる」

「え、有象無象」

「予想以上に酷い回答が返ってきたな……」


 自分の娘だが、あまりにも唯我独尊に育ってしまったと頭を抱える紅焔。その人格に見合うだけの実力を伴っているのが何よりタチが悪い。


 最強の炎の精霊術師の血を引く、篝一族次期当主。紅蓮の炎を使えた紅焔の実の娘。


 彼以来、色付きの炎は日の目を見ていない。しかし、次にその炎を発現する可能性があるとするならば、間違いなく雅火だろう。


 だからこそ、兎に角力をつけさせた。と同時に一人娘だということもあって、甘やかした。それはそれは大層可愛がり、好きなものは何でも買い与え、やりたいことは何でもやらせた。


 その結果がこれ。彼は自らが積み上げてきた黒歴史を突きつけられ、天を仰ぐ。


「私のお兄様を傷つける奴はたとえ肉親であれ敵です。あんなクソ女共、くたばればいい」


 このまま喋らせ続ければ篝一族次期当主としての品格どころか、彼女自身の品格さえも保てなくなりそうだった。


 紅焔は心を鬼にし、一喝する。


「雅火」


 静謐な声だったが、たったその一言だけ実力差は顕せた。言葉には己の意思を乗せることが出来る。心に響く言葉というのはそういう意思を相手に届ける力を持つ者が行使できる一種の才能だ。


 精霊術師はその才能が突き抜けている。己の意思一つで精霊を従わせる。それが彼らが持つ最も強い力。


 紅焔は精霊術師だが、精霊がなくとも術者として突出した力を持つ。言葉に己の意思を乗せ放ち、対象の存在を固定する。そういう言霊が撃てる。


 雅火は紅焔の言霊により、口を閉じさせられ、姿勢を正す。悔しいという感情すら湧かないほどの、最初から勝ちの目などない圧倒的敗北だった。


「お前の気持ちは分かる。彼女と、彼らのせいで青嵐を追放することになった。全て私の責任だ。本当にすまない」

「父上……」


 紅焔が深々と頭を下げたことで、雅火はその顔を悲痛に歪ませる。彼女も別に彼のことを嫌っているわけもなければ、青嵐が家を追放される羽目になったのが彼の責任だとも思っていない。


 力がない人間が力が全ての家に生まれたのが悪い。それは分かっていた、分かりきっていることだ。


 ただもう少し何か他の方法はなかったのか、もっと何か出来ることはなかったのかと雅火は自らの未熟さを悔いていたのだ。


「私の方こそ、出過ぎた真似でした。篝一族当主である父上に頭を下げさせるなど言語道断。申し訳ございません」


 紅焔は彼女の殊勝な態度を見、内心で胸を撫で下ろす。傲慢ではあっても、高慢ではない。自らの力を知り、自らの過ちを正せる。


(……少しヤンチャに育ったが、それでもいい子に育ってくれたものだ)


 紅焔は我が子の成長を喜ぶ。思わず涙が込み上げそうになったが、必死に堪える。紅焔が感涙しかけていると、雅火は凛とした佇まいのまま言い放った。双眸に光がなく、流石の紅焔も仰け反りかけた。


「ところでお兄様は今どちらに?」

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