10代女性・小学生
美味しかった。
とっても、美味しかったです。本当に。絵本で見たみたいな、想像通りの、いや、想像よりずっと美味しいクロワッサンを食べました。
色も、形も、匂いも、全部完璧で、今でも思い出してよだれが出ちゃうくらい。
本当においしすぎて、誰かに言いたかったんだけど、誰にも言えないから。
すごかったんですよ、本当に。
ああ、買ったんじゃあないですよ。
ええー?作れませんよ、クロワッサンなんて。難しそうですもん。
あ、でも、作ったが一番近いかも。
そのクロワッサンね。私の友達なんです。殺したから、食べられたんです。
ずっと食べたくて仕方なくって、何とか殺せないか計画してたんです。
友達と話すたびに、いろいろ考えて、我慢してたんですよ。
それでね、一昨日、初めて実行したんです。昨日は警察の人とかが話しに来て、すごいドキドキしました。
でも、やってよかった!
殺そうと思ったのは、その日にプール遊びができるのは私を含めて5人で、他の利用客がいなかったから。いい人数ですよね。多すぎず、少なすぎずって感じで。
チャンスを逃さないように、いつもプールバックの中のタオルにこっそり家の包丁を入れて行っていました。だから、いつでも準備はできていて、あとはタイミング次第って感じだったんです。
プールのときに殺そうと思ったのは、1つはみんな無防備になるから。水着なんて裸みたいなものですし、攻撃しやすそうかなって。
2つ目は返り血ですね。血で汚れても良い服ってあんまりないし、処分に困るじゃないですか。だから、水着の方が処理が楽そうだと思いました。もし捨てなきゃいけないことになっても、予備は買ってありましたしね。
ずっと考えていたから、計画自体は困りませんでした。
予定通り、一番先に女子更衣室に帰って包丁をタオルごと回収して、男子更衣室に忍び込んで隠れました。
いつも真っ先にプールから上がっていく男子がいるので、その子を先に殺そうと思いました。
拍子抜けするほど簡単に彼は死にました。幸運だったのか、包丁は骨にぶつかることなく、腹に突き刺さりました。一応何回か刺しておきましたが、最初から声も出せていなかったことを考えれば、もうとっくに死んでいたのでしょうね。
いつも元気で騒がしい彼が、こんなに静かなところは初めて見たかもしれないと思いました。
問題はこの後です。次に帰ってきた男子を待ち構えるためにドアの陰に再び隠れたのですが、部屋に入りきる前に叫ばれてしまって。
本当は叫ばれる前に殺すつもりだったんです。あまり皆に気づかれては困りますから。
でも、叫んだあと助けを呼ばれなくてよかった。そんなことされてたらすぐに多勢に無勢で捕まっていたでしょうから。
彼は死体に駆け寄って、傷口を確認しているようでした。本当に死んでいるか確かめていたのかもしれませんね。
だから、後ろからそっと近づいて首を切りました。
2人が重なるように倒れた後、私は急いで廊下を覗きました。女子更衣室にもしも2人が戻ってきていたのなら、こちらの様子を見に来るに違いないと思ったからです。
運良く廊下には誰もいませんでした。きっと、どうするか迷っていたんじゃないでしょうか。
でも、いつ来るかは分からないので、部屋の隅に投げ捨てたタオルだけ回収して、トイレに隠れることにしました。
しばらくして、抑えようとして失敗したのだろう悲鳴と、物音が聞こえました。死体を見つけたに違いないと思いました。
包丁はトイレの窓から近くの茂みに投げ込みました。これ以上は隠して持ち歩けません。
私は持っていたタオルを巻き、肩から下が隠れるようにしてから女子2人に合流しました。
もちろん。トイレの鏡で血が見えないか確認して、見える部分に飛び散ったわずかな血は拭いてから行きました。
2人はちょうど男子更衣室から出ようとしたところだったようで、ひどく狼狽して、疲れているような雰囲気でした。
どうしたの?って声をかけて、そのまま男子更衣室に入り、死体に駆け寄りました。
もしも血でタオルや体が汚れていることがばれても、言い訳をしてその場を逃れることができるようにした行動でした。
もちろん、激しく動揺しながら駆け寄りましたよ。見るのは2回目だったのでそこまで激しいショックは受けていませんでしたが、それでもその動揺は嘘ではありませんでした。
何だか、本当に私がやってしまったというのを実感させられたというか…。その、行動を起こしている間は無我夢中だったし、必死だったから分からなかったんだと思います。
すごく悪いことをしてしまったという不安とか、後悔とか、焦りみたいなものがぶわっと溢れてきて。
だから、2人には私の犯行だとばれていなかったと思います。
そんな私を見て、2人は監視員さんのところに行こうと提案してきました。
正直、それはしてほしくありませんでした。さすがに大人の男の人に勝てる自信はありませんし、すぐに警察を呼ばれてしまうかもしれないと思ったからです。
でも、ここで嫌がる方がよっぽど怪しいでしょう。しかたなく、一緒に監視員さんのところまで行って、男子更衣室のことを知らせに行きました。
監視員さんはその話を聞いてとても驚いた顔をしていました。
少し疑う気持ちがあったのか、それとも動揺していたのかもしれませんが、本当に?と言いながら早歩きくらいで私たちと男子更衣室まで向かいました。
そして、開けっぱなしだったドアの向こう、2人の死体を確認しました。
監視員さんがいったい誰がこんなことを…と言ったとき、他の2人もようやく彼らを殺した犯人がまだいる可能性に気づいたようで、身体を少し寄せ合い始めました。
監視員さんは気になるものがあるようで、しばらく視線を動かしていないことに気がつきました。
見ていたのは死体ではありません。視線の先を辿ると、男子更衣室の隅にある、掃除用具を入れるための縦長のロッカーを見ていることが分かりました。
それが気になって私もそのロッカーをよく見てみると、無数のひっかき傷があることに気がつきました。
女子更衣室にも同じようなロッカーがあります。年季が入っていて、細かいひっかき傷や汚れはありますが、そのロッカーのような大きな爪でひっかいたような大きな傷はありませんでした。それに、ロッカーの上から下までまんべんなく傷だらけだなんて、普通ではありえないことであると思いました。
そのとき、私は直感しました。天啓とはもしかしたらあのようなものなのかもしれません。
あのロッカーの中に、私を助けてくれる存在がいる。
そうと分かったら、行かないわけにはいきません。
武器もなく、人数も不利な今、私にはどうしようもない焦りがあったのです。
ドアの前をふさぐように立っていた監視員さんの間を無理やり抜けて、ロッカーに向けて走り出しました。
私以外は誰も動いていませんでした。きっと突然変なことをしだしたから、あっけにとられていたのでしょう。私にとっては好都合でした。
傷だらけになったロッカーの取っ手をつかみ、思いきり引っ張りました。
やはり、普通のロッカーではありませんでした。建付けが悪い、では説明がつかないほど扉は重く、それでもゆっくりと開いていきます。
私が必死に開けている間に、他の3人も近くまで来ていました。
そして、ロッカーの扉を抑えたり、ロッカーから私を引きはがそうと私の胴にしがみついたりしています。
ロッカーの中から、何かが出ようとしていることに気づいたのでしょう。私がそれを出そうとしていることにも。
内側からひっかくような音や、呼吸音が聞こえてきます。
必死に取っ手を引っ張りましたが、彼らと拮抗状態になってしまったようです。
このままではいつか体力が尽きて私が先に負けるのが目に見えています。なんとか状況を変えなければいけないと思い、私がちらりと自分の胴にしがみつく子に目を向けたときです。
ロッカーが少し開いた気がしました。
思わず再び扉のすきまに目を向けますが、またも拮抗状態になってしまいます。
私は、思い切り目をそらして引っ張り続けてみることにしました。
扉がゆっくりと開き始めます。監視員さんが抑えていたはずですが、たいして抵抗は感じませんでした。
監視員さんが、ロッカーの中に引きずりこまれました。
私の視界から、ほとんど一瞬と言っても良かったと思います。そのくらいのスピードでロッカーの中に消えていきました。
白くて、長くて、細い手が、片手で簡単に大人の男1人を連れ去っていったのです。
最初に短い悲鳴が聞こえて、その後もう声は聞こえませんでした。
私の胴にしがみついていた女子の1人が、声を荒げます。
混乱と、疑問と、怒りが混ざったような顔で、この惨状の元凶である私に恨み言を吐き出しました。
私は襲われないだろうと感じていたので落ち着いていましたが、彼女たちにとっては絶望的な状況です。パニックになるのも仕方なかったでしょう。
私は、あのロッカーの中にいる化け物の邪魔になってはいけないと思って、男子更衣室から出ていくことにしました。
私がいては、暴れにくいでしょう?
でも、女子2人に止められてしまいました。どちらも私の体にしがみついてきて、重くて動けなくなってしまいました。
1人はすでに足に大怪我を負っていて、もううまく歩けないようでした。
困っていると、肘のあたりが少し痛くなりました。私もけがをしたのかもしれないと思ったとき、2人が突然叫び声を上げ始めます。
身体のコントロールがきかなくなったみたいに床に倒れこんでもがき始めるのを見て、チャンスだと思いました。
男子更衣室から出た後は、ドアを閉めて、ただじっと待つだけでした。
中の物音が聞こえなくなったころ、慎重にドアを開けて中を見てみました。
予想通り、更衣室の中はもぬけの殻になっていました。あの化け物も帰ったのかもういません。
そして、中央付近に美味しそうなクロワッサンが5つ落ちています。
それこそが私が待ち望んだクロワッサン。私がここまでした最大の理由にして報酬です。
あれを目の前にしたときの感動は今でも忘れられません!
広がるバターの香りも、茶色くてかてかと輝く色味もなにかもが、誰もが理想とするクロワッサンそのものでした。
あんなに食欲を感じたのは、あの時が初めてかもしれません。
気づいたときにはもう、そのクロワッサンを口に運ぼうとしていました。
私を止める人はいません。そのまま1つ、2つと食べすすめ、あっという間に完食してしまいました。
私はあの味を説明する方法を知りません。
ただ、あれ以上のクロワッサンきっともう食べられないと断言できます。
そのときたしかに、私にはもう一度殺人を犯そうかという迷いが生まれました。
悪いことだし、とても疲れる。
それでも、その先にこんな報酬があるなら、と思ってしまったのです。
満腹感と疲労を感じ、私は家に帰りたくなりました。
きっともう家に帰らなければいけない時間です。
庭の花に水もやらないといけません。
だから、トイレで窓から投げ捨てた包丁は回収して、来た時と同じ荷物を持ち帰りました。
血で汚れてしまったものは、家に帰る前に焼却炉で燃やして処分してしまいました。
家に帰った後、庭ではおばあちゃんが草むしりをしていました。
庭の花はもともとおばあちゃんが育てていて、私もお手伝いしてるんですよ。
それで、おばあちゃんとしばらくおしゃべりしました。
おばあちゃん、最近虫がすごいって言うんですよ。
特に花を食べたり、刺したりしないから無害ではあるらしいですけど、なんていう虫なのか分からないんですって。
黒い羽虫なんですけど、知っているやつとは何か違う気がするらしくて。
おばあちゃんの話を聞いている間、ずっと肘がひりひりしてました。ちょっと腫れちゃったみたいです。
これ全部、後々事情聴取に来た警察の人にも話したんですけど、全然信じてもらえませんでした。
まあ、どうせ信じてもらえないと思って全部話したから、別にいいんですけど。
…きっと、私もいつかあの化け物みたいになる。このままでは、きっと。そうに違いありません。
あの化け物は未来の私だったんです。だからあの時、助けてくれたんだと思います。
私は、当然あんな化け物になりたくなんてありません。
でも、それでも、美味しいご飯が食べたいのです。あと1回だけでも。
アシさんは信じますか?この話。
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