20代男性・大学院生


 最近の話なんですけど、ちょっと変わったバイトをやったんです。

 あっ、もう辞めちゃったんですけど。やってたの3カ月間くらいかな。

 寺の鐘を決まった1日1回鳴らすっていう。

 もともと友達がやろうとしてたバイトだったんですよ。けど、そいつがわけ分からん面接で落とされたっていうんで、俺もやってみようかなって思って話を聞いたんです。


 でも、話を聞いても近所の寺でのバイトってことしか分かりませんでした。その時点では業務内容も時間も一切不明。そんな怪しいバイトにのっかるなって話ですけど、知ってる寺だったし、正直興味は湧きますよね。


 だからまず、そんなの寺に全然関係ないやつがやっていいもんなのかって聞いたんですけど、応募資格とかも特にないらしくて、雑用とかならまあ、そういうもんなのかなって。


 なんでも、寺に偶然参拝しようと思って寄ったらそのバイトの張り紙が貼ってあったみたいです。

 だから、俺が行ったときにまだその張り紙があったら面接を受けてみようと思って、行ってみることにしました。


 その寺には、結構朝早くから向かいました。辺鄙っていうか、山の上で、初めて行く場所だったし時間に余裕をもって行きたいなと思ったんです。

 近所の寺ってあんまり行かないですよね。初詣とかもっと遠くの有名な所に行っちゃうし、熱心なやつじゃないとそんな頻繁にお参りとかしないだろうし。

 獣道じゃなかっただけ良かったと安心しました。多分バイクとかでも行けるようになっていて、僕は歩きで行きましたけどちゃんとした道になっていました。


 たどり着いた寺には、出入り口で分かりやすくお坊さんが掃除をしていました。

 お坊さんは山で修業をしているからか、結構ガタイの良い人でした。ちょっとビビりましたけど、顔は穏やかな感じで、とっつきにくい人ではありませんでした。

 挨拶をして、ちょうどいいやと思ってバイトについて聞きました。そしたら、まだ募集中だって言うんで、面接を受けたいと思っていると言ってみたんです。


 それなら今からしましょうか?と言ってもらえて、驚きましたけど、そのまま面接が始まることになりました。

 お坊さんとはここまで大変でしたかって軽いアイスブレイクみたいな会話をしながら、中まで案内してもらいました。中に入って分かりましたが、結構規模の小さい寺で、手水舎から参拝できるご本尊?って言うんでしたっけ。それがあるところまで大した距離もないような場所でした。


 ただ、そのご本尊がある建物の脇に狭い道と石の階段があって、そこからさらに登れるようになっていました。お坊さんは慣れたようにそちらに一直線に向かっていきます。

 迷いようもないけど、置いていかれたくなくてお坊さんの後を無心でついていきました。そうして歩いて10分くらい、もうちょっと歩いたかな、それくらいで道が開けてきて、古い建物が見えました。

 もう少し近づくと、あの、除夜の鐘みたいなものがある場所であることが分かりました。


 それで、お坊さんも鐘のある部分まで登れる階段で止まったから、これから業務説明かーと思って俺も止まったんです。

 そしたら、では、失礼しますとか言って帰ろうとするんですよ。そのお坊さん。

 止めましたよね、そりゃあ。何の説明も受けてませんよ!って。

 そしたら、鐘のそばまで行って、私が迎えに来るまで待っていてくださいとだけ言って、またすぐ帰ろうとするんですよ。


 これはたしかに変な面接だ、と思いました。

 でも、折角来たしとりあえず鐘の所まで行こうと思って階段を上がりました。

 上がってすぐ左に、お地蔵さんみたいな像がいることに気がつきました。

 下からだとちょうど見えない位置に置いてあったんです。


 あーでも、イメージにあるお地蔵さんとはちょっと違ったかも。何か怖い顔してるっていうか、不機嫌そう?わかんないけど、お地蔵さんって穏やかな顔してるもんなんじゃないんですか?あと、結構シンプルだったな。装飾とかなくて、剥き出しみたいな感じ。


 こういうのって普通、参拝客に見えるようにもっと見通しの良い場所に置いた方がいいんじゃないの?と思ったんですけど、もしかしたら一般客は基本的に入らない場所だったのかな。


 それで、何もやることないし、何すればいいか分からないのでその場で座り込みました。床は木材で、屋根もあるし、空気はきれいで居心地は良かったな。たまに吹き抜ける風が気持ちよかったし。

 像の隣に置いてあるアナログ時計の秒針が少しずつ動いていくのを、柱に寄りかかって座って見ていました。


 そしたら、その像が話しかけてきたんですよ。いや、ホントに。

 正直俺も熱中症とか疑いましたけど、絶対に話しかけられたんです。

 それで、像が頼みごとをしてきたんです。一日に一回、この鐘を鳴らしてほしいって。


 それで、詳しく話を聞いたら、1日に1回、どのタイミングでもいいから鐘を1度だけ鳴らしてほしいらしくて。

 何で?と思ったけど、俺はここで察しました。これが今回の仕事内容なんだって。だから、像に約束してほしいって言われて、了承することにしました。

 楽な話です。1日1回、いつでもいいんですよ?


 それで、試しに1回鳴らしてみることにしました。でかい木の棒を紐で引っ張って、鐘に打ち付けることで鳴らす、という典型的な除夜の鐘でした。でも、思ったより力は必要ありませんでした。除夜の鐘よりちょっと音が高い気もしましたけど、鐘の種類とかはいまいちよく分かりません。

 でも、とりあえずこれで今日の分は達成ってことです。


 その音を聞いて来たのか、ここまで来る時に案内してくれたお坊さんが迎えに来ました。

 明日からもよろしくお願いします。と言われて、来た時と同じように帰りました。

 別れ際に報酬も現金で渡されて、まだ暗くならないうちに帰りました。

 きっとこれで面接に受かったということなのでしょう。


 そこからは毎日、約束を守るために鐘を鳴らしに行きました。

 寺自体は何時でも入れるので、行く時間はまちまちでした。

 バイトの最終日になった日は、夜に行きました。と言っても、21時くらいかな。夕飯食べてちょっと休んでから向かったから。


 それでいつも通り鐘の前に立って、像の隣の時計を見ました。まだ今日が終わるまで余裕があって、ちょっと安心しました。

 その日は来るまでに参拝客もお坊さんも誰も見なかったので、なんかちょっと不安だったんです。

 いつもは誰かしらいるんですけどね。いつもよりちょっと時間が遅かったからかな。


 そんなことを考えながらぼうっと時計を見てたら、秒針が何か変な気がして。薄明りしかなくてよく見えなかったんで、近寄って見てみたんです。

 そしたら、秒針がどんどん加速していきました。それにつられて分針も、時針も普通見ないようなスピードで回って、あっという間に12にすべての針がピタリと止まりました。俺は呆けてそれを見ていることしかできませんでした。


 今まで、最初の1度以降話さなかった像から、約束を破ったなという声が聞こえました。

 低い、怒りを滲ませた声でした。

 しばらく呆然とした後、じわじわと焦りが湧いてきました。

 1日1回がこの時計に基づいたものだとすると、鐘を鳴らすのは間に合わなかったということです。

 でも、そうじゃない可能性もある。そもそも、この時計は壊れてしまったのだから、お坊さんに説明すれば分かってもらえるはずだ。そう思って、気を取り直して鐘を鳴らすことにしました。


 鐘を鳴らして階段を降りようと振り返ると、お坊さんが何人も来ました。

 一番先頭にいるのは後続の人と比べても頭2つ分も小さい老人です。

 それでも、暗闇の中からザッザッと足音を揃えて大人数を従えて来る姿には威圧感を感じずにはいられませんでした。

 思わず固まった体の後ろから夜明けを告げるように光が差し込んで、俺の影がくっきりと彼らに向かっていくのが見えました。

 それが、俺が覚えている最後の記憶です。


 目覚めると、自宅のベッドの上でした。

 寝た記憶もないのに起きるなんて初めてで何だか変な気分でしたが、昨夜のことを思い出してそれどころじゃなくなりました。

 ベッドの上で混乱したままぼうっとしてたら、母がちょうど様子を見に来たところだったみたいで。俺はすぐに何があったか聞きました。聞きたいのは向こうも同じだったみたいですが、俺があまりに切羽詰まっていたからでしょうね。何があったか話してくれました。


 俺は山のふもとで寝てたみたいです。それを早朝の散歩をしていた近所の人が見つけてくれて、急いで119番通報をしてくれたらしいです。

 それで病院では無事だと診断されて、両親が引き取ったらしいです。


 それ以降、あの寺には行っていません。

 もちろん、バイトも辞めました。

 あれ以降特に変わったこともないし、別に気にしちゃいないんですけどね。

 強いて言うなら、最近、ちょっと運が悪い気がして、へますることが増えたっていうか。

 食堂に行ったら時間を勘違いしていたのかもう閉まってたり、ちゃんと間に合うように家を出たのに友達との集合時間に遅れたり。約束を破ったから罰が当たってるんですかね。嫌だなー。


 まあ、そういうわけで行くのも気まずいじゃないですか。

 でも、よっぽど運が悪くなってきたら謝りにもう一回だけ行こうかな…。

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