20代女性・保育士
あれは、梅雨が明けてじわりと夏の暑さを感じ始めた頃、中学生の夏休み初日のことです。
私は校舎の3階にある美術室で、1人で絵を描いていました。美術室はもちろん冷房をつけていましたが、それでもまだ少し暑さを感じる効き具合でした。
夏休みが終わるまでには完成させたい作品があったので、休みの日でも学校に通っていたのです。美術部は活動をしたい人は必要ならお弁当を持ってきて、好きな時間から始めてよいことになっていました。
他の部活にもそれぞれ事情があるのでしょう。学校は学生たちがそこら中で部活動に熱中していて、夏休み前と変わらないにぎやかさがありました。
美術部も私の他に何人か来ていました。私を含めて6人はいたと思います。でも、みんな絵を描くための資料を集めようと、コンピューター室やグラウンド、そういった美術室の外へ出ていきました。
私はすでに絵の参考にしたい資料は持っていましたから、すぐ作業に取り掛かることにしました。美術部の顧問も学校には来ていたのですが、職員室に鍵をもらいに入ったときにすれ違って挨拶をしたきり、どこかへ行ったまま美術室には来ていません。
だから、美術室には私1人だけです。
最初は少しつまらなく感じました。普段は美術部員と話しながら描いたりすることが多かったので、部室がひどく静まりかえっているような気がしたからです。
ですが、グラウンドの方から聞こえる野球部の訳の分からない掛け声や、笛の音を聞いていたら退屈しないですみました。少しグラウンド側の窓の外をのぞけば、運動部や先生たちが走り回っているのが見えます。
そうして外の音に耳を傾け、たまに窓から覗いてみたりしながら絵を描いていました。
すると、駐車場の方から子供がはしゃぐような声が聞こえました。ちょうど昼の12時になる数分前くらいだったと思います。
この学校の生徒ではありません。もっと幼い、きっと小学生の低学年よりは年下であろう甲高い声です。珍しいとは思いましたが、今は夏休みです。きっとどんな子どもだって休みで暇をしているに違いありません。
だから、だれかの弟か妹が親と一緒に迎えに来たのかもしれないと思いました。
駐車場が見える窓から外を見るには廊下にでなければいけません。暑いことが予想されたので行くのはよそうと思いましたが、好奇心に負け少しだけ行くことにしました。
そして私は、蒸し暑い廊下に出て、向こうから見られても不自然に見られないようさりげなく駐車場を覗きました。
そこには誰もいませんでした。車もほとんどありません。駐車場から聞こえたと思ったのは私の勘違いで、もしかしたらグラウンドの方だったかもしれないと思いグラウンドも見ましたが、やはり子供の姿はありませんでした。
子どもが好きな私は、見逃してしまったかもしれないことに少しがっかりしました。ただ、それと同時に子どもの声は一体どこから聞こえたのか不思議に思いました。
まあ、その声の主が外に出たのが一瞬で、すぐ車に乗って出ていった可能性もありますし、運動部の誰かがふざけて出した声の可能性もあります。考えても分からないことだし、たいしたことでもないので気にせず作業を進めることにしました。
そうこうするうちに他の部員も部室に戻ってきて、みんなと話しているうちにこのことはすっかり頭から抜け落ちていました。
でも、思えばその日からです。
私は楽しそうに笑う子どもの声をよく聞くようになりました。
それだけならよかったのですが、声が聞こえる頻度はどんどん増えていきました。
最初は1週間に一度、出かけたときに聞こえたり、ぼんやり椅子に座っているときに聞こえたりしているくらいでした。それが徐々に増えてきて、始めておかしいと思ったのは、家でイヤホンをして音楽を聴いていたときです。
子どもがこらえきれないように笑う声が聞こえました。んふふ、みたいな声です。
よく聴く音楽でしたが、今までそんな音声が入っていることに気づいていませんでした。驚いて何回か巻き戻しましたがそんな声は聞こえません。コメント欄を見ても私と似たような現象が起きた人はいないようでした。
でも、外にいる子どもがどれほど大声でも、そんな抑えたような笑い声が聞こえるはずないんです。
それに気づいたのがいけなかったのかもしれません。それ以降、子どもの声はどんどん頻度を増していき、何をしていても笑い声が耳に届くようになりました。
それでも、私はあくまで前向きでいようと努めていたのです。
もしかしたら、聞こえ始めたときのように、ふとした拍子に聞こえなくなるかもしれないでしょう。
でも、そう思ってはみたものの、不安はなかなか消えてくれませんでした。何回か友達や親に相談しましたが、大抵は冗談として終わりました。ただ、その中でお祓いという話が出てきたのです。
なるほど、そういう手もあるのかと思いましたが、実際に行く気にはなれませんでした。子供の声が聞こえる気がするというだけでわざわざ神社まで足を運ぶのも、どこか気が引けてしまったのです。
その日、私は足を捻りました。
学校から帰るときのことです。私は友達と一緒に自転車で家まで帰っていました。
外はもう夏真っ盛りで、少し動いただけでも汗が止まらないほどです。そして、蝉の声の代わりとでも言わんばかりに、子供の笑い声が聞こえていました。
もうほとんど毎日聞こえるようになったその声を、もはやいちいち気にする余裕はなくなっていました。
帰るまでの間にいくつか横断歩道を渡る必要があるのですが、そのほとんどが信号機のない横断歩道でした。しかも、夏場は木や草が青々と茂り、曲がり角から向かってくる車を視認するのを邪魔します。だから、いつも注意を払って横断歩道を渡っていました。
その日も、いつも通り左右を確認し、横断歩道を渡り始めようとしました。しかし、漕ぎ出そうとしたら少し後ろに引っ張られた感覚があって、驚いてよろけてしまいました。そのままバランスを崩し、足を変な風に地面についてしまったようです。
そうして傾いた私の目と鼻の先を、大きいトラックが通っていきました。
聞こえてくる子供の声にかき消され、曲がり角から車がくる音に気づけなかったのです。
遠くから聞こえるようだった子供の声が、いまや騒音をかき消すほど私の意識を奪うようになっていたことに、その時初めて気が付きました。
どうやら一緒にいた友達が咄嗟に自転車の荷台を引っ張ってくれたおかげで、車に轢かれずに済んだようです。友達は謝っていましたが、それがなかったらそのまま車に轢かれていたと思うと、感謝しかありません。
その後、心配そうな顔で何かを聞かれて、私は曖昧に笑うことしかできませんでした。
そのとき、さっきまで笑っていた子供の声は泣き声に変わっていたからです。
激しい泣き声はこれまでとは比べ物にならないほどの声量でした。その声にかき消され、友達が何を喋っているのか、表情と途切れ途切れの音声から推測するしかなかったほどです。
一生懸命話を聞こうと集中している間に、じわじわと足の違和感が痛みに変わっていきます。
焦りましたが、幸い家までもうすぐだったので、友達とゆっくり帰ることになりました。家に帰りしばらく安静にするとその泣き声はやみました。でも、それまではずっと気が滅入るような時間でした。
このことをきっかけに、私はこの子供の声に真剣に向き合うことにしました。
まず、母に相談して病院に行くことにしました。原因は分かりませんでしたが、とりあえず薬をもらうことはできました。
ただ、しばらく服用して手ごたえを感じなかった私は、別の手段も試すべきだと思いました。
そして思い出したのが、事故が起きた日にしたある友達との会話です。私はすぐ近くにある神社に行ってみようと思いました。もはや藁にもすがる思いです。
とはいえ、神社に行って何をすればいいのかはよく分からないので、とりあえずお賽銭をしてお願いしてみようと考えていました。
足が完全に治ったことを確認できた日、一人で神社に行きました。子供の声は多分聞こえていなかったと思います。
厳しい日差しを帽子で受けながら、神社への道を歩いていきました。
そうして、目前に赤い鳥居が見えたときです。
子どもはまた泣き始めました。
足を捻ったときとは違い、もっとたくさんの子どもが泣いているかのように感じました。耳というより頭にわんわん響くみたいに、身体から振り絞るような泣き声をあげています。暑さにしたたる汗は、もう別の種類の汗になっていることをうっすらと感じました。
声があまりにも五月蠅くて、本当に、鳥居に近づけば近づくほど、どんどん声が大きくなって、私は立ち止まってしまいました。
これ以上進んだら頭がおかしくなってしまうと、そう思わせるような泣き声でした。
もう鳥居を見ることすら辛くなってしまって、俯いてじりじりと移動するのがやっとの状態です。
それで、結局その日は神社に入ることは諦めました。
あのまま鳥居をくぐっていたら、もう取り返しのつかないことになるんじゃないかと怖くなってしまったのです。
あの日から今までずっと、子どもの笑い声が聞こえています。
私は、保育士になることにしました。
保育士なら、いつ子どもの笑い声が聞こえていても不自然じゃないでしょう。
私の子どもの笑い声を、別の子どもの中に隠そうと思ったのです。木を隠すなら森の中というわけですね。
ええ、子どもはあの頃から変わらず好きですよ。かわいいと思っています。
だから、自分の中にいる子どものことも嫌いになれないまま、あれ以来特に対策もしていません。
あの日、私が部室で聞いたあの笑い声は、誰の子どもの声だったのでしょうか。こんなに笑って、泣いているのに、存在しないとは思えなくて。だから、きっと誰かの子どもだと思うんです。私の頭の中から出られないせいで成長できず、ずっと子供のままなんじゃないかって。
ずっと聞いていて気がついたのですが、聞こえてくる声には種類があるようなのです。笑い方の癖や、声の高さが違う時があって、多分子どもは一人じゃないのだと思います。聞き分けられるようになったのか、増えてきているのかは分かりませんが。
前まではこの子供の声に悩まされていると思っていたのに、今では聞こえなくなる日が来ることの方が怖い気がします。私の中で何人もの子供が死んだかのような気がしてしまいそうで。
あなたはどう思いますか?
...失礼、今、何か言っていましたか。
変な質問でしたね。すいません、どうか忘れてください。
子どもは元気が一番ですからね。
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