転轍機
未完成のクラシック
転轍機
星座が発表される度に、画面から目を遠ざけた。運転に集中しようとしても、視界の端で追ってしまう。
「今日の最下位は……魚座のあなたでーす」
カーテレビの声が、耳の奥をつく。ため息が出る前に、無意識に電源ボタンを探した。ウインカーのリズムが、虚しく車内に響く。また一つ、腹に鉛を飲み込んだ。
車の列は思うように進まず、ハンドルを指先で叩く。それでも、景色の流れは緩やかなままだ。途中、車列に入ろうとする車がいたが、目を合わせずに間を詰めた。信号が黄色に変わりかけたとき、前を走る車のブレーキランプが赤く光る。咄嗟にブレーキを踏み、抑えていた感情が吐き出た。サイドブレーキを引き、ハンドルに顔を埋める。隙間から見えるデジタルの時計に、舌打ちを打った。
「奥様が病院に運ばれました」
言葉が耳をすり抜ける。電話の相手は、冷たい人間だと思ったのだろう。通話はすぐに終わった。思考は、まだそこに追いついていなかった。
時折、女と会う。昨夜も、食事をするだけでは終わらず、日が変わるまで共にした。静かに帰宅すると、そのまま自室に向かう。ドアを開ける前に妻の寝室を見ると、隙間から漏れていた明かりが、静かに消えた。
今朝、キッチンに洗い物が残っていた。妻の姿は見なかったが、気配だけが二階にあった。違和感は、家の中に残したまま外に出た。
先を走る救急車が、手前の入り口から入っていった。ハンドルを持つ手の湿度が上がる。案内標識に従って駐車場へと向かうが、空きスペースなどない。車に乗り込む人を見つけ、ハンドルをそちらへ切る。車が出ると同時に、頭から突っ込んだ。運転手がこちらを睨む。頭を下げるよりも先に、妻の顔が浮かんだ。
エンジンを止め、荷物をカバンに放り込むと、車の間を走り抜けた。妻のいる階を見上げる。病室のカーテンが所々閉まり、場違いな明るさを放っている。一度だけ振り返ると、空には終わりのない灰色が広がっていた。
エントランスの手前で、スマホが震える。
画面に、女の名前が見えた。
転轍機 未完成のクラシック @mikansei__note
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