2話「新しい朝」

「もう朝だよ! 早く起きな!」

「んん……」


 誰だよ、うるせーな。

 出勤時間とか関係ねぇのが探索者の特権なんだよ……。

 

「ぐ〜……」


 シャッ——。


「まぶしっ……勝手にカーテン開けるんじゃ……誰だ?」

「わがまま言ってないで早く起きな! 早寝早起きが生活の基本だよ!」

「……」

「ほら、みそ汁が冷めるよ。さっさと顔洗ってご飯食べる! まったく、そんなだらしない子に育て覚えはないよ、母ちゃんは」


 あー、思い出した。コイツは『オカン』だ。

 超激レア召喚石から出てきた召喚獣。


「ぼけっとしない。仕方ないねー、この子は」


 無理矢理ベッドからつまみ出され、背筋を伸ばされる。


「はい、起きたね。母ちゃんは布団干してくるから、リュウヤは早く着替えな」

「あ、ああ、分かった……」

「朝は戦争なんだから、ぼけっとしてる暇なんてないよ!」


 なにと戦争すんだよ。


「どうしたんだい?」

「……なんでもない、です」

「母ちゃんに敬語なんて使うんじゃないよ、気持ち悪い子だねー」


 あんたが怖ぇんだよ。

 昨日会ったばかりのオカンにいきなり身内面されてみろ。恐怖以外のなにものでもねぇわ。

 時計は……まだ6時じゃねぇか。

 こんなに朝早く起きてどうすんだよ。俺はリーマンじゃねえぞ。


「テキパキ動く! そんなんじゃリンカちゃんに嫌われるよ!」


 大歓迎だ。

 そんなことで人を嫌いになるような常識人だったら俺は喜んでだらけるぞ。


「もしかして、母ちゃんに着替えさせてほしいのかい?」

「——は?」

「いつまで経っても甘えん坊だねぇ、リュウヤは」


 オカンが俺の身体に手を伸ばしてくる。


「だ、大丈夫です! いや大丈夫! 一人で出来る!」

「そうかい? なら早く着替えな」


 オカンはふっと息を吐くと、布団を抱えてベランダに向かう。

 マジでホラーだわ。

 躊躇無く服を剥こうとすんじゃねぇよ。通報するぞ。

 そういえば、布団を干すとか言ってベランダに向かったが……ベランダに乾燥機なんてないぞ。乾燥機は脱衣所だ。

 もしも外なんかに干したら、秒で鳥型モンスターに持っていかれる。そんな常識知らずの馬鹿はいないと思うが、まさか、な……。


 ガラガラガラ——。


 ベランダの扉を開ける音が——って、マジかあのオカン!?

 あのアホ女と同じタイプなのか!?

 常識というDNAが欠けているのか!?


「おい! なに馬鹿なこと、を……ん?」

「どうしたんだい。母ちゃんの手伝いはいいから早く着替えな」


 布団がベランダの柵に「普通」に掛けられている。


「モンスターは……?」

「もんすたーってなんだい?」

「デカい鳥みたいな奴が襲ってこなかったか?」

「ああ、鳥のことかい。しっしって追っ払ったよ。まったく、行儀の悪い鳥もいたもんだねぇ」


 そんな羽虫を追っ払う感覚で言われても意味が分からん。

 あいつらは大きな布を見ると、人を殺してでもそれを持ち去っていく。

 巣作りのためらしいが、通年繁殖期なせいで「外に干す=くれてやる」だ。

 人が「しっしっ」と追っ払った程度で引くような温厚なモンスターじゃない。ましてや、こんな見るからに普通のおばちゃんがどうこうしたところで、モンスターは微動にしないだろう。そう、普通なら——。


「本当に……いないな……」


 普段上空をうろうろしているモンスター共が全くいない。

 こんな空を見るのは初めてだ。


「だから母ちゃんが追っ払ったんだよ。ほらほら、ボケーッとしてないでパッパと動く!」

「あ、ああ……」


 背中をぐいぐい押されてベランダから追い出された。

 オカンは布団を広げ、家に無いはずの布団叩きでバンバン叩いている。

 どっから持ってきた、それ。

 物質生成や異空間収納のスキルでも持ってるんか、このオカンは?

 モンスターの事といい、謎の布団叩きといい、理解が追いつかん。

 ……とりあえず、顔、洗うか。

 オカンのテンションのせいで眠気が吹っ飛んだし、起きないとマジで服を剥かれそうだ。


「はあ……」


 なんか知らんが朝から疲れた。

 俺にこんなおっさん臭いため息を出させるなんて、あのオカン、やっぱ普通じゃねーわ。アホ女に匹敵する理解不能生物だ。

 ガチャ——と洗面所のドアを開けると、頭に浮かんだ人物がいた。


「あ、おはようアル」

「帰れ」


 ダボダボのTシャツに短パン姿のアホ女がそこにいた。

 身体から湯気を出し、首にタオルを掛けている。


「お母さんが家に来て朝ご飯一緒に食べようって誘ってくれたネ。優しいお母さんアルね〜」

「いいから帰れ。そして人んちの風呂に勝手に入ってんじゃねぇ」

「お風呂も沸かしてくれたし、着替えも貸してくれて大感謝アル」

「俺は許可してないし、それは俺の服だ。あと下着を着ろ。ここはお前んちじゃねぇ」


 湯上がりで下着を着てないせいで上半身が透けてんだよ。

 これが普通の女性なら痴女認定だが、このアホの場合は「替えの下着がなかった」という単純な理由で、それ以上でもそれ以下でもない。

 そして俺は全く欲情しない。

 人間が猿のメスを見て興奮しないのと同じ原理だ。

 だが、コイツは曲がりなりにも人の姿をしている。幼馴染みのよしみだ、常識的な服装をさせてやろう。


「えっと、確かここに……あ、あった」

「?」

「ほら、替えの下着」

「あ、無くなったと思ってた私の下着アル。まさか、リュウにそんな性癖が——」

「じゃねぇよ。お前がこの前勝手にシャワー浴びて下着忘れて帰っただけだ。いくら家が隣でも下着ぐらい着て帰れ。警邏隊にバレたら公然わいせつ罪で逮捕されるぞ」

「ダイジョブネ!」

「……」


 この馬鹿女、俺の努力を微塵も分かってねぇ。

 俺が庇ってやってなかったら数百回は逮捕されてるんだぞ、お前。

 なんで俺が毎回毎回露出狂の動機や経緯を説明せにゃならんのだ。


「ヨイショ……」


 無駄に発達した胸を揺らしながらTシャツを脱ぐアホ女。

 いつも思うが、なぜ目の前に男がいるのに平然と胸をさらせるんだ、コイツは?


「はあ……」

「どうしたアル?」

「いいからさっさと着ろ」

「うん。よっと……」


 短パンも脱いで全裸になる。

 これをどこでも平然とやるのがリンカという女だ。

 だからコイツはアホで馬鹿なんだ。


「はあ……」

「おっさん臭いからそのタメ息はしちゃ駄目っていつも言ってるネ。相変わらず学習能力ゼロアルな」

「……だな。本当に……」

「だからネネちゃんに振られるね」

「さっさと着ろ」

 

 全裸女と向かい合ってるなんて、あのオカンに見られたらそれこそカオスになる。


「んまあああ!」


 ほらな。


「入籍もしてないのにいやらしいことしないの!」


 いつの時代の人間だよ。


「そういうことは結婚するまでしない! リンカちゃん!」

「な、なにアル?」

「気持ちは分かるけど焦っちゃ駄目だよ。女の貞操は大事なときまでとっておかなくちゃ。分かったかい?」

「わ、分かったアル」


 絶対分かってねぇ。


「リュウヤはこっち来な!」

「は? 俺? なんで?」

「大の男がグチグチ言うんじゃないの! ほら、行くよ!」

「い、痛ぇって、耳引っ張んな、おい、いてててて——!!」

「リュウ……」


 哀れみの目で見んなアホ女。

 加害者に被害者面されてるみてぇで気分悪いわ——いてててて——!?


「いつまでも見てんじゃないよ! そんな不埒な子に育てた覚えはないよ!」

「あ、あんたに育てられた覚えは——いてててて——!!」

「母ちゃんにあんたなんて言うんじゃないの!」

「てててててて——!?」


 駄目だ! マジで意味が分からん!

 なんで朝っぱらからこんな理不尽な目に遭わなきゃならんのだ!?

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【悲報】俺のSレア召喚獣、どう見てもオカン(58)なんだが。 ~「あんた顔色悪いわよ」と心配されながら、最強の過保護バリアでダンジョン無双~ 空知美英 @Konotame

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