魔王城でお仕事【魔王視点】~異世界人を雇ってみたら、魔王軍が劇的に変わったんだが~

名雲

第1話 魔王、異世界人に恋をする

 一ヶ月前の俺は、知らなかった。

 

 この城に現れた一人の人間の女が、全てを変えてしまうことを。

 

 200年間、力で支配してきた俺の在り方を。

 機能不全に陥っていた魔王軍を。

 そして――俺自身の心を。



「逃げていくな……」

 

 城塞から、敗走する勇者達を見下ろす。

 つい一ヶ月前まで、奴らは俺の軍を蹂躙していた。

 

 だが、今は違う。

 

「ええ、逃げていきますね。予定通りです」

 

 資料を手に淡々と報告する沙良。

 その冷静な横顔を見て、胸が高鳴る。

 

 ――ああ、俺は認めざるを得ない。

 

 俺は、この女に恋をしている。



 隣に立つ彼女が、資料を確認しながら冷静な表情で淡々と答える。


「勇者撃退予定時刻は15時15分。現在時刻は15時13分ですから、予定より2分早く終わりましたね、魔王様」


 彼女は手元にある『対勇者撃退マニュアル』のタイムラインを確認していた。

 沙良の持つ書類を彼女の肩越しに見てみると、『15:15 勇者撤退(予測)』と書かれている。

 壁の時計を確認すると、15時13分。

 

 ……どうやったら敵の撤退時間まで予測出来るのか、全くわからない。

 かろうじてわかるのは、沙良が凄いということだけだ。


「……お前は、本当に恐ろしい人間だな」


 素直な気持ちが口から漏れた。


「そうですか?データに基づいて計画を立てただけですよ?」


 そう言って、沙良は戦場に目を向けた。

 逃げていく勇者達を見下ろすその横顔は、俺から見ても頼もしい。

 ……そして、美しい。



 ◇◇◇◇◇



 ――一ヶ月前。

 

 俺は絶望していた。

 

 勇者に防衛線を次々と突破され、幹部は対立し、兵士の士気は最低。

 このままでは、城が陥落するのも時間の問題だった。

 

 幹部会議は機能せず、ガルディオスとノゼリアは会うたびに罵り合い、カーラは過労で倒れそうになっていた。

 

 俺は力で支配することしか知らなかった。

 200年間、それで何とかやってこれた。

 

 だが、勇者という脅威を前に、力だけでは限界があることを思い知らされた。

 

 そこに現れたのが、魔力も持たぬ人間の女――如月 沙良だった。

 

 最初は、ただの「面白い人間」だと思っていた。

 俺の威圧が全く効かず、恐怖を知らないかのような態度。

 興味本意で傍に置いておくつもりだった。

 

 だが、日を追うごとに変わっていった。

 

 沙良の冷静な分析に感心し、論理的な提案に驚嘆し、献身的な働きぶりに感謝し――

 

 ――幹部たちは協力し始め、兵士たちは統制され、魔王軍は組織として機能し始めた。

 

 ――全てが変わったんだ。

 

 そして今日、勇者を撃退した。

 

 気づけば、沙良の横顔を見るだけで胸が苦しくなっていた。



 ◇◇◇◇◇



「一カ月前までは、我が魔王軍は奴らにやられ放題だったというのに……」


 見惚れてしまったことを悟られないように、勇者達の方に顔を向けながら、悔しそうな表情をして誤魔化す。


「一カ月もあれば、組織は変わりますよ。良くも悪くも。ちゃんと段階を踏んで改善すれば、結果は自ずと付いてきます」


 組織は変わる……か。

 

 彼女は、俺が200年かけても出来なかった事を、たった一ヶ月でやり遂げてみせた。

 全てが変わったんだ。兵士達も、幹部も、そして……俺自身も。

 

 城塞の下では、ガルディオスとノゼリアが笑い合っている。

 あの二人が、こうして肩を並べる日が来るとは思わなかった。

 

 ――この女は、一体何者なんだ?


 俺は、沙良の本当の姿が女神か天使なんじゃないかと不安になって、思わず聞いてしまった。


「……なあ、沙良」


「はい?」


「お前は一体、何者なんだ?」


 彼女は少し考えてから、微笑んだ。


「ただの、元社畜ですよ」


 ……モトシャチク?

 

 聞き慣れない言葉だが、おそらく沙良の世界の言葉だろう。

 その意味は分からないが、謙遜していることだけは分かる。

 

 ――ただの、か。

 

 俺にとって、お前は「ただの」存在では決してない。

 その笑顔を見て、鼓動が速くなる。


 ――ああ、やはり俺は、この女に恋をしている。

 

 200年間、誰にも感じたことのないこの想い。

 だが、力で支配してきた俺に、恋の仕方など分からない。

 

 この想いを、どう伝えればいい?

 

 一つだけ確かなことがある。

 この女を手放したくない。

 

 ――だから、俺は決めた。

 この想いを伝える。

 

 いつか、必ず。

 


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 【魔王城でお仕事】の第二部スタートです。

 第一部では描かれなかった魔王バルザードの心情と、裏側で起こっていた出来事を描いていきます。


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