まごころ
影森 蒼
まごころ
聖母になった君からの寵愛。ボクはほんの少しだけ皿で受け取った。
穢らわしいほどの白さは畏れ多くも賜った寵愛によって、清められていく。ボクだけが享受する権利のある寵愛に集ってくる天使達。耳元で煩く鳴り響く羽音が煩わしくて払いのけた。
腹は寵愛を求めて音を立てている。きっともう普通の食事は普通ではなくなっていると思う。
使い古したカトラリーと寵愛がのせられた皿が作り上げる光景はまだ見ぬ天国での食卓を再現しているようだった。
歯が二本のフォークでしっかりと押さえながら、刃こぼれしたナイフで寵愛を食べやすいように切り分けていく。身に余る寵愛を受けてから四日目にして食器としての役割を逃げ出そうとしている。死ぬことはまだ許さない。
「君が選んだものだからね。だからまだ頑張ってもらうよ」
君のことは何でも知っているボクだから、切れないナイフでも細かくしていくのは容易い。
口に運ぶと普段と何ら変わらない鉄の味が広がる。それが堪らなく愛しいのだ。
ただ、美味しくはない。
煮ても焼いても愛しさと美味しさの両立は出来なかった。調理が愛しさを逃がしてしまうのだ。
すんなりと平らげてしまった皿には、聖母の涙になり損ねたものが残る。これを胃の臓に流し込むのにスプーンは使わないと決めている。この家に来てから一度たりとも使われていないスプーンは掬い方を忘れてしまっているから。
ボクは皿を手に取って一滴も残さぬようにそれを飲み干した。
聖母になった君に清めて欲しいが為に、使い終わった皿をその都度、穢すことにしている。これは聖母になる前に君がやっていた役割だった。
寵愛の色で染まった皿を持って流し台に向かった。
お湯を使うと居心地が良いらしく、皿にこびり付いてしまって、効率よく穢せないので水を使うことにしている。中性洗剤をスポンジにたっぷりと垂らして、忌まわしい白さを取り戻すまで念入りに磨いた。
この時期の水道水は骨身に染みる。この冷たさが、君が聖母になってすぐの寵愛はまだ暖かかったことを思い出させる。
そういえば、聖母は現世に舞い降りてから何も口にしていない。何も食べていないが故に冷たくなってしまったのだろう。
「お腹、空いたよね?」
ボクには寵愛なんていう大層なご馳走を用意することはできない。
でも、きっとこれはその代わりになる。
二つあったスプーンを手に取った。清浄も穢れも知らない銀の匙はボクの顔と台所の床で眠っている聖母を映している。力一杯それを握り込んで、ボクの右目に何度も突き立てた。
「ボクから見たら右目だけど、君から見たら左目かぁ……」
二人だけの神聖な儀式を見届ける天使など要らない。
力無く開いている口は静かにそれを受け入れた。
祝福を受けつつある神聖な肢体にはボクの太陽がよく似合っている。
両目でこの神聖なる一幕を収めたいと感じるのはボクの我儘なのだろう。
まごころ 影森 蒼 @Ao_kagemori
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