◆◆◆こよみ an origin:最後の鼓動

蒲公英薫

◆◆◆こよみ an origin:最後の鼓動

+++ Koyomi Mikanagi's personal experience +++


「こよみ、もう寝なさい」


 午後の十時を回ると、お母さんが祖母のそばから動かないわたしを呼びに、病室までやって来た。


 わたしはとびきりのお祖母ちゃん子だ。


 毎日、塾から帰っては、父の経営する病院に入院している祖母の病室で、宿題と次の日の予習をする。


 それが私の日課だった。


 だけど、わたしの目的の大半は、大好きな祖母のそばで過ごすこと。

 そして、祖母の身体に接続された医療機器が示す数々の数値を監視することだった。


 祖母は糖尿病を患っていた。

 すでに歩くことはできず、車椅子の生活だ。


 父は外科医だったが、祖母の足を切ることに躊躇していた。


 父の経営する御巫みかなぎ記念病院は、地元では一番大きな病院だ。

 外科の他にも内科や泌尿器科などの専門医が多く勤めている総合病院である。

 しかし、そんな病院の医師たちでさえも祖母の病を治すことができないことに、わたしは激しい苛立ちを感じていた。


 わたしは祖母の病を治すために医師を目指して勉強しながら、祖母の病室に通い続けた。


 祖母の身体に取り付けられた数々の医療機器は、心拍や血圧、血中酸素飽和度など、祖母の身体の状態を示す様々な数値を表示している。


 祖母は糖尿病患者だったが、同時に循環器系もひどく病んでいた。

 血圧も低いし、酸素飽和度も低い。


 わたしはそれらの数値を見ながら、毎日、「あがれ、あがれ」と念じ続けた。


 祖母の体調が良いときは、お話をしながら。

 祖母の体調が悪いときは、眠っている祖母の横で、泣きながら、数値の改善を祈った。


「あがれ、あがれ――」


 わたしはそんな行為を、来る日も来る日も続けた。


 仲のよい友だちの遊びの誘いを断り、習い事の中で唯一好きだったピアノのレッスンもやめて、祖母のもとに毎日毎日通い続けた。


「あがれ、あがれ、あがれ――」


 そんなふうに祖母のもとに通い、ひたすら勉強だけしていたわたしの成績は当然のようにあがっていった。


 先生も、両親も、すっかり顔馴染みになった看護師さんも。

 まわりの誰もが、わたしの学業成績を褒めた。


 だけど、そんなものには何の価値もなかった。


 父は立派な医師だった。

 そして、娘のわたしから見ても、間違いなく頭のよい人だった。


 だけど、そんな父でさえ――。


 祖母の病を癒すことは叶わない。

 目の前で明滅するデジタルの数値をあげることさえできない。


 ――勉強? 学校の成績?


 そんなものは、どうだっていい!


 わたしは、お祖母ちゃんを救う力が欲しい――。


「あがれ、あがれ、あがれ、……お願いだから、あがってよ!」


 そんなわたしの祈りも虚しく、ついに恐れていた時が訪れた。


 四年生にあがったばかりのある日の授業中。

 教頭先生が厳しい顔をして、わたしのもとにやってきた。


 タクシーで病院に駆け付けたわたしの目に飛び込んできたのは、いつも以上にたくさんの電極とコード、そして、大仰な酸素マスクをつけられた祖母の姿だった。


「お祖母ちゃん!」


 祖母のもとに駆け寄るわたしをお母さんが遮るように抱き留めた。


「こよみちゃん、落ち着いて。今はダメ――」


 何が、ダメなものか――。


 父も、内科の担当医も、看護師さんも。

 いま、祖母のまわりを囲んでいる人たちはみんな――。


 みんな、誰一人として、数字一つ操れないではないか。

 祖母の生命が示すデジタルの数字を。


「うるさい! うるさいうるさいうるさい!」


 わたしは聞き分けのない叫んだ。


 頭の中が熱い。

 目の前が涙でかすみ、ぐるぐると回っている。


 祖母に取り付けられた医療機器のモニターには、すでに二桁の数字さえ表示されていなかった。


 そこに表示されていたのは、ただひとつ、ゼロという数字。


「いやだ、いやだ、お祖母ちゃん! ――お祖母ちゃん!」


 わたしはお母さんの腕を振り払い、祖母の横たわるベッドに駆け寄った。


「お祖母ちゃん!」


 まだ温かな祖母の身体を抱きしめ、やせ細った頬に頬を重ねた。

 そして、毎日、祈りを捧げていた四角いモニターをキッと睨んだ。


「動けっ! 動けっ! 動けええええっ!」


 その瞬間。


 ――とくん。


 止まっていた祖母の心拍が、たった一度だけ、動いて――、


 そして、永遠に停止した。

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