放送事故でS級モンスターを瞬殺したら、世界中がパニックになっています 〜底辺配信者の正体は、引退した元・世界最強でした〜

@kitune2025

第1話 まあ、Eランクだからな。緊張感とかは期待しないでくれ

 朝七時。


 スマートフォンのアラームが、容赦なく俺の耳元で鳴り響く。


 枕元に手を伸ばし、画面をタップして音を止める。瞼を開けると見慣れた六畳一間のワンルームが視界に広がった。


 「んん……」


 桐生透、二十八歳。独身。彼女なし。

 趣味は……強いて言えば、ダンジョン探索。


 ただし、それは世間的には副業として認知されている。


「……はぁ」


 ため息をつきながら、布団から這い出る。


 窓の外では、すでに初夏の日差しが街を照らし始めていた。

 今日も暑くなりそうだ。いや、暑さなんかより、今日は月曜日だという事実の方がよほど俺の心を重くする。


 テレビのリモコンを手に取り、電源を入れる。画面には、朝のニュース番組が映し出された。


『――続いてのニュースです。昨日、東京第七ダンジョンにおいて、S級冒険者パーティ「蒼穹の剣」が階層ボスの討伐に成功しました』


 画面には、きらびやかな装備に身を包んだ冒険者たちが映っている。

 中央に立つのは、銀髪の青年――九条蓮。今や日本を代表するS級冒険者であり、チャンネル登録者数一千万人を超える超人気配信者でもある。


『九条さんは配信で「次はSS級ダンジョンに挑戦したい」とコメントしており……』


「……ふーん」


 俺は興味なさげにチャンネルを変えた。


 十年前。世界中に突如として出現したダンジョン。


 最初は混乱と恐怖の時代だった。誰も異界の正体を理解できなかった。

 モンスターが溢れ出し、街が破壊され、多くの人命が失われた。


 けれど人類は適応する生き物だ。


 十年という月日の中で、ダンジョンは「脅威」から「資源」へと変貌した。

 ダンジョンから産出される素材は、現代科学では再現できない特殊な性質を持ち、エネルギー問題から医療技術まで、あらゆる分野に革命をもたらした。


 そして――冒険者という職業が生まれた。


 ライセンス制。国家資格。年収一億円も夢じゃない、現代の花形職業。


 さらに言えば、冒険者たちの多くは配信者としても活動している。

 ダンジョン探索の様子をリアルタイムで配信し、視聴者から投げ銭を受け取る。スポンサー企業と契約を結び、広告収入を得る。


 冒険者はアスリートであり、エンターテイナーであり、インフルエンサーでもある。


 そんな華やかな世界の片隅で、俺は今日も地味に生きている。



◇ ◇ ◇



 満員電車に揺られること四十五分。


 俺は都心のオフィス街にある、中堅商社のビルに到着した。


「おはようございまーす」


 適当に挨拶しながらオフィスに入る。

 すでにデスクには何人かの社員が座っていて、それぞれパソコンに向かっている。


「お、桐生。おはよう」


 隣のデスクから声をかけてきたのは、同期入社の田中だ。

 俺と同い年で、どこにでもいそうな普通のサラリーマン。唯一の違いがあるとすれば、彼が結婚して子供もいるという点だろうか。


「おはよう。週末どうだった?」


「聞いてくれよ。嫁さんと子供連れて、ダンジョン体験施設に行ってきたんだ」


 田中が嬉しそうに語り始める。


 ダンジョン体験施設。一般人向けに作られた、安全なダンジョンのレプリカだ。

 本物のダンジョンとは比べ物にならないほど安全で、スライムやゴブリンのホログラム相手に「冒険者ごっこ」ができる。


「へえ、楽しそうだな」


「いやー、息子が大喜びでさ。将来は冒険者になるんだって張り切ってたよ」


「そりゃいいな」


 俺は曖昧に頷きながら、パソコンの電源を入れた。


「そういや桐生。お前、確か冒険者ライセンス持ってたよな?」


「ん? ああ、一応」


「Cランクだっけ。すげえよなあ。俺なんか、ライセンス試験に三回落ちて諦めたのに」


「別にすごくないよ。上を見たらキリがない」


 上を見たらキリがない。


 本当に、そう思う。


 九条蓮みたいなS級冒険者は、今の俺なんかとは住む世界が違う。

 同接十万人を超える配信、企業とのミリオン単位のスポンサー契約、雑誌の表紙を飾り、テレビに出演し、若者たちの憧れの的となる。


 対して俺は――同接三人の底辺配信者だ。


 配信を始めて三年。チャンネル登録者数は二百人ちょっと。月の収益は、スパチャを合わせても五千円に届かない。

 会社の給料だけで生活しているようなもので、配信は完全に趣味の延長だ。


「けど配信やってるんだろ? 俺、たまに見てるぜ」


「え、マジで?」


「おう。透明人間って名前だっけ。あのまったり感がいいんだよ。寝る前に見ると落ち着く」


「……それ褒めてんの?」


「褒めてるよ。最近の配信は刺激ばっかりでさ。たまには、ああいう地味なのがいい」


 地味。


 まあ、否定はできない。


 俺の配信は、とにかく地味だ。低ランクダンジョンをソロでのんびり探索する。

 戦闘シーンも、派手な演出も、視聴者を煽るようなトークもない。ただ淡々と、ダンジョンを歩くだけ。


 そりゃ人気も出ないわけだ。


「まあ、気が向いたら見てくれ」


「おう。今週も配信するの?」


「たぶん。水曜あたりに」


 そう言いながら、俺はパソコンの画面に目を向けた。


 今日もまた、代わり映えのない一日が始まる。


 そう思っていた。



◇ ◇ ◇



 午後七時。


 定時で会社を出た俺は、帰宅ラッシュの電車に揺られながら、スマートフォンの画面を眺めていた。


 開いているのは、動画配信プラットフォーム「ダンストリーム」のアプリだ。ダンジョン配信に特化したプラットフォームで、冒険者たちはこのアプリを通じて探索の様子を配信する。


 トップページには、人気配信者のサムネイルが並んでいる。


『【Aランク】美少女パーティがS級ダンジョンに挑戦!? 同接15万人突破記念配信!』


『【緊急】ダンジョンボスをソロ撃破するまで終われません【プレミアム配信】』


『【まりりん】今日はソロで〇〇階まで行くよ〜! スパチャ読みアリ♡』


 派手なサムネイル、煽り気味のタイトル、可愛い女の子の顔。


 どれも俺の配信とは真逆のスタイルだ。


 特に目を引くのは、「まりりん」というアカウント。天海まりあ。

 二十二歳の若さでAランク冒険者にして、同接十万人を誇る超人気配信者。

 金髪にピンクのメッシュを入れたギャルで、華やかなルックスと、視聴者を楽しませるトーク力で人気を博している。


 正直、彼女の配信スタイルは俺とは水と油だと思う。けれど、人気があるのは認めざるを得ない。


「次は、新宿。新宿です」


 アナウンスに従って電車を降りる。


 新宿駅の雑踏を抜け駅近くのダンジョン入口へと向かう。


 そう、現代の日本では、ダンジョンの入口は街のいたるところにある。

 十年前の「出現」以降、ダンジョンは増殖を続け、今や日本国内だけでも千を超えるダンジョンが存在する。


 新宿駅から徒歩五分。ビルの谷間に、そのダンジョンの入口はあった。


 正式名称「東京第二十三ダンジョン」。ランクはE。


 つまり最低ランクのダンジョンだ。


 モンスターは弱く、素材の価値も低い。当然、配信しても盛り上がらない。

 人気のある冒険者は見向きもしないような場所だ。


 けれど俺にとっては、ここが丁度いい。


 入口にはスーツ姿の職員が立っていた。ダンジョン管理局の人間だろう。


「こんばんは。ライセンスの確認をお願いします」


「はい」


 俺はスマートフォンを取り出し、画面に表示された冒険者ライセンスを見せた。


 氏名:桐生透

 ランク:C

 所属:なし(フリーランス)

 ライセンス番号:C-2016-XXXX


「確認しました。今日は配信されますか?」


「ええ、まあ」


「了解です。お気をつけて」


 職員に軽く会釈して、俺はダンジョンの入口をくぐった。


 瞬間、視界が暗転する。


 そして次の瞬間には、まったく異なる世界が広がっていた。


 薄暗い洞窟。壁面は青白い鉱石で覆われ、淡い光を放っている。

 空気はひんやりと冷たく、土と苔の匂いが鼻をくすぐる。


 これが、ダンジョンだ。


 異界との接続点。モンスターが棲み、財宝が眠り、そして多くの冒険者の命を飲み込んできた場所。


「さて」


 俺は慣れた手つきで、配信用のカメラドローンを取り出した。


 手のひらサイズの小型ドローン。起動すると、自動的に俺の周囲を飛び回り、最適なアングルで撮影してくれる。配信者にとっては必需品の一つだ。


 スマートフォンで配信アプリを起動し、設定を確認する。


 タイトル:「【まったり探索】Eランクダンジョンをのんびり歩く【夜の部】」


 俺らしい地味なタイトルだ。


 配信開始ボタンをタップすると画面に「LIVE」の文字が表示された。


「……えー、こんばんは。透明人間です。今日もまったり配信していきます」


 カメラに向かっていつも通りのローテンションで語りかける。


 画面の端に表示される視聴者数は――三人。


 いつもの常連だろう。固定のファンが三人。それが俺の配信の現実だ。


 コメント欄にメッセージが流れてくる。


『来た〜』

『今日もお疲れ様です』

『待ってました』


「あ、どうも。今日は仕事終わりで、ちょっと疲れてるんで、適当にやります。質問あれば答えるんで、気軽にどうぞ」


 そう言いながら俺は洞窟の奥へと歩き始めた。


 Eランクダンジョンは、正直言って退屈だ。


 出てくるモンスターはスライムとかゴブリンとか、最弱クラスのやつばかり。

 素材を集めても大した金にならないし、経験値効率も悪い。普通の冒険者なら、わざわざこんな場所に来る意味がない。


 けれど俺は、この「退屈さ」が嫌いじゃなかった。


 誰もいない静かなダンジョン。聞こえてくるのは、自分の足音と、時折響くモンスターの声だけ。

 何も考えず、ただ歩く。それだけの時間が、俺には必要だった。


「あ、スライムだ」


 洞窟の角を曲がると、青く半透明なゼリー状の生物が蠢いていた。


 スライム。ダンジョンにおける最弱モンスター。

 攻撃力はほぼゼロで、動きも遅い。初心者向けの敵だ。


 俺は腰のベルトから、愛用の短剣を抜いた。


 特に装飾のない、シンプルな鋼の短剣。高価な魔法武器なんかは持っていない。いや、正確には持っていたけど、引退した時に全部処分した。


「……」


 無言でスライムに近づき、核の位置を見極めて一突き。


 ぷしゅ、という音とともに、スライムは崩れ落ちた。残ったのは、小指の爪ほどの大きさの「スライムコア」というアイテムだけ。


 一個あたりの市場価格は約十円。


 物価高の今じゃ駄菓子も買えないな。


『秒殺www』

『相変わらずの作業感』

『仕事終わりでこれは癒される』


 コメント欄に反応が流れる。


「まあ、Eランクだからな。緊張感とかは期待しないでくれ」


 スライムコアを回収しながら俺は呟いた。


 こうして淡々と探索を続け、いくつかのモンスターを倒し、素材を集める。

 それが俺の配信スタイルだ。


 戦闘シーンは地味。トークは最小限。視聴者サービスなんてほぼない。


 そりゃ人気も出ないわな、と我ながら思う。


 けれどこれでいいのだ。


 俺は別に有名になりたいわけじゃない。

 金を稼ぎたいわけでもない。

 ただ、ダンジョンを歩きたかった。


 そう思いながら俺はさらに奥へと進んでいく──。

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