スマホを落としただけなのだ~本当にな~

うたた寝

第1話


「スマホを落としたのだ」

 食堂で社食のカレーを彼が食べていると、何故かトレイに何も乗せずに帰って来た彼女がそう言ってきた。どうやら会計時にスマホが無いことに気付き、会計を諦めて帰って来たご様子。

 彼は一瞬だけカレーから目を逸らして彼女を見ると、

「そっか、大変だな」

 そうとだけ言ってカレーに戻る。社会人の昼休みは一分一秒貴重なのだ。余計なことに使っている場合ではない。

「お腹減ったのだ……」

 まぁ昼休みだからな、お腹も減るだろう。生きている証である。何やら物欲しそうな視線を感じるが、このカレーはやらん。社会人のお金は一円単位で貴重なのである。

「お腹減ったのだーーっっ!!」

「うっっるせぇぇなぁぁっっ!! 買ってくればいいじゃねぇかじゃあっ!!」

 何をトチ狂ったのか、目の前で大声で奇声を上げてきたので、止む無くカレーから目を逸らして彼女に文句を言う彼。すると、

「スマホが無いから買えないのだ……」

「あん?」

 ああ、トレイ空で帰って来たのってそういう理由か。どうやら彼女、スマホ以外の決済方法を持っていないようである。

「ってわけで奢ってなのだ」

「『貸して』じゃなくて、『奢って』って言ってくる辺りお前のがめつさがよー分かるな」

「えっへん」

「褒めてない」

 まぁ昼抜きも可哀そうなので彼が財布を貸してやると、彼女は財布の中身を一度確認し、

「サイコロステーキ定食にしーよお」

「いっちばん高いメニューじゃねーか! 僕のカレーの三倍はするぞ! 却下だ却下! おいこら戻ってこーいっ!」



「ふぅ……」

 トイレの個室。それは社内で最も安心できる場所かもしれない。社内最大派閥を牛耳るお局も居ないし、セクハラ発言連発のハゲ上司も居ない。代わりに横でいつもニコニコ励ましてくれるイケメン後輩くんも居ない。……それは元から居ない。

 というか、高年収、高身長、高学歴、なんて贅沢言わないから、とりあえずイケメンを一人それぞれの席の島に配置してくれないだろうか? それだけでも大分仕事のモチベーション変わるのだが。

 用も足したしそろそろ出るか、と女性がふと目線を上げたところ、

「「………………」」

 何か目が合った。

 ……いやいやいや、トイレの個室に居て目が合うわけないでしょ、と目を瞑って顔をブンブン横に振った後、もう一度目を開くと、

「「………………」」

 やっぱり目が合った。頑なに目が合った。そして、

「ほわわわわわわわぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっ!?」

 香港アクション映画に出てきそうな奇声を上げた。

「ななななな何してんっ何してんっ何してんっ!?」

 かと思えばエセ関西弁連発。どうやらトイレを覗かれるという衝撃のあまり自分の出身地の言語が喋れなくなったご様子。

 が、当の盗撮犯はケロリとしたもんで、

「スマホ知らないー?」

「スマホっ!? 何っ!? 何の話っ!? とりあえずあっち向いてくんないっ!?」



「ちゃんと首輪とリード付けておいてくださいよっ! 飼い主の義務でしょっ!!」

「まず一つ、何故僕が怒られているのかよく分からない。二つ、この珍獣の飼い主になるのなんて御免被る。三つ、飼い主って言うならむしろ君の方が適任だと思う」

「ぜっっっっったい嫌ですっ!!」

「僕だって嫌だい」

 飼い主の義務を押し付け合う二人。同期に問題児が居ると色々大変なのである。

 一方、未だ飼い主が見つからない珍獣こと問題児はそんなこと知らんと言った感じで、

「スマホどこなのだー?」

 と、相変わらずスマホを探している。

「そもそも持ってきてるのか?」

 彼が聞くと、彼女は腕を組んで頷き、

「出社できたからそれはそのハズなのだ」

「ああ、そうか、定期やセキュリティカードもスマホか」

 であれば確かに、電車に乗れて会社まで来れている段階で少なくとも社内にはあるのだろう。

「鳴らしてみますか?」

 女性が自分のスマホを出して言う。

「ある程度場所絞れてないと難しくないか?」

 社内のどこにあるのかも分からないのに、闇雲に鳴らして果たして見つかるだろうか?

「確かに……」

 スマホを顎に当てたまま考え直す女性。まぁでも、と彼は続けると、

「鳴らすだけ鳴らしてみてもいいかもな。近くで聞いてたら親切な人が何か反応してくれるかもしれん。お願いしてもいい?」

「了解です!」

 女性はスマホを操作し、目の前の問題児のスマホに対して通話を試みる。場所に心当たりも無いことだし、とりあえずかけ続けてみよう。マナーモードにしているだろうから着信音こそ鳴らないだろうが、ずっと振動し続けていれば誰かしら気付いてくれるかもしれん。

 期待は薄いだろうがやらないよりはマシ。長期戦になるかもなー、と彼が覚悟していると、


『~~~~~~~~~~♪』


 鳴った。初期設定から変えていないであろう聞き馴染みのあるあの着信音がすっごい近くで鳴った。目の前の問題児は急な音と振動にその場で一瞬ビクッ! と飛び上がったが、その後自分のケツポケットに手を突っ込むと、

「あったのだーっ!」

 着信を切っていないから未だ着信音が鳴り止んでいないスマホを取り出した。探し物が見つかって喜んでいる珍獣。それを見て彼と女性はお互い目で見て頷き合う。こんな問題児の飼い主はご免被るとは言ったが、前言撤回。これだけ人さまに迷惑をかけたのだ。飼い主としてちゃんとしつけをしなくては。女性がピッ! と着信を切ったのはちょっとしたゴングの合図だった。

「ん? ん? ん? 何なのだ? 二人して。何か凄い無音の殺気を放っているような気が、わっ、わっ、わっ止めてっ! 許してっ! 暴力反対なのだーっ!!」

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スマホを落としただけなのだ~本当にな~ うたた寝 @utatanenap

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