プロローグ
その日、私は畑でカボチャとにらめっこしていた。
朝露がまだ葉の上に残り、陽の光を受けてきらきらと輝いている。
山の向こうから吹き下ろす風は少し冷たくて、夏の終わりを告げていた。
村の畑はどこまでも広く、土の匂いと草の香りが混ざり合って、胸いっぱいに吸い込むとなんだか安心する。
そんな、いつもと変わらない朝のはずだった。
「……ねえ、あなた。しゃべったりしないよね?」
私は目の前の巨大カボチャに問いかけた。
今年のカボチャはやけに育ちが良くて、村の誰もが「祭りの目玉だ!」と騒いでいる。
でも私は知っている。
――このカボチャ、昨日からずっと光っている。
表面がぼんやりと淡く光り、まるで呼吸しているみたいに明滅しているのだ。
私は鍬を握りしめ、そろりと後ずさった。
「……しゃべったらどうしよう。お母さんに言ったら笑われるかな……」
そんなことを考えていた、その瞬間だった。
空が、割れた。
バリンッ、と乾いた音が響いた気がした。
青空にひびが走り、まるで巨大な鏡が砕けるように白い光が降り注ぐ。
村中がざわめき、家々から人が飛び出してくる。
「な、なに!?」「空が……割れた!?」
私は思わずカボチャを抱きしめた。
だって、怖かったのだ。
光はどんどん強くなり、畑一面が真昼のように明るくなる。
そして――。
「リリア・フェンリース!」
光の中から、ひとりの騎士が現れた。
銀の鎧をまとい、長いマントが風に揺れている。
鋭い青い瞳がこちらを射抜き、まるで私を探し当てた獣のようだった。
「あなたに、聖女の証が発現しました。王都へ同行していただきます!」
「……せ、聖女?」
私はカボチャを抱いたまま固まった。
「はい。あなたは選ばれたのです。王国を救う唯一の存在として」
「えっ、あの、私、今日カボチャの収穫が……」
「そんな場合ではありません!」
騎士は真剣そのものだ。
でも私は、畑のことも、家族のことも、村のことも、何もかも置いていくなんて考えたこともなかった。
「ちょ、ちょっと待って! 聖女って何するの!?」
「癒しの力を発動するため、夜伽の儀式を――」
「よ、よとぎ!? なにそれ怖い!」
叫んだ瞬間、村中の視線が私に集まった。
「よ、夜伽って……あの夜伽か!?」
「リリアが!? あのリリアが!?」
「いやいや、あの子にそんな……!」
お母さんは口をぱくぱくさせ、お父さんは鍬を落とし、弟のルカは泣き出し、兄のハルトは羊を抱えたまま固まっている。
「お、お姉ちゃん、夜伽ってなに……?」
「ルカは知らなくていいの!」
私はカボチャを抱きしめたまま、光の中で震えていた。
「ちょ、ちょっと待ってください! 夜伽って、どういう意味なんですか!? 私、そんな……そんなの……!」
騎士は眉をひそめ、少しだけ視線をそらした。
「……誤解を招く名称ですが、儀式は精神同調による癒しの――」
「精神!? 同調!? なにそれもっと怖い!」
私は叫びながら後ずさる。
騎士は慌てて手を伸ばした。
「落ち着いてください! あなたは聖女なのです!」
「いやいやいやいや、私ただの村娘です! 畑と羊と弟の世話しかできません!」
「それでも選ばれたのです!」
「選ばれたくなかったぁぁぁ!」
村人たちは口々に騒ぎ、畑は大混乱になった。
「リリア、行くのか……?」
「お前が聖女だなんて……誇らしいぞ……!」
「いや、誇らしいけど心配だよ!」
「夜伽ってなんだ!?」
「知らん!」
私は、光の中でカボチャを抱きしめながら思った。
――なんでこうなったの。
これが、私が“聖女”として王都に連れていかれる、すべての始まりだった。
ド田舎育ちの私、聖女に選ばれたうえに夜伽って聞いてないんですけれど!? aiko3 @aiko3
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