死に取りつかれた男。
@orimokita
一話
柿崎加喜之助は、いつも死の事ばかりを考えていた。
今日は四月一日だった。エイプリルフール。四月馬鹿。柿崎は死月馬鹿だった。思考はそこから、死が嘘であればいいのに、と続く。死離滅裂だった。彼は死から離れられない。人間は一つの細胞から分裂して増えていったのだという。彼は、自分が減数分裂して自分が消えていかないものかと考えた。死ぬのではなく、減って最終的に消滅していくのであればまだなんとか平気かもしれないと考えたのだ。
何を馬鹿なことを考えているのだろうと、ふと我にかえってから、スマホを見る。もう六時半だ。06:38という表示を見て、4が入っていなくてよかったと思う。彼の心は4を見るたびに、死んでしまうのだ。
いけない。これ以上、考えていると会社に遅れて死まう。 柿崎はベッドから立ち上がると、台所へ行き、風呂自動のボタンを押した。朝から湯船に入るのが、彼の朝のルーティンであった。
「お風呂がわきました」と素っ頓狂なメロディーが鳴るまでの間は、彼にとって死刑執行猶予の時間だった。この間、彼は再び、死の事を考える。
今日は月曜日。だから、会社に出社したらまず真っ先に、湯沸かしポットの水を給湯室で汲まなくてはいけない。そのあとは、議事録に書かれていることをただひたすら読み上げるような定例会議に出席し、それから打ち合わせを数本こなす。
今日の予定がすべて見えてしまったことに、彼は死にたくなった。勿論、彼には火曜の予定も、水曜の予定も見えていた。同じことを毎週繰り返しているのである。それどころか、同じ一週間をこの百五十年ほど繰り返しているのである。
彼はもう、自分が死にたいのか、死にたくないのか、あるいはすでに死んでいるのか、分からなくなっていた。
永遠に続く毎日を過ごすのは、死んでいるのと同じではないか、と思いながら彼は、歯を磨いた。歯を磨いても磨かなくても、彼にはほとんど大差はないのである。でも、磨いた。朝のルーティンだったからだ。
素っ頓狂なメロディーが聞こえたので、彼はいつものように風呂場へと行った。風呂のお湯がぴっちりとはられているのを見て、彼は死の事を考えた。ここに頭を突っ込めば、死ぬだろう。しかしそれは、また四月一日に戻ってしまうことになるから、ほとんど意味がない。彼は大きなため息をつくと、しっかりと髪を洗い、しっかりと身体を洗い、しっかりと顔を洗ってから、湯船につかった。風呂は気持ちがよかった。嗚呼極楽、と思った。その瞬間、彼はこのまま死んでしまうのではないかと恐れた。昇天という言葉が頭に浮かんだのである。だが、彼は死ななかった。
死ななかったので、彼は仕事に行くことにした。
死に取りつかれた男。 @orimokita
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