第4話 ひこうき雲
きみは通過電車を待っていた。
きみはホームに立つ。黄色い点字ブロックがきみの目の先にある。
暑かった昼とは違う夕刻の風にきみは寒さを感じる。
「お空――落ちていく」
こどもの声をきみは聞く。同じホームに母親といる幼子がいた。
「ひこうき雲ね」
母親が穏やかに言う。
ふたりが見る先、北の空に真下に落ちていく「ひこうき雲」が見えた。
「落ちるよ」
白い筋は真下へ真下へと伸びていく。百秒後には落ちるのではないかという勢いだ。
「落ちないよ」
母親が言う。
「落ちないの?」
「あれは落ちているのではなくて、向こうへ飛んでいるの」
「向こう?」
「ここから見たら落ちているみたいに見えるけどずっと遠くに向かって飛んでいるの」
「遠く?」
「横から見たら横に向かって飛んでいるのがわかるわ。きっと」
視点の違いだときみも思う。
「見る場所が違うと違って見えるのよ」
母親は手にしていたペットボトルを幼子に見せた。
「ほらこのボトル――」母親は手首をひねる。「下から見たら丸いでしょ?」
「ほんとだ」幼子は笑う。
ひこうき雲は低い雲たちに紛れた。
「落ちるんじゃないんだね」
「ずっと向こう――明るい未来まで飛んでいくのかもよ」
「おひさまを追っかけて?」
「そうね」
きみは空を見る。真下へ向かうひこうき雲は地球の向こう側まで飛び続ける気がした。
なるほど――落ちるのではなく、飛ぶのか。
きみの前を通過電車がけたたましい断続音を残して通り過ぎる。
きみはその残響を聞く。
きみは踏み出さなかった。風だけがきみの前を通り過ぎた。
きみは母子を見遣り、そして次の電車に乗って帰ることにした。
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2025年9月28日 ノベルアップ+ 自主企画文系1000本ノックお題「100秒後に潜る空」
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