第6話 門前の試練

揺られること一時間。

馬車は鬱蒼とした森を抜け、見上げるほど巨大な石造りの城館へと辿り着いた。

ここがディスカール伯爵の本邸らしい。


「着きましたぞ、スズネ様。……おお、門の前で待っているのは」

伯爵が窓の外を見て声を弾ませた。


つられてあたしも外を覗くと、重厚な鉄門の前に、一人の青年が直立不動で立っていた。

白銀の甲冑を纏い、腰には見事な長剣。

短く切り揃えられた金髪の間から覗く瞳は、まるで行儀の悪いあたしを許さないと言わんばかりの鋭さだ。


「わが騎士団の若きエース、カイルです。少々頭が固いのが玉にきずですが、腕は確かですよ」


馬車の扉が開く。

あたしが恐る恐る地面に足を下ろすと、その青年騎士――カイルは、音を立てて軍靴を鳴らし、これ以上ないほど綺麗な敬礼を繰り出した。


「伯爵閣下、お戻りをお待ちしておりました! ……して、そちらの……『異界の装束』を纏った少女が、伝令のあった『聖女』殿でしょうか」

カイルの視線があたしを射抜く。

……怖い。完全に不審者を見る目だ。

確かにあたしは今、白ブラウスにチェックのスカートという、この世界では浮きまくりの制服姿。


『鈴音、睨み返せとは言わないけど、せめて背筋は伸ばしなよ。……あ、カイルって子、結構イケメンじゃない?』

(……見た目だけで判断しないでよ。絶対あたしのこと疑ってるってば!)

脳内のアルに毒づきながら、あたしは精一杯、優雅(に見えるはず)な会釈を返した。


「あ、初めまして……スズネと言います。あ、この子は使い魔のアルです」

「もふん」

アルが愛想よく鳴くが、カイルの表情は微塵も緩まない。


「……失礼ながら。聖女といえば、清廉なる法衣をまとい、杖を手に奇跡を振るう存在。……このような、年端もいかぬ、失礼ながら防御力も皆無な装いの娘が、あの賊の軍勢を退けたとは……正直、信じがたい」


「カイル! スズネ様に対して失礼だぞ!」

騎士団長が慌てて制するが、カイルは一歩も引かない。


「団長、私は自身の目で見たものしか信じませぬ。……スズネ殿。貴女が本当に『女神サクラ』を宿す聖女であるならば、その御力の一端、私に見せていただけますか?」

カイルが腰の剣に手をかけた。


え、ちょっと待って。

戦うの? また変身するの?

あたし、まださっきのパンチの筋肉痛が残ってるんだけど!


「……カイル、よせ! スズネ様は女神降臨の代償でひどくお疲れなのだぞ!」


「ならば、その傍らにおわす『聖獣』殿でも構いませぬ。聖獣とは、主を守る最強の盾。私の剣を受け止めるくらいは造作もないはず――」


『……鈴音。こいつ、僕を「ただのペット」だと思って舐めてるね?』

脳内に響くアルの声が、心なしか低くなった。


……あ、これ、まずい。

「あ、あの! カイルさん! アルを怒らせると――」


あたしが言いかけるより早く、カイルが「お覚悟!」と剣を抜き放った。

ただし、相手はタヌキ(アル)だと思ったのか、峰打ちで軽く小突くような動き。


その瞬間。

アルが「フンッ」と短く鼻を鳴らした。


キィィィィィィィンッ!!!


カイルの長剣が、アルの鼻先数センチのところで見えない壁にぶつかり、火花を散らして弾き飛ばされた。


「な……ッ!?」

凄まじい反動に、カイルの腕が大きく跳ね上がる。


アルは動じず、ただ「もふぅ」とあくびをしてみせた。


「……ま、魔法障壁? 無詠唱で、これほどの強度を……?」

カイルは呆然と、自分の震える手とアルを見つめている。


「……スズネ殿。そして、聖獣アル殿。……大変な非礼を。貴女様方は、本物だ……」

カイルがその場に膝をつき、深く頭を下げた。


……チョロい。この世界の騎士、意外とチョロいかもしれない。


「わかれば良いのだよ、カイル。さあ、スズネ様。今度こそ中へ。この国を脅かす『魔導錫』の利権問題……聖女様のお知恵を拝借したいことも山ほどあるのです」


伯爵の笑顔に促され、あたしはカイルの横を通り過ぎる。

横目で見えたカイルの耳が、心なしか真っ赤になっていた。

……恥ずかしかったのかな。


こうして、あたしには「堅物な護衛騎士」という、新しい信者が加わったのだった。

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