◆◆◆夏希 an origin:夏に生まれた私の希望

蒲公英薫

◆◆◆夏希 an origin:夏に生まれた私の希望

+++ Natsuki Kirishima's personal experience +++


 夏希なつき、夏希、あなたの名前は夏希。

 夏に生まれた私の希望。


 私は赤子を身籠ったときから、ずっとお腹の中の子どもに「夏希」とテレパシーで語りかけていた。

 夫のお母さんは厳しい人で、先行覚醒者の私のことをあまりよく思っていなかった。


 同じ先行覚醒者の仲間と別れ、大分おおいた県の杵築きつきという街に引っ越してきた当初から、私は話し相手に不自由をしていた。


 私の母は、アウロラの中でも名前を知られた高位の能力者として、「七賢の一人」である「星読ほしよみ」様とも親しくさせていただいていたという。

 一方で、娘の私は母のような特別な能力にも恵まれず、ESPのスコアも低いものだった。


 杵築市は仲間のいる東京から、直線で、ほぼ八百キロ離れている。

 私の出力の低いESPでは、遠く離れた地で暮らす気心の知れた仲間とは到底話すことができなかった。


 だから、自然、私はお腹の中の夏希に一方的に話しかけるようになった。


 私の有するESP能力は情報伝達・共有能力のレベル五まで。

 ESPのスコアこそ低いけど、認識共有能力パーセプション・ネクサス、特に視覚情報の共有には自信があった。


 私は対象限定のテレパシーで身の回りのいろいろなものを「きれいだね」「可愛いね」と愛で、それらの視覚情報をお腹の中の夏希と共有して過ごした。


 夏希を身籠ってから、半年ほども経っただろうか。


 いつものように私が「夏希」と呼びかけると、お腹の中の彼女が私の子宮の壁を蹴り上げた。


 ――ぽっこん。


 すごく優しいそのキックは、わたしを驚かすよりも、むしろ大いに喜ばせた。


「夏希」とわたしが呼びかけると、彼女は決まって、ぽっこんと子宮の壁を蹴ってくる。


「(夏希、わたしの声が聞こえるの?)」

 ――ぽっこん。


「(夏希、ヒマワリを見せてあげましょうか?)」

 ――ぽっこん。


 その日から、夫の故郷に越してきて孤独を味わっていた一人ぼっちの私に、娘という話し相手ができた。


 素敵なお花や、きれいに澄み渡った青空。

 小さな小さな杵築城。


 そういう、私が好きな風景を見せると、夏希は決まって、ぽっこんとお腹の中を蹴るのだった。


 テレパシーは言語情報を伝えるものではない。

 受け手が勝手に言語化しているから、言葉として聞こえるのであって、本来の情報は言語化しやすいイメージ情報に近い。


 だから、私は早い段階から夏希の名前を呼ぶだけではなく、


 どんなに、あなたを愛しているかということ。

 どんなに、世界が美しいかということ。


 それを、毎日毎日、娘に語りかけていた。


 彼女の中で「愛してる」という言葉が、どのような形で伝わっているのかはわからない。

 だけど、「好き」というイメージを夏希に伝えると、彼女は決まってお腹の中で喜んでいるかのように全身を動かすのだ。


 やがて、臨月が過ぎ、私は夏希を出産した。


 夏希は産道を通る苦しさで出産直後は大泣きしていたけど、すぐに愛らしい笑顔を見せた。


 そして、まだほとんど見えない瞳でわたしの顔を見つめると、「好き」とテレパシーで伝えてきた。


 わたしはさすがに驚いた。

 そして、娘の初めてのテレパシーに全力で答えた。


「(わたしもあなたが大好きよ、わたしがあなたのお母さんなのよ)」


 そう、何度も何度も語りかけた。


「好き」というイメージは、彼女の中で言語化こそされていなかったにせよ、感覚としては完全に理解ができていたようだった。


 だけど、「母親」という概念は、さすがに理解が難しかったようだった。


 それでも、私に「好き、好き」と伝えてくる夏希はとても可愛らしかった。

 生後ニケ月もすると、夏希の目は完全に開いて目にするもの全てを「好き、好き」と表現した。


 私は何でも「好き」という彼女に、少し区別をつけて欲しくて、私のことは「とっても好き」と言ってねと伝えた。

 そして、あなたのことも「とっても好き」。


 ヒマワリは「好き」。

 青いお空も「好き」。

 かわいい動物も「好き」。


 でも、あなたのことは「とっても大好き」。


 そんなふうに教えていくと、いつしか、夏希も私のことを他の好きなものと区別して、「とっても大好き」と伝えてくるようになった。


 産後の肥立ちはあまり良くなかった。

 私は体調を崩して寝込むことが多くなった。


 そんな私のかたわらで夏希は相変わらず「好き、好き」を連発していた。

 もちろん、私のことは「大好き」だ。


 そんな私の心配事は、夏希のESPが非常に強力なことであった。

 まだ、対象の限定ができない夏希の全体テレパシーは、感情が高ぶると遠く離れた東京にまで届き、心配した東京の仲間から電話で連絡が入るほどだった。


 そして、驚いたのは、「星読み」様が夏希のことを気にかけてくれたことだった。

 コントロールできない未熟なESPのせいで周囲に疎まれ始めた夏希に、「星読み」様は小さなサイコジャマーを授けてくれた。


 私はそれを夏希につけた。

 すると、彼女のテレパシーは遮断され、私は再び話し相手を失った。


 私はテレパシーの代わりに、夏希に積極的に言葉をかけるようになった。


「私があなたのお母さんよ、好き好き大好き!」


 夏希はサイコジャマーのせいでテレパシーを発信することができなかったけれど、「あー、あー」と可愛らしい声をあげて、私の呼びかけに答えてくれた。


 私の体調は良くなるどころか、どんどんと悪化していった。

 もはや、回復の見込みがなくなった頃、夫は私にもしものことがあったときには夏希を「星読み」様のところに連れて行くと約束してくれた。


 星読み様が住んでおられるサイオポリス自治府には、小学校入学以前の幼児も引き取ってくれる施設があるという。


 私は少し安心し、力の入らない手で夏希の頭を撫ぜた。


「好き好き大好き」


 ……そんなわたしに、ついに最後の日が訪れた。


「おはよう、あなた。今日はまったく力がでないの」


 私は夫に頼んで、夏希の頭に被せていたサイコジャマーを取り外してもらった。


(好き好き大好き (*'▽'))


 久しぶりの夏希のテレパシーだった。


 驚いたことに、夏希のテレパシーには大量のサイコノイズが含まれていた。


 だけど、そのノイズは私の心を乱したり、落ち込ませることもなく、ただニコニコと太陽のような夏希の素直な感情が、まるで顔文字のように、頭の中にポコっと浮かんでくるようなものだった。


(好き好き大好き(*'▽'))

(私もあなたが好き好き大好き)


 最後の瞬間がやってきた。


 私はもはや自分からテレパシーを発することもできず、ただ夏希の優しいテレパシーを感じているだけだった。


 目の前に真っ暗なとばりが下りてくる。

 その、闇の中に、夏希のテレパシーが優しく響いた。


(好き好き、大好き。……大好きだよ、お母さん (#^^#))

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