【短編】ダンジョン配信が当たり前になった世界で生きる切り抜き職人の末路

田島ユタカ

ダンジョン配信が当たり前になった世界で生きる切り抜き職人の末路

 これで編集終わり。

 後はアップロードして……よし、今日の編集作業はここまでにしよう。

 明日も仕事だからな。


 さて寝る前にチャンネルの様子を見るか。

 俺はパソコンでアナリティクスの画面を開いた。


 アクセス数と登録者数は、順当に伸びてるな。

 さすが俺の推しだ。


 若くて愛嬌があるし、何と言ってもモンスターとの戦闘も華がある。

 キャラ、ビジュ、バトル、ダンジョン配信における視聴者受け三大要素全てを備えてる完ぺきで無敵の配信者。


 いち切り抜き職人でしかない俺でも誇らしい気持ちになる。


 モンスターがはびこるダンジョンの探索が一般市民に解放されてから早10年。

 初めは食詰め者の駆け込み寺だったのが、今では高校卒業後の進路の選択肢にまで入る始末。


 有名になりたい。

 億万長者になりたい。

 歴史に名前を残したい。


 夢と野心と欲望を内に秘めた命知らずな連中は、今頃ダンジョンで血と汗と涙を流してるのだろう。

 乗っかってる俺が言うのもなんだけど、世も末だと思う。


 ちなみに俺には、ダンジョンを探索する度胸もスキルもない。

 代わりに副業として、推しのダンジョン配信者の切り抜き動画をあげてる。


 俺の若い頃にもダンジョン配信があったらよかったのに、とボヤいても栓なき事。

 何歳になっても、今を生きるしかないのだ。


 それでダンジョン探索向けの才能がない中年の俺は、すがりつくように切り抜き職人になることを選択した。


 俺みたいなやつはごまんといる。

 舞台が舞台なだけに、どんな配信者でも一定の撮れ高の期待値が高いからだ。


 まあ同業者の中には、男性配信者同士の官能的な刺激をもたらす絡み、女性配信者のきわどいアングル、ダイジェストと称して配信者の死亡シーン、初心者が殻を破る熱いシーン等、多岐に渡る視聴者の性癖ニーズに狙いを定める不埒な輩もいる。

 でも需要がある事も理解できるので、公には非難しない。


 それに切り抜き職人の存在は、配信者かれらにとってもメリットがある。

 命懸けの冒険が終わった後は余計なことをせず、休息に充てたいと思うのが現代社会で生きる人間というもの。


 俺だって本業が高収入なら仕事が終わった後は、のんびりと酒を飲んで過ごしたい。

 低賃金の底辺社畜だから副業をしてるわけだけど。


 でも副業のおかげで人生の展望が明るくなった。

 こんな手狭のボロアパートから清潔で広い新居への引っ越し。

 それだけでなく半ば諦めてた結婚も視野に入る。


 ちなみに俺は、昔ながらの推し配信者の切り抜きで、大体3人くらい併行してる。

 それが性に合ってると自負してるし、何より副業だから長続きするやり方を選択した。


 危険から遠い場所にいると必然的に人生が長くなる。

 だから極力、ストレスを貯めない方法を模索する。


 そう。

 安心安全の切り抜き職人とはいえ、どうしてもストレスが溜まる。

 いくらAIが発達して編集作業の速度があがっても、こればかりは避けられないのだ。








 数日が経ったある日、その時が訪れた。

 推し配信者の死。


 最初の一人目は物凄いショックで数日間、仕事に手が付かなかった。

 しかし二人目、三人目と重ねていく内に慣れた。


 今では推しの死の悲しみよりも、新たな配信者確保のためにリソースを割くストレスの方が上回ってる。


 推しというからには、亡くなった配信者に思い入れはある。

 でもよ『推してる』からといって、その人に俺の人生の全てを捧げてるわけじゃない。


 推しにスキャンダルが発覚したら怒りで爆発した後、しばらくは姿を見るのも嫌になり、時が経てば過去の人となり、どうでもよくなる。

 それに近い感覚だ。


 それが何度も起これば、どうしても慣れてしまうもの。


 ちなみに配信者が亡くなってもチャンネルを閉鎖するつもりはない。

 配信者の遺族または配信者が所属してた企業から閉鎖の要望が出るまで、俺の収入源になってもらう。


 初めは少しだけ良心を痛めたけど、わずかとは言え動画がまわって収益が入るや否や罪悪感が吹き飛んだ。

 年収増、新居への引っ越し、結婚、あわよくば子育て、という俺のささやかな人生プランを崩されてたまるか!


 そんなわけで、新しい配信者と契約することにした。

 日頃からアンテナを張って、有望なダンジョン配信者には目星をつけてるので、契約にこぎ着けるのは時間の問題だろう。


 ポートフォリオと実績は十分にある。

 おかげで個人勢との契約も容易。


 新しい配信者と契約を結ぶまでに時間はかからなかった。














 こうして推しの死と新たな推しを見出す副業を幾度も繰り返すこと数か月が経過。


 いつも通り本業の底辺社畜を終えて、小汚いアパートに帰る。

 着替えてから、割引シールが貼られた弁当をかきこみ、椅子に座る。

 ここ数年変わらないし、今後も変えるつもりがない俺の生活スタイル。


 そして副業のためにパソコンを立ち上げる。

 俺のいつものルーチンワークを開始する。


 ブラウザを立ち上げウェブメールを開く。


 俺は本業と副業をごっちゃにしないため、副業用のメールアカウントをスマホに設定してない。


 外に居る時は本業。

 副業は家に居る時、とキチンと決めておかないと、ただでさえミジンコな集中力が削がれる。


 加えて、同業者のコミュニティには何一つ属してない。

 他の同業者と比較したりされたりで余計なストレスを抱えないようにするため。

 ネット上とは言え、人間関係は最小限にしたい。

 年収は高く、境界密度は低い方が生きやすいのが現代社会というもの。


 どれどれ、複数の契約者からメールが複数届いてるな。

 別に珍しくない。

 俺が投稿した切り抜き動画への要望や感想が送られてくるのは、いつもの事。


 俺は平和主義なので、余程の事が無い限り要望は受け付けるスタンスだ。


 メールを開く。

 文面を見て、愕然とした。


 別のメールを開く。

 文面を見て、余計に落ち込む。


 ワラにもすがる思いで、メールを何度も読んだ。

 しかし穴が開くほど読んだところで、内容が変わるわけがない。


 色々と形式ばった文章だが一言にまとめると契約の打ち切り。


 しかも理由が書いてない。

 まるでお祈りメールだ。


 俺が契約してる3名のダンジョン配信者から同じ日に契約解除のメールを受信。


 顧客の内訳は、個人勢が1人、企業勢が2人。

 企業勢の2人は、それぞれ別の事務所に所属してる。


 どう考えても不自然としか言い様がない。


 深呼吸をして、冷静になる。


 俺の成果物に落ち度はないはず。


 だからこそ、一方的な契約解除に納得しかねる。


 しかし、裁判を起こす気にはなれない。

 副業の収入は生活費の足しになる程度で、単独では自立するには心許ない。


 だから裁判は、タイパもコスパも悪すぎる。

 むしろマイナスになるのは火を見るよりも明らか。


 それを見越して契約解除したのだろう。


 それなら新しい契約者を見つける方が遥かに有意義というもの。


 俺は気を取り直して、有望なダンジョン配信者に声をかけた。


 しかし、契約の話以前に、門前払いを受けるばかり。


 配信者にダイレクトメールを送れば即ブロックが当たり前。

 丁重なお断りすら稀。


 事務所のフォームから応募しても、返ってくるのはお祈りの定型文。

 お得意様の事務所でも同様の返答。


 契約の話どころじゃない。


 一体、何がどうなってるんだ?


 まるで世界そのものから拒絶されたかのような絶望が圧し掛かる。








 理不尽な契約解除から一週間が経過した。


 いつも通り本業の底辺社畜を終えて、小汚いアパートに帰る。

 着替え、食事といつものルーチンを終えてから、切り抜き動画の営業を始める。


 ダンジョン配信の勢いは右肩上がり。

 足踏みしてる内に、俺の機会損失は増えるばかり。


 こんなことで副業の収入を諦めるつもりはない。


 結婚相談所で伴侶を見つけて、広い新居に引っ越して家庭を作り、平凡で慎ましい生活を送るための、人生逆転プランを台無しにされてたまるか!


 しかし、ここ一週間、いくら営業をかけても成果がない。


 このまま同じことを繰り返しても事態が好転する気がしない。


 ……アプローチを変えたほうがよさそうだ。

 仕方がない。

 ここは二度と同じ轍を踏まないためにも、一週間前の契約解除の要因はハッキリさせよう。


 急がば回れ、だ。


 俺はダンジョン配信者が所属する事務所に片っ端から連絡を入れた。


 丸一日が経過する。

 覚悟はしてたが、未だに梨のつぶて。

 村八分にされた気分だ。


 でも、ここで投げ出すつもりはない。

 とにかく昨日とは違う事務所にも連絡を入れる。

 ついでに仕事中でもメールを確認できるように、メールアカウントをスマホの設定をした。


 翌日。

 案の定、返信が気になりすぎて、仕事に集中が出来ない。

 こうなるとわかっていたのに、何故やってしまったのか。

 一日中、気をもみながらの仕事は、無駄に気苦労を重ねた。


 仕事が終わり、スーパーで買い物をしてから帰宅する。

 そして、いつものように割引シールが貼られた弁当をかきこんでる時、通知音が鳴った。


 プッシュ通知に記載された掲題は『キリトリ様のお問い合わせの件について』とある。

 たった1通のメールなのに、心と体がバカみたいに軽くなった。


 すぐさま食事を中断して、メールを開く。


 本文を見た俺は、自覚できるほど頭に血が昇っていた。

 もし対戦ゲーム中なら台パン不可避なほどに全身が温まってるに違いない。

 それほどまでの憤りを感じてる。


 その矛先は、返信をくれた事務所に対してではない。

 メールに書かれてた『俺と契約しない理由』だ。


 3行にわたってツラツラと書いてあったがまとめると、様々なメディアで『俺に切り抜かれたダンジョン配信者は一週間以内に死ぬ』という噂を目にしたから契約したくない、だそうだ。


 そんなバカな理由があってたまるか!


 確かに直近10名くらいは立て続けに、契約して一週間以内にダンジョン内で亡くなってるけどさ。

 それは配信者の問題だろ?


 何で俺のせいになるんだよ!

 責任転嫁も甚だしい。


 くそっ!


 メンタルを安定させるため、自分のペースを崩さないように、同業者のコミュニティを避けてたのが裏目に出たとでもいうのか。


 ……正直言って怖いけど、俺についてどんな誹謗中傷があるのか、受け止める時が来たようだ。


 SNS、ブログ、動画に寄せられた視聴者のコメント、ダンジョン配信者の投稿を手あたり次第、目を通した。


 確かに、俺ことキリヌキへの誹謗中傷がそこら中で目につく。


 その中には、俺のことを『死神』と呼ぶ連中まで現れる始末。

 名前の由来は、メールの本文にもあった『俺に切り抜かれたダンジョン配信者は一週間以内に死ぬから』だそうだ。


 失礼な連中だ。

 そんな大層な二つ名を賜るほどの才能が俺にあるなら今頃、零細企業の底辺社畜に甘んじてるわけねェだろうが!


 むしろ、そんな能力があるなら一山当てて、毎日割引シールが無い弁当を食ってるよ!


 顔が見えないのをいいことに好き放題いいやがって。

 風評被害もいいところだ。


 ああ、もう!


 死神に罵詈雑言浴びせる不敬な奴らにバチ当たんねェかなー。

 放火魔がお咎め無しで、俺だけ火だるまなのは納得いかねェ!

 生まれてきたことを後悔するくらい苦しんで欲しいわー。


 はぁ……愚痴ってても仕方ない。


 原因はわかった。

 確かに『死神』なんてレッテルが貼られてる人間と契約したくないのはわかる。


 俺だって、そんな二つ名を持つヤバイ奴とは関わりたくない。

 危険と隣り合わせのダンジョン配信者から尚の事だろう。


 思案を巡らせながら、ダンジョン配信系のネットメディアを漁る。

 ネット上では今も尚、キリトリ=死神が拡散中。

 もはやミーム化しそうな勢いすら感じる。


 ……さて、どうしたものか。









 俺が『キリトリ』という名前を捨ててから、半年が経過した。

 その間、死神のレッテルから逃れるため、VTuberやゲーム配信者等のネットストリーマー系の切り抜き職人へと鞍替えした。


 何時の世も、逆張りや流血沙汰が苦手な層は一定数いる。

 おかげで全盛期ほどではないがネットストリーマーの需要は健在。


 活動名を変えても、契約を結ぶ時に本名を明かした時に難色を示す人も居た。


 ネットストリーマーに危険はない。

 その事を理解してる人と出会い、契約を結び、今に至る。


 新しい副業は順調だ。

 だが抱えてるクライアントの数と労力が爆増したにも関わらず、収入は激減した。


 メインストリームのダンジョン配信に比べたら、再生数の桁が違う。

 それでも無いよりかはマシだ。


 それと、いくつかの動画編集者のコミュニティに属する事にした。

 別に人恋しいとか売名ではない。

 下らないレッテルを貼られないよう監視するためだ。


 その甲斐があったかは定かでは無いが、半年前の炎上が嘘のように『死神』は消えた。


 信じられない事に俺がダンジョン配信界隈から遠ざかるのと同時に、ダンジョン配信者の死亡者数が激減したらしい。


 おまけに『幸運の切り抜き職人』とかいう、お目出たい二つ名の職人が台頭。

 何でも、その人に切り抜かれた配信者は、どんなピンチでも五体満足で切り抜ける幸運を手にするようだ。


 バカバカしい。

 俺なんて未だに『死神』という単語を見ただけで火傷の跡が疼くってェのによ。


 お前らが昔、火あぶりにした死神は、血眼で割引シールが貼ってある弁当を漁る底辺社畜だぞ!

 すげえだろ。

 慎ましいだろ。

 主食が魂じゃないだけありがたく思え、クソ共が!


 こうして俺は人生設計がズタボロになりつつも、どうにか平穏な日常を取り戻した。


 さらに一か月が経過した時、コミュニティのスレにリンク付きのチャットが投稿された。


「ここ最近、こいつに切り抜かれたダンジョン配信者がすぐに亡くなるんだとよ」


 その文面を見た瞬間、背筋が凍りついた。

 心拍数が急上昇し、息が荒れて、胸が苦しくなる。

 それでも震える手を無理矢理動かして、チャットに返信をした。


「まるで死神だな」と。

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