捜査から二日後。


 放課後のプールには、オワリちゃんに呼び集められた水着姿の水泳部たち。幽霊部からはわたしとオワリちゃん。なぜかは分からないけど成井さんも前島くんもいなくて、それをプールへ向かっているときに聞くと、


「ああ、優は時々、どこかへ行ってしまうんだ。ひとりくんは彼女との予定があるそうだ。わたしは放任主義だから、だれかを強引に連れまわすことはしないんだ」


 と、強引に連れられてきたわたしに答えた。


 前島くんに彼女がいるという新情報が頭から離れないわたしの横に立つオワリちゃんが、満を持して口を開く。


「曳田先生、金川ちゃんのスランプを治したくはないですか?」

「どういうことだい、四方末さん?」


 訳が分からないといった顔で曳田先生が訊き返す。

「わたしが金川ちゃんのスランプを治します」

「本当に元に戻るなら戻ってもらいたいよ。でもそれは水泳部のためじゃなく彼女自身のためだ。可愛い教え子の苦しんでいる姿はもう見たくない」


 曳田先生が金川さんを気遣うようにチラと見てから答える。


「さすが教師の鑑ですねえ。人気があるのもうなずけます」


 一気に重くなった場の雰囲気なんかどこ吹く風でオワリちゃんが軽口をたたく。


「でもスランプを解決するって、どういうことかよく分からないな」


 戸惑う曳田先生に、


「まあわたしを信頼して、なにが起きても最後まで見守っていてください」

「それは――」

「――お願いします曳田先生。わたしが水泳部そのものを救ってみせます。金川ちゃんのスランプだけでなく、色々と問題を抱えているようですからねえ」


 と、オワリちゃんがいつもの不気味な笑みを浮かべながら答えた。


 水泳部そのものを救うってどういう意味なんだろう? オワリちゃんが言っていた金川さんへのお仕置きとなにか関係があるのだろうか?


「……分かった。一旦は信じるよ」


 オワリちゃんの圧に負けたのか、諦めたように曳田先生が言う。


「ありがとうございます。では早速本題ですが、金川ちゃんのスランプの原因は河童です」

「カッパって、あの河童?」


 曳田先生と水泳部員たちはどうリアクションをしていいのか分からないみたいで、それは金川さんも同じだった。


「ふざけないでよ、わたしは真剣に悩んでいるのに!」


 金切り声を上げる金川さんに、


「ふざけてなんかいないよ。いくつかの状況証拠から、きみが河童に取り憑かれているのは紛れもない事実だ」


 本格的にザワザワとする場を見渡して、オワリちゃんが言葉を継ぐ。


「まず河童についてだが、およそ三百年前にこの場所にあった罅池という名の池に住んでいたヤツだ。そいつは近くを通る女だけを狙い池に引きずり込んで多くの犠牲者を出していた。だがある日、徳の高い坊さんが現れて河童を石に封印したんだよ。そして――」

「――待って。馬鹿馬鹿しいけど、あなたの話が本当なら、河童は封印されているってことでしょう。そもそもわたしとはなんの関係もないし、取り憑かれる理由がわからない」


 話の腰を折られたことに苛立った様子も見せずに、オワリちゃんが続ける。


「最後まで聞けば分かるよ。さて、その石なんだが、なんとこの学校の敷地内にあるんだよ」

「そんなの、聞いたこともない!」

「いや、きみも知ってるはずだよ。にあるんだ」


 わたしにはやっぱりチンプンカンプンだったけれど、オワリちゃんの言葉を理解したのか金川さんは途端に青ざめた。


「あ、あの、どういうことですか?」


 わたしだけ理解していないのが悔しくて思わず口を挟むと、


「ああ、そうか。きみは新入生だからまだ石のことは知らないんだったな。要ちゃんに教えてやってくれないか、金川ちゃん」


 オワリちゃんに促された金川さんが、歯ぎしりでもしそうなほど険しい顔で、


「あれは……『恋愛の神様』だって言われている」


 と、吐き捨てるように答えた。


 まったく意味が分からない。なんで河童石が恋愛の神様になるのか。


「合点がいってないようだね、要ちゃん。きみも確認しただろう。あの石になんて書かれていたのか」

「はい、たしか『愛染明王』ですよね?」

「そう。確認できる字は『愛』と『明』だけだが、『明』の字はよっぽど注意しなければ読めないほどかすれていた」

「……なるほど。『』の字だけが書かれた石だとみんなは思っているってことか」


 水泳部員たちがザワザワとしている。あの石に書かれていたのが『愛染明王』とかいうよく分からない神様の名前だなんて思ってもみなかったのだろう。わたしだってオワリちゃんに教えてもらわなかったら、いずれ噂話を聞いて河童石を恋愛の神様だと信じてしまっていたかもしれない。


 オワリちゃんは金川さんに持ち込まれたこの事件の真相に、わたしではとても思いつかないセンスでたどり着いたのだ。


「おや、金川ちゃん?」


 愉快そうにするオワリちゃんの視線の先で青ざめる金川さんの額に、じっとりと汗が浮いているのに気づく。


「あの石になにをしたのかは、きみがいちばん分かっているだろう?」

「そ、そんなわけ……」

「プール裏の石だが、もともとあった位置から離れた場所に倒れていたよ。きみが蹴り倒したとわたしは思っている。どうだい?」

「それは……」


 押し黙る金川さん。それが答えなのだろう。


「そこでひとつ質問だ、金川ちゃん。きみはなぜ石を蹴り飛ばした?」


 意地悪すぎる。


 あれが恋愛の神様だとしたら答えはひとつだ。オワリちゃんの推理どおり、金川さんはプール裏で誰かに告白をしてフラれた。今までの金川さんを見ていると、とてもプライドが高い人なのは分かる。フラれたことが許せなくて、恋愛の神様を蹴り倒したんだ。


「わたしは、そんなことしていない!」

「ふっふっふ。まあ安心したまえ。ここまでは余興だ。依頼どおり河童は退治してやるよ。金川ちゃん、こっちへ来てくれ」


 オワリちゃんに手招きされて歩み出た金川さんが、プール側に向けられてプールサイドに立たされた。


「どうする気?」


 不安げに訊く金川さんの背中を、


「こうするんだよ!」


 とオワリちゃんが思い切り蹴り飛ばしてプールに落とし、わたしを含めたみんなが唖然とするなかで水しぶきだけが聞こえた。


「ぷっはあ。なんなの⁉」


 水面から顔を出した金川さんがむせながら怒鳴る。


「河童はきみがプールにいるときにしか姿を現さない。だからしばらくここにいてくれ」

「ふざけないで!」


 プールを出ようとする金川さんの肩をおさえて、微笑むオワリちゃん。


「まだだ。まだだよ、金川ちゃん。これはわたしを侮辱したきみへのお仕置きだ!」


 冷たい言葉に金川さんが凍りついたそのとき、対岸の水中に黒い影が現れ猛スピードで金川ちゃんに近づいてきた。


「いやあああ!」


 恐怖のあまりに叫び出す金川さんの肩をがっしりと掴んだままのオワリちゃんが、遂にこらえきれなくなったのか笑い出した。


「随分と怯えているじゃないか。みんなの前で恥をかかされただけでは飽き足らず、泣き顔まで曝け出すつもりか? いつもの強気はどうした、根崩高校の魚雷ちゃん!」


 これがお仕置きか。きっとほかの水泳部の前で金川さんに恥をかかせることがオワリちゃんの計画なのだ。河童石が『恋愛の神様』と呼ばれていることを教えてくれなかったのも、わたしが質問するように誘導して金川さんに答えさせるためだったのだろう。


 終わっているオワリちゃんの性格に呆れている間にも金川ちゃんにどんどんと近づいてくる黒い影は最初に見たときと印象はおなじで、とても微弱な力しかないように見えた。それこそ、オワリちゃんからすればデコピン程度の力で祓えるくらいなのだろう。だからこそギリギリまで怯えさせようとしているんだ。


 と、その時、あまりの状況に金縛りにあったように動けない水泳部員たちの中から走り出た梶宮さんが、勝利宣言のように笑い続けるオワリちゃんのお尻を蹴り飛ばした。


「へ?」


 ポカンとするオワリちゃんが一回転して大きな水しぶきを上げながらプールに落ちる。


「美保!」


 梶宮さんが震える金川さんをプールから引き揚げ、そのまま強く抱きしめた。


「怖かったよお……」


 あの金川さんがすっかり弱気になって、梶宮さんの胸の中で泣きじゃくる。


「ごめんよ、美保。告白されたとき、ぼくには自信が無かった。ぼくは弱い人間だから、きみみたいなすごい人間に相応しくないと思ったんだ」

「あんたは弱い人間なんかじゃない。昔も今もずっと支えてくれたじゃない。わたしが好きになったひとなんだから自信を持ってよ、お願い!」

「美保……」


 極限状況で本音を曝け出しあった金川さんと梶宮さんが見つめ合う。


 やっぱり金川さんが告白をした相手は梶宮さんだった。金川さんがスランプに陥った日を梶宮さんが明確に覚えていたのは前の日に告白されたからだったのだと納得していると、いつの間にか周りの水泳部員たちが祝福ムードになっていた。


 一体なんなんだ、この状況はと思いながらプールを見ると、ずぶ濡れのオワリちゃんが河童の搾りカスと殴り合いをしていた。


「意外としぶといじゃねえか、この野郎!」


 オワリちゃんにアッパーカットを決められてよろめいた河童がすぐさま体勢を戻してオワリちゃんにジャブを三発もお返しする。河童って、ジャブするんだ。


一方、プールサイドでは梶宮さんが金川さんの肩を優しくつかんで、


「きみを幸せにできるかは分からない。だけどぼくでよければ、付き合ってくれる?」


 と、金川さんに告白をしている光景が繰り広げられていた。


「当たり前でしょ。あの日も言ったけど、わたしは健じゃなきゃダメなの」


 涙を拭いた金川さんが微笑む。その笑顔は、まさに憑き物が落ちたようにキレイだった。


 すごくキュンキュンするものを見させてもらったなってこっちまで幸せな気分になりながらまたプールを見ると、鼻血を出したオワリちゃんが肩で息をしていて、いつのまにか河童の搾りカスはいなくなっていた。悲しいことに、だれにも見られないまま退治してしまったらしい。


「美保、ほんとに良かった。なにもなくて」


 涙ぐんだ佐竹さんが安堵しながら言った。


「わたしはあなたがライバルだったから水泳を続けてこられたの。今までは距離があったけど、これからは一緒にがんばっていこう。ねえ、みんな?」


 佐竹さんの言葉に水泳部員たちが一斉にうなずき、口々に「当たり前だろ」とか「おめでとう」とか「わたしもごめん」とか、清々しいほどにひとつになってゆく。


「……ありがとう。みんなも今までごめん」


 金川さんの本音のすべてが吐き出され、オワリちゃんの言ったとおり水泳部そのものが救われた。


「待て待て、待てーい!」


 河童みたいにずぶ濡れのままハッピーエンドに近づいていくオワリちゃんの行く手を、わたしは咄嗟に遮った。


「オワリちゃん、やめておきましょう」

「いや、まだお仕置きが――」

「――ハッピーエンドに水を差すのは、無粋な真似ですよ」

「ぐぬぬ」


 わたしの制止にぐうの音も出ないオワリちゃんのもとへ、金川さんが歩み寄る。


「ありがとう。河童を祓うだけじゃなくここまで考えていたのね。あなたは落ちこぼれなんかじゃない、認めてあげる」


 上から目線で感謝の弁を聞かされた挙句に抱きしめられたオワリちゃんは、


「そ、それは良かったな。ぜんぶわたしの計画どおりだ」


 と、悲しいウソをついた。


「ありがとう、四方末さん。水泳部はきみに最大限の感謝をするよ」


 曳田先生が拍手をし、水泳部からも大きな拍手が巻き起こった。


「こ、これにて一件落着ですね。あー、良かった、良かった」


 金川さんを引き離し、


「『プールの怪』は、このわたしヨモスエオワリが終わらせました!」


 と見得を切って、オワリちゃんはそそくさとプールを出て行った。ひとり残されたわたしも、ハッピーエンドな水泳部に頭を下げてあとを追った。


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