オワリちゃんが終わらせる
ノコギリマン
第一話 プールの怪を終わらせる
1
四月。
はじまりの季節。
受験勉強を死ぬほど頑張った甲斐もあって高校受験に合格したわたしは、壇上の女子生徒副会長の挨拶を聞きながら「がんばって本当によかったな」と心の底から思っていた。
挨拶の前に「
「――最後に、新入生のみなさんへ『失敗は若者の特権であり、糧である』という言葉を贈ります。失敗を恐れずに、さまざまなことに挑戦していきましょう!」
とてもいい言葉だ。色んな挑戦をして、いつかあのひとみたいになれるようがんばろう。
新しい門出に、わたしの胸は希望でいっぱいになった。
入学式が終わり教室に戻って先生を待っていると、引き戸を勢いよく開いた女子生徒が颯爽と入ってきて、当たり前のように教壇へ上がった。
「ようこそ
ざわつく教室をねっとりと見渡した猫背の女子生徒は、腰まで伸びるボサボサの髪、丸い黒縁メガネ、目の下にははっきりと分かるクマがあって、口を閉じている時でさえ、口角が不気味にゆがんでニヤニヤしているみたいだった。
「わたしは二年生のヨモスエオワリ。オワリちゃんと呼んでくれ!」
楽しそうに自己紹介をした女子生徒――オワリちゃんは、唖然とするわたしたちにかまうこともなく黒板に「四方末終」という汚い字を書き殴った。
とても信じられない名前だけど、そんなことよりもヤバイのは、オワリちゃんのとなりに立つ青白い顔の男子生徒だった。ギリシャ彫刻のような日本人離れした顔とスタイルのそのひとは、明らかに人間じゃなかった。
「あ、あの、なんなんですか?」
同じ中学だった同級生の宮下くんが立ち上がって訊く。サッカー一筋の男子で中学時代からずっとスクールカースト上位のリーダータイプの人だったから、こういうときはやっぱり頼りになるなとホッとする。
「自己紹介はすませたはずだが、きみは聞いていなかったのか?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「チッ、うるさいな」
正義は自分にあるとでも言いたげに宮下くんへ歩み寄ったオワリちゃんが、両手で彼の頬を包み込んでグッと自分の顔へ近づけた。
「きみ、名前は?」
「み、
あまりの至近距離に頬を赤らめる宮下くんの顔を黒板の方に向けて、
「蓮太くん、きみにはアレが見えるか?」
と、オワリちゃんが訊く。
「ア、アレ? あんたの名前のことか……?」
期待していた答えじゃなかったのか落胆するオワリちゃんに解放された宮下くんが、くずれるように椅子にへたりこんであっさりと敗北した。
「さて……」
教室中を見回したオワリちゃんと、まずいことに目が合ってしまう。
「きみ、名前は?」
クラスメイトの視線がわたしに集まる。
「い、磯崎要です」
怯えながら答える間に近づいてきたオワリちゃんに、宮下くんがされたのと同じに頬を両手で包み込まれた。オワリちゃんは、意外なことにとてもいい匂いがした。
「要ちゃん、きみにはアレが見えるか?」
黒板のほうへ顔を向けられ、ギリシャ彫刻さんと目が合ってしまう。
ここで「見える」なんて答えたらマズイことになる気がして、
「な、なにも見えません!」
と、わたしは裏返る声で必死に答えた。
「なにも?」
「は、はい。なにも」
苦し紛れに答えたわたしの顔を自分の方へ向けたオワリちゃんが、満足気な笑みを浮かべて――とつぜんキスをしてきた。
ああ、なんてことだ。わたしのファーストキスがいま奪われてしまった……
「おっと、すまないね。すこしばかり興奮してしまった」
頭がポーっとしたままのわたしは、至近距離で笑みを浮かべるオワリちゃんを見ながら生徒副会長の言葉を思い出していた。
これも、特権や糧としての『失敗』なんだろうか?
分からない。
「いやいやいや、ふたりもいた。前途洋々だな」
「いいことじゃないか。用が済んだのなら、さっさと帰ろう」
つまらなそうにしているギリシャ彫刻さんがオワリちゃんを促す。
「ふん、まあいい」
向き直ったオワリちゃんが、
「あれは
と、わたしだけに向けて言った。
オワリちゃんの言葉を理解できていないクラスメイトたちがポカンと口を開けている。
「ということで放課後、部室棟の一階の一番奥の部室に来てくれ」
まるで命令するように言って、オワリちゃんは成井さんとともに教室を出て行った。
嵐が過ぎ去りようやくホッとしたわたしは、静まり返るクラスメイト全員の視線が自分に向いているのに気がついた。
どうやらわたしは、高校生活の初日からとても大きな失敗をしたみたいだった。
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