Echoes of BLUE - 海の記憶

Glass Current Studio

プロローグ 青に溶けた残響

沖縄の海は、記憶の色をしている。エメラルドグリーンの浅瀬から、濃紺の深海まで。幾重にも重なる青のグラデーションは、まるで時間の層を映し出しているかのようだ。太陽の光が水面を貫き、揺らめく光の筋が海底のサンゴ礁を照らす。その光景は、何億年もの命の営みを静かに包み込んでいた。だが今、その蒼さは少しずつ失われつつある。


本美町(もとびちょう)の小さな港。潮風が頬を撫でる午後、ひとりの青年が海を見つめていた。アマネ。島育ちのメカニック兼潜水士である彼の瞳には、失われゆく海の色が映っている。塩を含んだ風が彼の黒髪を揺らし、Tシャツの襟を波打たせる。空気は湿っていて、肌にまとわりつくような熱気が体温を奪っていく。真夏の沖縄特有の、あの息苦しいほどの生命力に満ちた暑さだ。


「兄さん……」


アマネは自らに言い聞かせるように、低く声を漏らした。彼の兄、アツシは一年前、この海で消息を絶った。海洋生物学者だった兄は、サンゴの白化現象を研究していた。最後に残した言葉は「海が何かを教えようとしている」というものだった。それから数日後、兄の乗った小型調査船が無人で漂流しているのが発見された。船内には、奇妙な音を記録したデータチップだけが残されていた。


アマネは港の倉庫を改造したガレージで、兄の遺した古い潜水艇を修理している。「Chura Geo(ちゅらじお)」。琉球方言で「美しい」を意味する『Chura』と、地球や生命を表す『Geo』を組み合わせた名だ。美しい地球、美しい生命――海のすべてを包み込むその響きを、兄は気に入っていた。潮の香りが鼻腔を満たす。磯の匂いと、どこか甘い潮騒の香り。それは幼い頃から慣れ親しんだ、故郷の匂いだった。


「兄さんが最後に聞いた音……それが何だったのか、俺が確かめる」


アマネは懐から小さなデータチップを取り出し、夕日に透かした。プラスチックの小さな欠片。だがその中には、兄が命を賭けて残した何かが眠っている。それが何なのか、まだ誰も知らない。


地平線の彼方で、太陽がゆっくりと沈んでいく。蒼い海が茜色に染まり、やがて深い藍色へと変わっていく。空と海の境界が曖昧になり、世界全体が一つの青に溶けていく。その時、遠くから潮風に乗って、歌うような音が聞こえた気がした。それは幻聴だったのかもしれない。だが確かに、海は何かを語りかけていた。記憶は、まだ消えていない。海が、それを証明しようとしている。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る