雪の世界

まるたろう

第1話

視界は、真っ白。

いつからここにいるのかもわからない。

ずっと、前からここにいたような気もする。


裸足なのに、足は冷たくない。

きれいな雪だけが降っている。

音も色も吸い込まれたようで、世界は雪だけで満ちていた。


歩き出すと、足跡が残る。

僕が歩いた証を残すように。

振り返るたび、足跡はゆっくりと雪に覆われ形を失っていった。


少し歩くと、白いうさぎがいた。

赤い目をしていて、可愛い。

うさぎは僕に言う。


「ここは、眠りの国。」


「眠りの国?」


「眠りの国ではね、何もしなくて良いんだ。ただ、静かに雪が降るだけ」


うさぎの声は小さく、雪と混ざって耳の奥に沈んでいく。

うさぎの隣に座ると、ふわふわとした温もりを感じた。


「君は、なんでここにきたの?」


うさぎに問う。


「僕はね、1人が嫌だったんだ。」


うさぎの鼻がぴくぴくと動く。


「ずっと、大丈夫って笑ってたら疲れちゃったよ。」


どくん、と心臓が変な音を立てる。

嫌なことを思い出したときのように。

胸の奥に埋めていた何かが、わずかに軋んだ。


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昔々、あるところに1人の少年がいました。

少年はひとりぼっちが嫌いでした。

1人にならないように、と少年は魔法使いと取引をしました。

魔法使いは少年の心と引き換えに、笑顔の仮面を渡します。

少年が笑顔の仮面をつけていると、たくさんの人が少年のそばにやってきました。

でも、笑顔の仮面をつけていると、少年の心は少しづつ減っていくのです。

それが、取引の代償だから。

誰も心が減っていく音には気づきませんでした。

だって仮面は、とても明るかったから。


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また、雪の中を歩く。

次に会ったのは、きつねだった。


「眠りの国にようこそ。」


落ち着いた声で、きつねは言う。

きつねのそばに座るときつねはすぐにすり寄ってきた。

尾が雪を撫でるたび、細かな雪が光の粒となって舞い上がる。


「きつねくんは、どうしてここに?」


「私はね、ずっと嘘をついていたら疲れてしまったのさ」


「少し休憩してるってこと?」


「もう、戻り方を忘れてしまったよ」


その言葉は冗談みたいに軽かったけれど、瞳の奥は静かに沈んでいた。


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あるところに、1人の少年がいました。

少年はずっと笑顔でいました。

大丈夫?と聞かれても、何を聞かれても、心配されても、大丈夫!と笑顔で答えるのです。

しばらくして、誰も少年に大丈夫?と聞かなくなりました。

同じ答えしか返ってこないのですから、それはそうですよね。

笑顔の下で、言葉にならない声が小さく震えていることに誰も気づかずに。


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歩き続ける。

いつから歩いていたのか、わからなくなるくらいに。

雪は絶えず降り、空は同じ白のまま動かない。

おおかみに出会った。


「やぁ、少年」


おおかみは冷たい。


「こんにちは」


「お前は、いつも1人だな」


そう言い残して、おおかみはいなくなってしまった。

足跡も残さずに、風に溶けるみたいに。


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あるところに、1人の少年がいました。

ずっとニコニコしている少年のそばにはいつも人がいました。

でも、本当の意味で少年のそばにいるのは誰1人としていなかったのです。

少年は誰にも本当の自分を見せたことがなかったから、誰も孤独な少年を助けることができないのでした。

少年自身も、その孤独に気が付かないふりをしていたのです。


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真っ白な世界で、とても目立つ茶色いくま。

くまは、出会った途端に僕をぎゅうっ、と抱きしめた。

大きな腕の中で、世界の輪郭がゆっくりと遠ざかっていく。


「もう考えるのはやめようか」


「うん」


「もう、頑張らなくてもいいんだよ」


くまに抱きしめられたまま、座る。

周りにはさっき会った動物たちが。

雪は静かに積もり、音という音を優しく覆い隠していく。

動物たちは僕に寄り添って、眠りにつきはじめた。

あぁ、ここは眠りの国だもんな。

僕も寝よう。

瞼の裏まで白く染まり、思考は雪の下に沈んでいく。


**********************************


あるところに少年がいました。

少年は頑張って、頑張って、最後にはこわれてしまいました。

どこかで、誰かを頼れば。

壊れずにすんだのかもしれませんね。

けれど誰にも何も言えないまま、少年の言葉は胸の奥で雪になりました。


fin.

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雪の世界 まるたろう @marutaro_17

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