最後のエメラルド

赤城ハル

アジサイ

 大学から駅までは遠く、ほとんどの学生はバスに乗り、大学と駅を往復している。

 だけど俺は今、バスに乗れず、歩いて駅まで向かっている。

 あと5分早ければバスに乗れた。

 けど、ゼミの先生に雑用を頼まれたため遅れてしまった。

 次のバスまで25分。

 大学と駅は遠いが歩いて15分。

 25分待つのか15分歩くのか。

 どちらを選ぶのかというと、普段は待つ方を選ぶ。

 今はスマホがある。だから25分くらいは我慢できる。

 けれど、今日はスマホのバッテリーが少なく、俺はたまには歩くのもいいかと考え、駅まで歩くことにした。

 ──それが失敗した。

 途中で雨が降り、俺は急いで雨宿りできるところを探した。

 そして公園に東屋があるのを見つけた。

 その東屋には先客が1人いた。

「どうも」

「あら、工藤君」

 先客は同じゼミの小谷さんだった。小谷さんは東屋の木製ベンチに外側を向いて座り、けぶる雨を眺めている。

「ここで何を?」

「あなたこそ何を?」

 質問を質問を返された。今日の小谷さんはどこか不機嫌だ。

「俺は雨宿り」

 濡れた肩を叩く。

「そっちは?」

「同じよ」

 嘘だとすぐ分かった。なぜなら小谷さんは全く濡れていなかったから。

「嘘と思った?」

 心を読まれたかのように問われた。

「ああ。全然濡れてないし」

 俺は嘘を言わずに思った通りに返事をする。

「嘘じゃないわよ。アジサイを見てたら雨が降ってきたの」

 小谷さんは前方の花壇を指す。そこには青いアジサイが咲き誇っている。

「バスには乗らなかったの?」

「馬鹿なの? バスに乗ったらアジサイが見れないでしょ?」

「本当にアジサイを見てたの?」

「ええ」

 アジサイを見て、何が面白いのだろうか。

「向こうの右側のアジサイはピンクだけど、なんであっちは青いんだろうな?」

 正面のアジサイは青いが、右側にある別の花壇のアジサイはピンク色だった。

「土が酸性かアルカリ性かで色が決まるのよ。そんなのも知らないの?」

「知らないよ。なんだよ。今日は当たりが強いな」

「アジサイを見てたら、雨が降って、貴方が来たからよ」

「俺は別にいいじゃん」

「1人で見たかったのよ」

「アジサイが好きなの?」

「別に。ただ、うちの近所にアジサイがよく咲いていてね。梅雨といえばアジサイってイメージなの。それでこの前、たまたま見つけたのよ」

「ふうん」

「何よ。ふうんって、風流とかロマンとかない男ね」

「ん? よく見ると左側の花壇もアジサイだな。あっちは緑色なんだな。あれも土の影響?」

 左側にも花壇があり、そこにもアジサイがあった。緑色のためよく見ないと気づけない。

「……ああ、私も初めは珍しい品種と思ったけど、あれは葉化病のアジサイらしいわ」

「葉化病?」

「緑色になるアジサイ。治す方法はないらしいわ」

 つまりあとは枯れるだけか。

 緑色アジサイは雨に濡れて、艶を持っている。

「最後はエメラルドで映えるんだ」

 小谷さんは目を丸くして驚く。そしてふと笑い、「良いセンスね」と評した。

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最後のエメラルド 赤城ハル @akagi-haru

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