忘れない時計

@kiba2025

忘れない時計

ユウキは古い時計屋で働いていた。

店には様々な時計が並び、それぞれが過去の時間を抱えていた。

しかし、ユウキが最も興味を持っていたのは、店の奥にひっそり置かれた、壊れた掛け時計だった。


その時計は止まったままだったが、毎晩決まった時刻になると、微かに針が動き、誰かの囁きのような音を響かせる。

ユウキは不思議に思い、耳を澄ませた。すると、亡くなった人々の声、忘れられた約束、叶わなかった願いが聞こえてくるような気がした。


ある雨の夜、年老いた女性が店に入ってきた。

「この時計、私の父のものだったのです」と、震える声で言った。

ユウキはそっと時計を手渡した。その瞬間、針がわずかに動き、店内に温かい光が広がった。


女性の目から涙が溢れた。

「ずっと忘れていたけれど、父の時間はまだ生きていたのですね」と囁いた。

ユウキもまた、胸の奥にあった小さな寂しさが和らぐのを感じた。


その夜、店を閉めるとき、ユウキは気づいた。

時計が止まっていても、過去は決して消えない。

思い出や記憶は、人の心の中で静かに息づき、時には見えない光となるのだ。


ユウキは微笑みながら、店の扉をそっと閉めた。

街の灯りが雨に濡れ、柔らかく輝く中で、時間は誰も忘れない物語を静かに紡いでいた。

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