第10話 呉越同舟

 回復の早かったロイ、ガガン、シルフ、そして魔族の密偵の四名は、カーラの案内で覇王アンドレアの居城へ向かうことになった。

「しっかり掴まってな」

 カーラの背後、彼女が「ワイバーン」と呼ぶ二本足の飛竜の背にまたがる。翼竜は力強く羽ばたき、あっという間に空へ舞い上がった。

 眼下に広がる帝国の領土は、連邦とは明らかに異なっていた。

 道はまっすぐに整備され、農地は区画整理され、無駄というものが一切ない。すべてが「効率」と「統治」のために最適化されている、強烈な意志を感じさせる国土だった。

 やがて見えてきたのは、巨山の頂を削って建てられた巨大な城塞。 赤色の尖塔を持つ巨大なゴシック様式の城だ。

 城壁も、塔も、旗も、すべてが帝国を象徴する「赤」で統一されている。

「アンドレア城……。覇王、自らの名を冠する城か」

 ロイは息を呑んだ。


    ◇


 城の謁見の間に通された一行は、そこにいた先客の姿を見て絶句した。

「……てめえは!」

 金歯をきらつかせ、高級スーツを着こなしたドワーフ。ドワーフ鉄鋼共和国のボス、ヘギルがそこにいた。

 ロイたちが驚きで声も出ない中、ガガンが動いた。

「オオオオオアアアアッ!!」

 獣の雄叫びと共に、ガガンはヘギルの顔面に怒りに任せた全力の拳を叩き込んだ。

「ぐはっ!?」

 豪華なテーブルを巻き込み、吹っ飛ぶヘギル。

 さらに追撃を加えようとするガガンより速く動いた者がいた。魔族の密偵だ。

 彼は倒れたヘギルの喉元に音もなく馬乗りになり、毒々しい光を放つナイフを突き立てていた。

「裏切り者の末路です。ここで死になさい」

 その時。

「――俺の客に手を出すな」

 地を這うような低い声が響いた。

 次の瞬間、玉座に座っていた男が凄まじい速度で動き、ガガンと魔族の胸ぐらを鷲掴みにし、そのまま二人をロイたちの前まで投げ飛ばした。

「がっ……!?」

「……速い」

 二人とも、何が起こったのか分からないという顔で、その男を見上げた。

 玉座の主、覇王アンドレア。

 筋骨隆々たる巨躯。猛禽類もうきんるいを思わせる鋭い眼光。そして、大陸全土を敵に回してなお揺るがない、絶対的な王者の風格がそこにあった。

「アンドレア王! そいつは……!」

 ロイが叫ぶ。

「そいつは連邦のドワーフだ! 俺たちはそいつの武器で撃ち落とされたんだぞ!」

「呼んだのは、他ならぬ俺だ」

 アンドレアは玉座に戻り、鼻血を拭っているヘギルを冷ややかに見下ろした。

 ヘギルは慌てて弁明する。

「お、お前たちを狙うとは聞いてなかったんだ! ディネルースの奴が、帝国のドラゴン部隊の制空権を奪いたいって言うから、新型の対空魔導砲を用意しただけだ! まさか、お前たちの船を撃つとは……」

「その魔導砲の『対策』を求めて、こいつを呼んだわけだが、こいつはこいつで、この俺に泣きつきたい事情があったというわけだ、ヘギル」

 アンドレアは冷たく笑う。

「ディネルースに利用された挙句、お払い箱にされるのが見えたか。商売人らしい嗅覚だな」

 アンドレアは、今度はロイに向き直った。

「さて、異国の王子。貴様がこの地に来た理由、そして連邦で何を見て、何を感じたか。……聞かせろ」

 ロイは、マクマリスのことから始まり、ハーフリングの王、ダークエルフの死霊術、サムライの拷問、そして水の都での裏切りまで、すべてを正直に話した。

「……僕には連邦のやり方が、どうしても正しいとは思えません」

 アンドレアは黙って聞いていたが、やがて立ち上がり、窓辺に立った。

 眼下にはヘギルの鉄鋼共和国の領土、その遥か先には白亜の塔が霞んで見える。

「あの塔を落とせば、この下らない戦争は終わる」

「そう簡単にはいきません、覇王」

 それまで黙っていたシルフが進み出た。

「水の都は、古代魔法による強力な結界に守られています。物理的な攻撃では、あの塔には傷一つつけられません」

「ああ、その通りだ。あの結界は、俺たちの侵攻を阻み続けている。この帝国随一の魔導の使い手でも破るのは容易じゃない」

「ふん。結界なんざ、こいつの武器庫とネクロゴンドの連中を先に叩き潰して、兵糧攻めにすりゃいい」

 ガガンが腕を組みながら進言する。

「武器と兵隊アンデッドがなきゃ、連邦はただの寄せ集めだ」

「ネクロゴンドを叩くにしてもだ、あの厄介な魔導砲をどうにかしなければな」

 その時、冷徹な魔族が口を開いた。

「あの魔導砲は、我々の船を撃つ前、充填にかなりの時間を要していました。おそらく、一度撃てば最低でも一時間は撃つことはできないはず。それが弱点です」

 そして、彼は懐から一つの紋章を取り出した。複雑な模様が刻まれた青い金属製の紋章。それは水の都の衛兵が持っていたものだった。

「私たちが水の都で下に残ったのは、魔導砲の調査と、これの入手のためです。船にララノアが乗っている時に彼女を観察して気づきました。これがあれば、彼女のように結界を素通りできます」

 魔族の言葉に、ヘギルが食いついた。

「素通りできる!? そいつは本当か!?」

 ヘギルはアンドレアに向き直り、必死の形相でまくし立てた。

「覇王! 俺はディネルースが裏切って、こっちに魔導砲を撃ち込んできた時のために、密かに対抗シールドを作っておいたんだ! 償いとして、奴らの船を修理し、そのシールドを取り付けてやる! これで魔導砲は怖くない! だが、空飛ぶ船なんていじったことがねえ! 病院で眠ってるガイアス兵と、そこの不気味な魔族に手伝ってもらうぞ!」

 アンドレアは、それぞれの進言を聞き、玉座で深く目を閉じていた。

 やがて彼は目を開き、その場にいる全員を、一人ずつ射抜くような視線で見据えた。

「……面白い。呉越同舟ごえつどうしゅう、裏切り者も魔族も異国の王子も、全てこの場に揃ったというわけか」

 アンドレアは立ち上がり、巨大な作戦地図を広げた。

「作戦はこうだ。ヘギル、貴様は一ヶ月で『アルゴス』を修理し、最強の盾をつけろ。ガイアス兵と魔族はそれを補佐しろ」

 彼は地図の一点を指差した。

「決戦は一ヶ月後。『アルゴス』はおとりだ。地上の歩兵隊とともにリザードマンの領土に総攻撃を仕掛けろ。あえて魔導砲の射程に入り、奴らに初弾を撃たせる。シールドで耐え、次弾装填までの一時間、地上部隊と連携して敵本隊の注意を引きつけ続けろ」

 アンドレアがカーラに顔を向ける。

「充填中の一時間が勝負だ。その間に、四天王のドラゴン部隊は、その紋章で結界を突破。白亜の塔にいるディネルースの首を取る」

「同時に、俺の本隊は手薄になったミノタウロスらの領土から北に進軍する。オウカを制圧し、更に北上。ディネルースの力の源泉であるネクロゴンドを叩く!」

 圧倒的な熱量。絶対的な自信。

 その場にいた誰もが、覇王アンドレアのカリスマに呑まれていた。

 ロイは、父にもマクマリスにもない、嵐のような指導力に戦慄していた。

「……異国の王子」

 アンドレアが、ふとロイを見た。

「貴様、竜に乗ったことはあるか?」

「え……?」

「この作戦、空の戦力が鍵となる。一ヶ月、遊ばせておくつもりはない。……カーラ」

「はっ」

 カーラが前に出る。

「この小僧を、"あの子"のところへ連れて行け」

「……本気ですか、覇王? 乗り手のいない"白"のところに?」

「ああ。奴が本物の王の器か、ただの理想に狂った小僧か。試練にはちょうどよかろう」

 ロイが何かを言う前に、カーラがその肩を掴んだ。

「ついてきな。死なないといいけどね」

 ロイの、本当の試練が始まろうとしていた。

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