欠け者達のアヴァンチュール

紅りんご

第1話

 この世界で唯一確かなものは、金だ。

 神も、愛も、友情も、みんな条件つきで揺らぐ。

 でも、金は違う。世界の終わりでも無ければ、その価値だけは裏切らない。金があればあらゆる不安は解消し、世間で言う幸福な生活を送ることができるだろう。

 だから、俺は金を愛している。

 しかしながら、俺には金が無かった。



 馴染みの無い街で酒場に入るとどうしても目立ってしまうものだ。

 それはどの街の酒場も足並み揃えて治安が悪く、新参者狙いの冒険者崩れ共の巣窟だからだ。勇者一行によって魔王が倒されて数年、価値観や生活習慣の変化により、冒険者の時代は終わりを迎えつつあった。当然一握りの優秀な冒険者は仕事にありつけるが、そうでない者たちは酒場にたむろし、見ない顔の人間から金銭を毟りとるようになっていた。

 残念ながらここ、ヨドレー県の田舎町バーリー・ホーリーの酒場も例外ではないらしい。腰を悪くした老婆の代わりに山菜を集めるという大仕事を終えた俺とメルトはカウンターに座っていたのだが、その背にずっと睨めつけるような視線が貼り付いていた。ただ、これに関しては酒場が悪い訳では無かった。問題はメルトにあった。首から下は灰色のフルメイルの俺は地味でも、メルトが目を引いてしまう。綺麗な丸い頭は金髪で、両側から伸びる縦ロールの主張が激しい。品を感じさせる顔立ちと、綺羅星を散りばめた宙のような瞳。そして極めつけは、


「そこの貴方、ミルクをお願いしますわ」


 この話し方である。これには荒くれ者を軽くあしらってきたであろう店主でさえ、得体の知れないものを見る目になっている。そもそもこんな荒れた酒場でミルクだけを頼むやつなんていない。若干手を震わせながら淡泊な液体を注ぐ店主の姿を愉快に思いつつ、俺は一応メルトに小声で釘を刺した。


『おい、あんまり目立つ真似するなよ』

『あら、今のはこの間教えて貰った通りに注文しただけですわ』

『あのなぁ、黙ってても目立つお前が上品な口調だったら余計に目立つって言っただろ』

『あら。ふふ、初めて会った時から思っていましたけど、』

『な、なんだ?』

『バトラーって褒め上手なんですの……?』

『どうしてそうなる……!?』

『まぁ、このメルトリッチ・ミリオネアを前にして褒めるな、と言う方が酷ですわね』

『俺が悪かった。謝るから、この話は終わりにしてくれ』


 ――調子が狂う。メルトリッチ・ミリオネアと出会ってからの数日、俺の生活は著しくバランスを崩していた。メルトと話す度、大昔に読んだ北風と太陽の童話を思い出す。どちらが旅人の外套を脱がせるかを競争し、結果として暖かな日差しで汗ばませた太陽が勝った。メルトは俺の旅路に突然現れた太陽だ。その少々強すぎる光は、血気盛んな北風達を呼び寄せてしまう。

 背後のテーブル席から椅子が床と擦れる音が合わせて5つ聞こえた。確か、あのテーブルには20代くらいの若い冒険者が座っていた筈だ。今晩は5人、酒場にいた全員が襲いかかってきた1週間前よりマシだ。俺はこちらに近づく足音に気を払いつつ、カウンターを指で二回叩いた。警戒の合図だ。


『随分とおモテになるんだな、お嬢様』

『確かに、どこの酒場に行っても殿方からお誘いを受けるのは困ったものですわね』

『……皮肉って分かってるんだよな?』


 メルトの悩ましそうなため息を打ち消すように、短髪赤髪の若い男が出口側のカウンターを叩いた。しんと静まり返った酒場で、赤くなった拳をそれとなく擦りながら男は口火を切った。


「ねぇ、お姉さんっ、めっちゃ可愛いしスタイル抜群だよね~。俺等と遊んでいかない?良い店、知ってるんだよね」

 

 明らかに言外にゲスな意図を滲ませた男の視線はメルトからやがて俺にも向けられたが、俺にかける言葉は無いらしかった。背後からも有無を言わせぬ圧を感じる。この辺りは強いモンスターも冒険者も来ない。こんなチャチな脅しでも美味しい思いができたのだろう。ところが、今晩ばかりは相手が悪かった。


「まぁ、私この街に着いた所ですから、案内してくださるのは嬉しいのですが……日を跨ぐまでには眠ることにしていますので、今晩はご遠慮いたしますわ」


 すっかり囲まれているというのに、メルトは顔色一つ変えない。代わりに男の眉間に皺がよる。


「強がっちゃってさぁ、断ったらどうなるか分かるよね」


 男の声を合図に、取り囲む男達が一歩間合いを詰める。熱を帯びた酒臭い吐息が上から降ってくる。飢えた獣たちに見下ろされてなお、メルトは平然としていた。


「どうなりますの?」

「こうなるんだよッ!!」


 メルトの気の抜けた声に痺れを切らした男が俺達の脇にあった椅子を蹴り飛ばした。脚の高いウォールナッツ材の椅子は隣の椅子をなぎ倒しながら店の出口まで転がり、店の扉を開けた。倒れた椅子を前に震え出したメルトを見て笑う男の表情は達成感に満ちていた。拳とは違い、男の足は不相応に頑丈な靴で包まれていた。俺は机を三回叩いた。これは許可を請う合図だ。


『バトラー、やり過ぎないように』


 その声には怒りが滲んでいた。


「分かったらさぁ、一緒に行こうか?」


 男の口元から覗く歯並びは美しく、それが唯一褒めるに値する部分と言えた。しかし、それも疑問符を言い終えるまでだった。


「ぶべらっっ!!!!」


 直後、俺の裏拳が男の頬を直撃し、唯一の長所を辺りにまき散らしながら、先程男が蹴飛ばした椅子によって開いた扉から退店していった。男の取り巻き達も慌てて店の外へと駆け出していく。倒れた椅子を元の位置に戻すと、メルトは胸を張って言った。


「物の扱い方が人の扱い方、これ以上の乱暴狼藉はこのメルトリッチ・ミリオネアが許しませんわ!!」


 このお嬢様は沸点が少し、ズレている。

 娯楽気分で見ていただろう他の客達から歓声が飛ぶ。きっとこれまで、あの男達がデカい顔をして陣取っていたのだろう。あんなに異様な目で見ていた店主さえも満面の笑みでビリルを渡してくれた。

 これでめでたしめでたしで終わってくれたら良いのだが、外からは殴られた男が呻く声が聞こえて来ていた。どうやら、もう一悶着ありそうだ。俺達は店主から受け取ったキンキンに冷えたミルクをカウンターに置いて、店の外へと歩み出した。



 外はもう随分と暗かった。バーリー・ホーリーにはまだ魔法灯が普及していないらしく、こうして十分な間合いを取っていては表情が読み取れない。


「あなた方、お店のご主人には私も一緒に謝りますから、拳を収めてはいただけませんこと?」


 俺達から見えるのは男達のシルエット――中央に赤髪、その左右に痩せぎすと巨漢、外側を固めるのは小柄と長身――くらいだ。ただ、引き際を見誤る人間というのは扱いやすいもので、こちらに聞こえる程の大きな声を出してくれる。


「おい、オレが誰だか分かってんのか!?オレは――」


 それから短髪赤髪の男は自分の父親が街の地主だとか、仲間が他にも大勢いるとか、あくびの出るような話を繰り返していたが、俺達と相手の距離を具体的に測る材料くらいにしかならなかった。


『バトラー、あの方はどうして家柄とお友達の多さを説明されてるんですの?』


 メルトに至ってはこの反応である。それも当然と言えるだろう、メルトの氏、ミリオネアと言えば勇者一行のメンバー《契約者》ファームドッグ・ミリオネアが一代で築いた家のことを指す。少ない魔力で灯りを照らせる魔法灯や誰でも魔法を使える魔動具など、以前の価値観を一新する発明を流通させている大富豪だ。一般市民の自慢や皮肉が通じないのも無理はない。時間があれば説明してもよかったが、男達の堪忍袋の緒が切れるのが早かった。


「この鎧女、こっちが優しくしてたらつけあがりやがって……おい、お前等、あいつ捕まえろ」


 取り巻き達が狼狽えながらもこちらに向けて駆けだしてくる。赤髪の坊ちゃんに嫌々ながらも従っているだけなのだろう。4人の士気は低く、統率もあったもんじゃない。こういう時は頭を潰して完全に士気を削ぐべきだが、お嬢様は戦闘に疎く、そしていつだってお上品であらせられる。


「お父様が毎晩語り聴かせてくださった冒険活劇アバンチュールを思い出しますわ」


 正々堂々勝負しようとするメルトの姿勢は、俺の常識から外れているのだが、従者として契約した以上は従う他に無かった。仕方なく、迎え撃つ形で構えを取った。

 4人の取り巻きは前方を均等に抑える形で近寄って来ていたが、互いの間合いに入るかというところで動きが鈍くなり、足を止めた。全員で視線を合わせ、何かを押しつけ合っている。この男達は恐らく、あのリーダー格の赤髪より強い。これ以上踏み込んだら無事ではいられないことがよく分かっているのだろう。それでも重い足を上げるのは、リーダーへの忠誠か、あるいは恐怖か。それぞれに威勢の良い声をあげながら一斉に飛びかかってきた。


「その忠誠、敵ながらあっぱれですわ」


 メルトの感嘆の声に合わせて俺は正面の痩せぎすの拳を左手で受け止め、その右にいる小柄を巻き込むように左腕を薙いだ。右翼が持ち崩すのを見届けてから、巨漢が頭上寸前まで振り下ろしてきた両腕の手首を右脚で蹴り弾き、その隙を見逃さずに長いリーチで拳を振るう長身の右腕を振り下ろした右脚で沈めた。取り巻き達は皆、地に伏し、俺達は立っていた。

 俺達がリーダーに対して歩み寄るのを、取り巻きの誰も止めなかった。既に決着がついたことを理解したのだろう。後は自分達のリーダーに委ねるつもりのようだった。当のリーダーは俺達を目にしてなお、軽く開いた口の隙間から荒々しい息を漏らすだけで、その目は敵意に満ちていた。


「もうこれ以上の戦いは無意味、お互いに傷つくだけですの」


 メルトは慈悲深い。これが日常なら、それは裕福な家庭の生まれだからこその余裕と捉えられるだろう。しかし、俺の知る限りこのお嬢様はどんな逆境でも目の前の相手の善性を信じ、歩み寄ろうとする。それが通じる場合もあれば、通じない場合もある。この赤髪の場合はどうだろうか。興味深く眺めていると、赤髪は頭を下げた。


「すまねぇ!!オレが悪かった!!オレ、謝るよ」

「ふふ、お店のご主人もきっと許してくださいますわ」


 声に嬉しさを滲ませたメルトは、赤髪に背を向け、そのまま店に戻ろうと歩き出した。しかし、後に赤髪の足音は続かなかった。違和感に振り返った俺達の瞳に、回し蹴りを繰り出す男の姿が映った。間合いの外からの蹴り、本来なら当たる筈も無かったが、靴先に空気の歪みが発生するのが見えた。あれは、魔道具だ。


「恐怖しながら死ね!!!!」


 風属性の魔法なのだろう、斬撃のように薄く固められた空気が飛んでくる。狙いはメルトの首と鎧の付け根だ。まともに喰らえば、無事では済まないだろう。メルトを庇うべきか迷ったが、当の本人は堂々としていた。


『本当の恐怖を見せてあげましょう』


 その言葉に俺は意義を唱えず、風の斬撃はメルトの首を切り落とした。何とか無事だった縦ロールをなびかせながら、メルトの生首が俺から離れていく。予想以上の威力だったのか、赤髪の男は顔を引きつらせつつも興奮しきった顔を見せた。


「ハ、ハハ、ハハハハッ!!最高だ、あいつの言う通りオレには才能があるんだ!!」


 きっと人を殺すのは初めてだったのだろう。恐怖から目を逸らすように赤髪は笑っていた。だから、赤髪はこの場で唯一異変に気付くことに遅れた。赤髪の意識が現実に戻ってきたのは、俺がメルトの首を右手でキャッチした所だった。自分が首を切り離したが動いている状況を信じられず目を瞬かせる赤髪に追い打ちをかけるように、鎧の手に乗ったが口を開いた。


冒険活劇アヴァンチュールには火遊びが付きものですが、後始末のことも考えておくべきでしてよ」

 

 首だけで流暢に話すメルトの姿を目の当たりにした赤髪は、尻餅をついて何とか逃げようと後ずさる。しかし、慣れない道具を使った反動か、足がまともに動かないらしい。ただ、その場でジタバタと手足を動かしていた。そんな赤髪に、鎧だけの俺はメルトの首を近づける。


「あ、や、やめてくれ……オレが、オレが悪かった……!!謝る、謝るから!!」

「私、誕生日のケーキに載った蝋燭の火を一息で消すのが得意だったんですの」


 やけに明るい口調で言うメルトに、自分の命乞いが届いていないと察した赤髪は大粒の汗を流しながら、無理矢理口を回し続けていた。


「金ならあるっ!!物だって何でも手に入るっ!!この、足の魔道具だって売人を教えてやるっ!!……オ、オレを殺したら父上が黙って無いぞ!!だって、だって、オレの名前は――」


 赤髪が言い切る前に、メルトはふうと息を吹きかけた。正面から受け止めた赤髪は、白目を剥いて地に倒れた。汗のせいか全身がぐっしょりと濡れていて、少し気の毒にも思えてきた。この決着を見届けた取り巻き達は出来る限り俺達を見ないようにして、夜が深くなる街にリーダーを抱えて消えていった。


「吐息で気絶……私、新しい魔法を習得したかもしれませんわ!」


 退散するチンピラ達を見届けたメルトは俺の手の上で嬉しそうに言った。


『今のは俺達の見た目にビビってただけですよ、お嬢様。それにお嬢様の魔法は接続これでしょう』

『じょ、冗談でしてよ』


 俺の頭の中に照れたメルトの声が響いた。強力な魔法は一人につき一つしか習得出来ず、その大体が血統に由来する。メルトの魔法は『接続コネクト』で、その効果もあって生首だけでも生命を維持できている。接続コネクトには使用者と対象者を文字通り接続する効果があり、俺達の会話は基本的に脳内で交わされている。ただお互い慣れていないこともあって、簡単なことは物理的な合図で決めることが多い。

 

「さ、酒場に戻りますわよ」


 その言葉に従い、俺はメルトの首を鎧の首に据える。俺には首から上が存在しない。メルトに言わせるならば、『デュラハン』というモンスターらしい。だが肝心の頭が無いからか、記憶にはモヤがかかっていて、口もないので会話もできない。しかし、メルトと接続すれば足りない五感は補完できる。そして、移動手段の無いメルトは俺と接続することで肉体を得ていた。俺達は互いの身体を見つける為、一人の騎士を装い旅をしているのだ。

 酒場に戻ると、店内は俺達のことをすっかり忘れたかのような大騒ぎで、カウンターに座っても今度は誰も気にも留めなかった。カウンターに置きっぱなしにしていたジョッキはどこにも無く、メルトが皿磨き中の店主に視線を向けると、すぐに新しいミルクを注いでくれた。一杯、そしてもう一杯。二つ並んだジョッキを前にして、店主は「お代は要らないよ」とだけ言って、また皿磨きへと戻った。一拍間を置いてその意味を理解したメルトと俺は、息を合わせて言った。


『『乾杯!!』』


 端から見れば、鎧姿の女が二つのグラスを突き合せて両方飲み干しただけにしか見えなかっただろう。けれど、キンキンに冷えたミルクの喉越しと美味さは二人で分かち合っていて、金なし家なし身体なし、ないものだらけの俺達でも楽しめるものがあると教えてくれる。だから、どれだけトラブルに巻き込まれようと仕事終わりの一杯は欠かさないのだった。



 


 

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

欠け者達のアヴァンチュール 紅りんご @Kagamin0707

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画