街専の冒険者

@summerbeer

エルフの歌姫

第1話 金欠の冒険者

結局のところ、俺は生まれつき、器の小さな人間なんだと思う。

別に卑下してるつもりはないぜ。

ただ事実として、そうなんだろうなと、思っているだけだ。


深山に住む邪悪な火竜退治。

巨大な灰色の塔で夜な夜な怪しげな儀式をしている、齢千を超える魔女の出す謎かけリドル

荒れ狂う絶海の果てにあるという、誰も見たことのない暗黒大陸への到達。

砂漠のど真ん中、蜃気楼で隠された、黄金の古代遺跡の攻略。


冒険者なら誰もが目を輝かすだろう、そういった難題クエストに俺はてんで興味がない。


俺が興味があるのは、猥雑で悪臭漂う路地や、そこにひっそりと営業している怪しげな酒場。そういうものだ。

そこではぬるい安物のエールが供され、甘い煙草の煙が漂う。

酔ったドワーフが暴れ出し、獣人の娼婦がけたたましい笑い声をあげる。

……それに、安化粧の匂いや、しっとりと汗ばんだ女の肌。


少し退廃的で、たまらなく魅力的なそういったものが、俺にとっての活力の元ってやつだ。

珍しくはないだろ? そんなやつはどこの酒場にも一人くらいはいる。


実際、ヴァルミアの街の酒場で、赤毛の背の高い冒険者を見たとしたら、それはもしかしたらこの俺、リュードかもしれないぜ。

その可能性はそこそこあると思うね。

この街に赤毛の冒険者は、そう多くはいないだろうからな。


そんなわけで俺は、冒険者でありながら街の外にはほとんど出ない。

街の外に出ず、迷宮にも入らない。

城壁の中で達成可能な依頼ばかりを受け、森の中で魔物と戦ったりはしない。


いやね、もちろん俺だって、以前はそうじゃなかった。

冒険者になったばかりの頃は、普通の冒険者と同じく、街の外でゴブリンやオークと戦っていた。

だが俺は次第に、そんな生活が嫌になった。

毎日毎日魔物と戦うなんて、よく他の冒険者は耐えられるもんだ。

殺伐とした、代わり映えのしない生活。はっきり言ってうんざりだ。


こんな生活をしていては、いつか必ず魔物に食い殺されて死ぬことになる。

そんな人生が酷くバカバカしいもののように、俺には思えてきたのさ。


冒険者ギルドには、魔物退治や薬草採取のような――よくある普通の――依頼だけではなく、街中でやれる仕事の依頼だってある。

そういう仕事を選んでやれば、わざわざ街の外で魔物退治などしなくても、生きていけるとふんだわけだ。


しかし、問題はある。そういう街でやれる仕事は、報酬が少ないのだ。

例えば土木作業の手伝いなんか、丸一日汗だくになって働いても、せいぜい貰えるのはコットム銀貨で七枚ってとこだ。

それじゃあ宿代払って飯を二食も食えばあっさり消えてなくなっちまう。


だから街でできる仕事だけをこなして本当に生きて行けるか、正直不安はあった。

しかし実際にやってみると、やりようによっては街から出なくても、なんとか生活できることがわかった。


もちろん、それは簡単なことではなかったけどな。

ギルドに舞い込む依頼に加えて、個人的なコネを駆使して、ギルドを通さない依頼を探し、引き受ける必要もあった。

だが確かに、冒険者が街の中だけで生きていくことは、可能なんだ。


こうして色々と工夫して、なんとか街中で安定して生きていけるようになった。

そんな俺のような冒険者につけられた綽名あだながある。『街専まちせん』というやつだ。

冒険者の癖に安全な城壁の内側に引き籠る、腰抜けにつけられた蔑称。それが『街専』だ。


ま、好きに言えばいいけどな。


だが、他の冒険者がどれだけバカにしようが、俺のような街専もやはり冒険者だ。それなりに修羅場をくぐる機会はやって来る。

いくら魔物退治に興味がなくても、やはり冒険者は冒険者。荒事を引き受けて金を稼ぐヤクザな商売には違いないってことだ。


そう、例えばあのとき。エルフの少女との出会いから始まる、ヴェリタス商会の乗っ取りに関する事件に巻き込まれたときだ。

あのときの俺は金欠だった。

だから手っ取り早く金を稼ぎたかった。

そして普段はしないような無理をして、その結果、死にかけた。



          ◇◆◇◆◇◆◇



当時、俺は三二歳だった。

少し前に仕事でヘマをしたせいで受けた傷から、ようやく回復したところだった。

傷そのものは魔法とポーションですぐに治療したが、体力と気力を失ってベッドから起き上がることすらできなくなったのだ。

あまりに酷い傷を負ったときには、こういうことがある。

ポーションによって傷が癒えても、気力や体力を消耗するのだ。

これが起こるのは、ポーションという薬が実は、怪我を負った人間の生命力を消費して傷を癒しているせいだ。

ちょっとした傷ならポーションで癒しても多少疲労感がある程度で済むが、重症ならそうはいかない。

瀕死の重傷を負った冒険者が下手にポーションを使うと、全ての体力を失って力尽きることだってあるのだ。


便利なばかりではないとはいえ、それでもポーションは冒険者にとって生命線だ。

あるかないかで、文字通り生死を分けることだってある。

それなのに、大怪我を負ったときのために準備してあった、虎の子の高級ポーションを俺は、今回使い果たしてしまった。

これはとんでもなく、まずい事態だ。

今大きな怪我をしたら、癒すこともできずにそのまま墓場に直行だ。

一応俺は、自前の治癒魔法も持ってはいるが、これは使用に制約がある上に効果があまり高くないという、微妙な代物だ。

一刻も早くポーションを新しく買いそろえなくちゃならなかったし、そのためにはまとまった金が必要だった。


そんなわけで久し振りに俺は、割の良い依頼を探すために冒険者ギルドへ向かったってわけだ。

それは午後も遅い時間で、西の空が少しだけ赤く色づき始めていた。

気の早い商店が、店先のランプに既にオレンジ色の炎を灯していた。


普通はそんな時刻にギルドへ行っても、割の良い仕事なんか残っちゃいないんだろうが、俺のような『街専』冒険者には関係ない。

どうせ俺が選ぶ依頼は、他に受けるやつがいないものばかりだ。

いつ行こうと、『街専』御用達ごようたしの依頼はずっと残っている。


入り口のでかい扉を通ってギルドの中に入る。

革靴の底に打ってある滑り止めのネイルが、ドアの前に敷かれている石畳を引っ掻いてジャリッと音を立てた。


ギルドの内部の壁に無造作に貼ってある依頼票を眺めていると、近くの若い冒険者が叩く陰口が聞こえてくる。

別に聞き耳なんか立ててはいない。

そんな必要がないくらいの大声で喋ってるんだから、嫌でも聞こえる。


「おい、見てみろよ。リュードだぜ。最近はしばらく見なかったよな」

「どうせいつものように、盛り場で遊んでたんでしょ。仕事もしないで、……ホンットに、冒険者の面汚つらよごしね」

「なんであんなのが上級冒険者なんだ? ギルドは街専まちせんどもをそこまで優遇してやがるのかよ」

「やる気ないならとっとと辞めればいいのにね」


チラリと横目で見ると、噂しているのはまだやっと見習いを卒業したばかりの下級冒険者たちだ。


ちなみに、ギルドが設定している冒険者のランクは、見習いから超級まで六段階ある。

冒険者になると誰もが最初は見習いから始める。そして半年から一年ほどで上がるのが、下級冒険者だ。


聞こえよがしの悪口が耳に入れば、聖人ならざる身としては面白いはずもない。それが自分に実力でずっと劣る新米どもなら、尚更だ。

だけど残念なことに、あまり反論もできないんだよな。

なにしろ、俺が普段盛り場に入り浸っているのはただの事実だ。


しかし、仕事をしないってのは誤解だぜ。

これでも俺なりに、ちゃんと仕事はしている。

そうじゃなきゃ食っていけないだろうが。


青二才どもがピーチクパーチクさえずる声を聞き流しながら依頼票を眺めていると、「リュードさん!」と俺を呼ぶ声がする。

見ると、ギルドの受付嬢であるランカが、受付カウンターの向こうから手招きしている。

ランカは二〇代前半の人族で、なかなかに可愛い。

このギルドの受付嬢の中では、一番だと俺は思っている。

これまでに何度かデートに誘ったが、今のところ色好いろよい返事は貰っていない。

ギルドでは、職員が特定の冒険者と私的に付き合うことは禁止しているというから、元々無理な話ではある。


彼女にしてみれば俺の誘いに乗ってしまえば、安定したギルド職員という優良職を失うかもしれないわけだ。

ま、そうそう誘いに乗るわけにはいかないだろうな。

だからこそ、挑戦のし甲斐もあるってもんだが。


「おう。今行くぜ、ランカ」


愛想良く笑いながら受け付けに向かうついでに、さっきから俺の悪口を言っていた若い女冒険者の尻に、何食わぬ顔で手を伸ばした。

だが俺の手は、ギリギリのところで避けられた。


「キャッ!」

「な、なにをする気よ! スケベ!」


慌てて尻を押さえて、俺から距離を取る。

後ろで上がる非難の声を無視して、ランカの待つ受付へと足早に向かった。

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