第1話 中編

第三節:

来栖大悟。経営コンサルタント事務所の看板を掲げているが、現在では「便利屋リリーフ」と名乗り、もっぱらSNSで金になりそうな案件を見つけ出し、その「解決」を売り付ける事業をしている。

悠介は、ふとしたきっかけで、来栖と出会い、副業バイトとして「リリーフ」で働くこととなった。

主任と名乗らされているものの、本業ではない。隙間時間のアルバイトだ。

悠介自身、労働契約を結んだ覚えがないので、バイトですらないのかもしれないとさえ思っている。


「――さあ、九回裏二死満塁だぞ、真壁ちゃん。この絶体絶命の場面をどう抑える?」 デスクにふんぞり返る来栖大吾は、悠介を「真壁ちゃん」と呼び、親しげに顎をしゃくった。

「……社長。仕事の話なら、まずはそのラジオを止めてください」

「客ってのはな、追い込まれた時にこそ、金払いが良くなるんた。ああ守護神様、お助けくださいってな感じでな。だが、実際に俺たちがやるのは、泥まみれのマウンドを引き受ける『リリーフ』、つまり後始末なんだよ」

来栖は、ラジオの音量をひとつまみも落とすことなく続けた。


来栖は、使い古した万年筆を指揮棒のように軽やかに振り、悠介とソファの少女を交互に指した。その仕草だけは、かつてエリート街道を歩んでいた男の品格を微かに覗かせる。

そうかとは思ってはいたが、この少女は、自分と同じ従業員なのだと悠介は確信した。口には出さないが目線でこいつは誰だと来栖に訴える。


来栖は薄笑いを浮かべながら、口を開く。

「今日からお前らは『コンビ』だ。開幕戦だな。真壁ちゃんは、俺が現役ドラフトで拾ってきた『軟投派ストッパー』だ。過去には正論という剛速球で自爆してたが、今のこいつには、この泥沼を煙に巻く汚い投球術がある」

悠介は無言で天井を仰いだ。 「汚い」という評価は、二十九歳のプライドに微かな傷を残した。

「対して、陽葵ちゃんは一本釣りしてきた『剛球派劇場型リリーフエース』だ。圧倒的なビジュという剛速球で真実をこじ開ける。破壊力はピカイチだ。たまに破壊しすぎるけどな」


陽葵(ひまり)は不快そうにエナジードリンクの缶を叩いた。

「……社長。例えが長すぎて頭に入ってこないんだけど。あと、私はエースっていうより、ただ寒気がするのを止めたいだけ」

二人揃って不本意な態度を示す。

「ははは! 息がぴったりじゃないか」


来栖は、2人の抗議を一笑に付し「作戦会議をはじめよう」と、自身のパソコンのセカンドモニターを2人に向けた。

モニターには「美波@素敵な暮らしコーディネーター」というアカウント名のSNS画面が映っていた。

北欧風の家具で統一されたお洒落な雰囲気の部屋を背景にした写真が綺麗に並べられている。

来栖が、マウスに手をかけ、投稿をスクロールして遡っていく。

「部屋の模様替えをしただの、手作りのパンを作っただの、旦那とマイカードライブデートしただのとかいった、わたし幸せです発信のアカウントだ。こんなのでも10万人がウォッチしてる」

野球中継に意識を向けたのか、来栖は言葉をくぎった。

贔屓のチームが、9回表2点リードの場面で出塁したものの無失点で終わったらしく舌打ちを打っている。

「皿とか椅子とかPR案件なんかも受けてて、それなりに儲かっちゃいるらしい。要するに家具屋だな」

来栖はぞんざいにクライアント評をまとめると、再び画面を操作し、DM欄を開いた。

スクロールの速度が速く詳細は、読み取れない。レシートや車の写真を認識することが、悠介にはやっとだった。

「ひと月ほど前から、レンタル家具のカタログ、パン屋のレシート、外車専用レンタカー屋の写真なんかを送りつけられるようになったらしい。要するに、お前の投稿の『嘘』を知っているぞ。バラされたくなかったら…ということだな」

贔屓のチームの抑え投手の登場に満足しているのか鼻を軽く鳴らしながら、来栖は続ける。

「つまり、この美波ちゃんとやらは、嘘の投稿で目立っている困ったちゃんだな。真壁ちゃんとは反対だ」

またもや煽ってくるが、悠介は努めて反応しないようにした。

やはり来栖は意に介さない様子で、鷹揚に話を続ける。

「脅かされた彼女はパニックだ。警察に行けば、自分の嘘まで公になる。どうにもできない。ーそのパニックが投稿に表れていたよ。ちょっと営業をかけたら、うちの祝すべき最高単価案件だ。

着手金は三十万。――いいか、役割分担は二人で決めろ。明日に会う約束はとりつけてある。速攻でケリをつけろ。早く解決すれば、その分インセンティブをふんだくれる手はずだ。明日のプレイボールまでには決めてこい」


「……明日の夜まで、ですか」 悠介がスケジュールを逆算する。明日も当然仕事がある。この依頼を終わらせるには、睡眠時間を削るしかなさそうだ。

来栖はラジオのボリュームを上げた。

抑え投手が、四球死球四球と制球が定まらないらしく、早くも交代を告げられていた。

来栖の顔も険しくなっている。

無茶なスケジュールへの抗議も通らなさそうだと、悠介はため息をこぼす。

陽葵は立ち上がり、悠介を追い越してドアへ向かった。 「真壁くん。……あんたのその、嘘くさい笑顔を見てる時間を一分でも短くしたいから、美波さんに会うのは私だけでもいいよ。それにお仕事でしょ」

悠介は力なく首を振り、「私も行きます。調べたことは正午までにお互い共有しましょう」と告げた。お互い乗り気ではないもののラインを交換した。陽葵のアカウント写真には、その整った顔が満面に映し出されていた。

陽葵の退室から少しだけ間をおいて、悠介は事務所のドアを後ろ手で閉めた。背後では、ラジオの実況が逆転満塁ホームランの報を絶叫していた。


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第四節:


ほとんど眠れていない翌朝。真壁悠介の「本業」は、いつも通り完璧に退屈だった。 会議の合間に、真壁はWeb広告の分析ツールを流用し、美波の「消された過去」を特定していく。ドメインの履歴、過去のキャンペーン参加ログ、消された魚拓。ただの執念深い検索作業だ。それに、あらかたは昨晩のうちに片付けている。

悠介は、今朝方から連絡を取り始めたアカウントにメッセージを送る。

悠介には、ひとつだけ腑に落ちないことがあった。

社長から、クライアントとのやり取りは共有してもらった。忙しくて、料理や模様替えなどは自分でしていないのに、あたかも自分でしたような投稿をしているというクライアントの『嘘』も知った。

犯人もその動機も、だいたい分かった。


午後二時。「直行直帰」という便利な嘘で捻出した時間に、真壁は高級タワーマンション『ベル・ヴィラ藍上原』の前にいた。

待ち合わせ場所にいた陽葵は、まさに「広告の最高傑作」だった。道ゆく人々が、彼女の横を通り過ぎる瞬間に呼吸を止めてしまうほどの造形美。 (こんなに完璧な造形をしていて、口を開けばあれか……)


悠介が冷めた視線を向けると、陽葵は自分の二の腕をさすりながら睨み返してきた。

「初対面のクライアントだというのに、ずいぶんと華美な服装ですね」普段はあまり出ない嫌味が口についてしまう。

「これも武器だよ。これから戦いに行くのに、丸腰で歩く馬鹿がどこにいるの?」 陽葵は不敵に笑うと、ロビーへと歩き出す。


この手のマンションは、住人とアポをとっていても、入るのに手間がかかることがままある。コンシェルジュの雰囲気を見て、その類のマンションだろうと悠介はあたりをつける。

しかし、陽葵が「美波さんのファンなんです。お呼ばれしちゃって」と困ったように小首を傾げた瞬間、コンシェルジュの防壁は呆気なく瓦解した。 「自覚的な可愛さ」という名のバール。悠介はその暴力的なまでの心理的有用性を背後から観察していた。


お前はダメだと止められる前に、悠介もエレベーターに乗り込む。

美波の部屋は、二十階にあった。

チャイムを鳴らすと、悠介より少し年上くらいの美人というほどではないが、綺麗な身なりの女性が顔を出した。

「便利屋リリーフの、主任調査官の真壁と申します」と、いつもの笑顔で手早く名乗り、『主任 真壁臣吾』と偽名で書かれた名刺を手渡す。本名を使うことを渋る悠介の様子をみて、来栖が勝手に作ったものだ。

『チーフ 成瀬陽葵』と書かれた名刺を手渡し、陽葵がとびっきりの笑顔で自己紹介をする。悠介は、隣に立つ少女のフルネームをこのとき初めて知った。それと同時に、主任とチーフのダブル体制という副業先のテキトー具合を改めて思い知ったのだった。


通されたリビングは、画面越しに見た通りの「幸福」が詰まっていたが、悠介は生活感の欠如を敏感に察知した。 「わあ……素敵。美波さん、やっぱりセンス良すぎます。このソファ、あの限定モデルですよね?」 入室した瞬間、陽葵のトーンが跳ね上がった。無邪気で無害なファンの少女そのものだ。その「無敵の可愛さ」は同性である美波に対しても絶大な効果を発揮した。


「ええ、そうなの。半年待って、ようやく届いたところで……」 震えていた美波の表情に安堵が混じる。陽葵は美波の隣に座り、まるで恋バナでも始めるかのように顔を寄せた。 「美波さんの投稿、毎日見てます。旦那様も優しそうだし、お料理もプロ級だし……。私、美波さんみたいになりたくて。ねえ、この前の和食の投稿、どうすればあんなに綺麗に盛り付けられるんですか?」


「……あれはね、出汁からこだわって……。主人が、素材の味を大切にする人だから」 陽葵のキラキラとした瞳に見つめられ、美波の口が滑らかに動き出す。

「このマンションを選ぶときも彼が、かなりこだわっちゃって大変だったのよ」

マンション選びの苦労話、普段の食事のこだわりよう。

だが、悠介は見逃さなかった。美波が嘘を重ね、虚飾のディテールを語るほど、陽葵の袖口から覗く白い首筋に激しい「鳥肌」が立っていくのを


「――ねえ、美波さん。旦那様はいつ帰ってくるの?」 陽葵の声から、温度が消えた。

「……え? 陽葵ちゃん……?そうね…今日は遅くなるかも」 美波は陽葵の声色の変化に戸惑いながら、愛想笑いで返す。


「『嘘』だよね。」陽葵は、氷点下の声で告げた。


「ああ…ごめんなさい。嘘ついててがっかりさせちゃったよね…。でもね、あれは忙しいときに手を抜いちゃったってだけで…料理だって家具だって私がほとんどー」


申し訳なさそうに話す美波の言葉を、陽葵が無慈悲に遮る。


「料理が上手なのもホント、センスがいいのもホントだと思う。けど、旦那さんってホントに帰ってくるの?」


美波の表情が凍りついた。


「最後に帰ってきたのはいつ?ホントは最初から一緒に住んでないんじゃない?」


事前に陽葵には、犯人は旦那で、よりを戻そうとしているのが動機だと事前に共有はした。だが、こんな直球で傷口を抉るとは。悠介は内心で苦虫を噛み潰した。


「何、何を言ってるの?陽葵ちゃん 。」 美波は顔を引き攣らせた。

「すみません、事前に調査をしていまして。美波さんにDMを送っていたのは…」

悠介は慌てて割ってはいろうとした。しかし、美波が言葉を続ける。

「そうね。そういうことなのね。薄々気づいてたの…あの人が犯人だって。あの人は私がインフルエンサーとして成功していくことが嫌だったの、半年前このマンションに引っ越すことにも、すごく反対してね…マイホームがあるんだからって。中古のオンボロなのにね…。それから一緒に住んでないの。でも信じたくないじゃない。でも、調査してくれたんでしょう?じゃあ、もう、引き下がることはできないのね」

一気に捲し立てる美波。 被害者としての悲痛な叫び。だが、悠介の経験則が、違和感を訴える。 悠介はスマホを取り出し、今朝から連絡をとっていたアカウント画面を提示した。


「美波さん。実は、旦那さんの晴人さんとコンタクトを取ったんです」 「……え?」 「晴人さんは、脅しのような文面は送っていない。ましてや、金銭などの要求はしていない。そう言っています」


「そんなの信用できない!」 美波は即座に否定し、語気を強めた。


「あの人は、晴人は!私が成功して、自分より稼ぎが多くなって、それが気に入らなかったの! だから、私の足を引っ張ろうとしているのよ。男より稼ぐなんて……って、そんな古い考え方の男なの!」


犯人のことを気づいている。それなのに、あえて高額な報酬を払い、私たちに依頼をしてきた。 その矛盾。 その時、隣で陽葵が小さく息を吐いた。


「美波さん、もういいよ」


陽葵は自分の首筋を赤くなるまでかきむしりながら、美波を射抜くような視線で見つめた。

「……見てるだけで酔う。何なの、その気持ち悪い執着」


その言葉は、鋭利な刃物のようにリビングの空気を切り裂いた。


「美波さんは、私たちに依頼することで、ことを大きくしたかったんだよね」

美波が目を見開く。


「最近、インプレッションが落ちてた。コメントでも、投稿の内容を疑う声がちらほらあった。だから、『夫婦仲がいい』という設定から方針転換させる理由が必要だった。悲劇のヒロインになりたかった。……そうだよね、美波さん」


美波が諦めたように。言葉を漏らす。

「そうよ。陽葵ちゃん。私は、あの人より、自分がキラキラしている方が大事だったの」


観念したように漏らした言葉。それこそが、彼女の唯一の真実だった。 陽葵は、怖いくらいの美貌に、冷ややかな微笑みを湛えている。


「やっとほんとのことを言ってくれた。ーー私たちが、美波さんのキラキラ守ってあげる」


悠介は陽葵の変貌ぶりに気を取られていたが、慌てて一歩前に出る。 事務的に、淡々と「後始末」の準備を始める。 この二人のシナリオに乗って溜まるものか、という反骨心を胸に秘めて。


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