明日をその手に
なつき
第1話六女神と白鯨
海風も凪いだ南太平洋の洋上に全長二百五十メートル、臨戦態勢の鉄鯨が浮上していた。大空にカメラを構えたヘリコプターやドローンが囲む様に飛び交い波立てる騒音の中でも、無音で佇む特殊合金の鯨の名前は『たかま』。世界初の低温核融合エンジン搭載の原子力潜水艦。
そして世界でも類を見ない、戦略・攻撃原潜の両方の性能を兼ね揃えた最強の潜水艦だった。
そのたかま艦橋に少年が姿を現した。黒髪黒目、中性的な容姿の美少年で海上自衛隊の制服。目深に被った制帽には金色の『深層海流と潜水艦たかま』のバッジがとても似合っていた。少年の名前は『
そして夏の眩しい輝きの中で。羽衣の様に透き通り肌を魅せるシースルーのジャケットとニプレス、ショーツだけの扇情的な姿をした六人の少女達が姿を現した。長い黒髪に黒目のまさに大和撫子然とした美少女、黒い肌にドレッドヘアーの美少女、オリーブ色の肌の美少女、黒髪をボブカットに揃えた美少女、淡い色合いの長めの金髪と碧眼の美少女、銀色の髪に凍てついた美貌の美少女達で、どれも扇情的だ。まるで自分達の容姿に絶対の自身が有るとでも言わんばかりに決め細やかな肌を魅せて世界中を熱狂させる。事実カメラが一斉にズームしまるで現世に降臨した女神の如き美貌を映像に収め配信しアナウンサーも全員『今! 六女神様達が降臨なさいました!!』と讃え上げる。彼女達の背後に、彼女らに率いられた四十隻の混成艦隊が守護神の様に鎮座していた。
「へぇ、臆せず来たのね。劣等種。無様に逃げたのかと思ったわ」
その中のリーダー格、戦艦に乗った肌が透ける桜色のユニホームに長い黒髪に黒目の、まさに大和撫子然とした美少女が桜と撫子柄の扇子を扇ぎつつ。四十隻の艦隊と楽園の様に煌びやかな摩天楼が並ぶ諸島を背中越しに見せつけ龍太郎達を威圧する。汚物を見る様な目付きの彼女達は『
「はいタカナシ・レイカ様。約束通りしっかりと試合にやって来ました」
そんな彼女に怯まず穏やかに微笑む龍太郎。その様子に「ちっ! 相変わらずスカしたガキねコイツ!」と毒づくレイカ。周囲の空母、イージス艦の甲板、潜水艦の艦橋に立つ美少女達も「劣等種の分際で!」とぶつぶつと悪口を言い合う。
『さて本日は救急特別試合の『シースラット・スポール』が開催されました!! 何と!! あの! 世界最強の『六女神様』達と護衛艦隊『ディープ・ガーディアン』最新鋭原子力潜水艦『たかま』という前代未聞のマッチングです!!』
『どちらが勝つと思いますか?!』『いやー六女神様達でしょう。幾らディープ・ガーディアン最新鋭艦でも六女神様達相手にはさすがに無理かと』
実況者達が興奮気味に叫ぶが龍太郎は意にも介さず、ただ真っ直ぐに全艦隊を見据えていた。まるで――この戦いの先に有るものを見据える様に、だ。
『六女神様ー!! そんな恥知らず撃沈しちゃえーッッ!!』『そうだそうだ!! 劣等種なんか叩き潰せレイカ様ーッッ!!』『マリア様も女性の力を魅せつけてやってーッッ!!』『パトラ様も沈めちゃってーッッ!!』『アイシャ様ーッッ!! 優雅に仕止めちゃってーッッ!!』『ヨーコ様も女性の声を力にしてーッッ!!』『アーリャ様ーッッ!! 凍てつく美貌で魅了して下さーいッッ!!』
数多の歓声を受けてふんと鼻を鳴らし、ふんぞり返るレイカ。その態度は「退くなら今の内だぞ格下」と体現していた。
「全員戦闘準備が整いましたね」
しかし龍太郎は引かずに微笑み艦橋を降りると。まっすぐに無音で
「では、これより『シースラット・スポール』のルールに則って模擬試合を開始したいと思います。今回のジャッジは挑戦者であるディープ・ガーディアンのたかまが勤めます」
そして。全世界に公開電波でジャッジとしての開始宣言をした。
瞬間、世界の熱狂が最高潮に上がる。これから始まる一方的な三文芝居の蹂躙劇を見たくて堪らないのだ。
「いつも審判しか出来ない無能な癖に!! 目に物を魅せてやるわ劣等種が!!」
龍太郎の穏やかな態度に対し不愉快そうにレイカが叫び返して、艦を始動し始めた。エンジン音が高らかに響きたかまを威圧する。艦長と艦は嫌な意味でも一心同体なご様子だ。
「判っているな、諸君」
潜望鏡のディスプレイでその光景を見ながら艦内通信で命令を下す。CIC内では二十六歳女性士官の副長『
◇◇◇
この試合が何故起きたのか、それには歴史と時間を少しばかり遡る必要が有る。
西暦二千六十年の終わりから二千百六十年間、異常気象及び海面上昇と海底隆起が起き。海岸線が様変わりする中、海底資源と排他的経済水域の紛争が過激化していった。特に南緯48度52分 西経123度23分『
武力による威嚇から実戦や外交戦――自らの国が一部水没したのにも関わらず――強引にルート・オルタ諸島を巡る争いは止まらなかった。それ程までにこの諸島の鉱床は魅力的だったのだ。数多の希少レアメタル鉱脈もさる事ながら一番国々を惹き付けたのはオルタニウムという希少な鉱石だった。従来の石油や原子力を遥かに凌駕するエネルギーを発するとされる鉱石を求めて世界各国は第二次世界大戦の繰り返しとも呼べる争いをした。実際には当時よりも苛烈で容赦なく、相手を徹底的に滅ぼすと言わんばかりの大戦で戦争を続け人類達は次第に消耗し疲弊していった。
――オルタニウムを採掘・転用の前に自分達が倒れるだろう。
そして誰もがそう思い始めた。このまま争い続ければ現文明に決して癒えない傷を負うだろう、と。ただでさえ世界で長期の戦争は異常気象で傷ついた各国も痛手ではあったからだ。しかし。戦争終結の糸口は難航を極めた。世界各国が利益を求めていたからだ。そして目をつけたのが。かつての『オリンピック』だった。スポーツを開催して優勝した国に次の期間まで採掘権を譲るという計画だった。交渉は難航を極めたがそれでも何とか各国は国連と共にまとまりをみせた。
それが。『シースラット・スポール』が生まれたきっかけだった。何とかつかの間の平和が訪れた西暦二千二百年。全世界はその『シースラット・スポール』――通称
――中でも各国代表の上位六人。
日本代表の『タカナシ・レイカ』。戦艦「大和」と親衛艦隊「梅組」の司令官だ。黒髪黒目の見た目で冷静沈着で戦略に優れ、日本の誇りを背負う『大和撫子然とした』競技者である。
アメリカ代表の『マリア・スミス』。ドレッドヘアーの黒人少女で、空母「ブラックホライズン」の艦長。攻撃的な戦術と大胆な指揮で知られる競技者である。
中東代表の『パトラ・アル=ムスリム』。潜水艦「アラァ」の艦長。黒髪にオリーブ色の肌をした見た目と信仰心と冷徹な判断力を併せ持つエキゾチックな競技者である。
フランス代表の『アイシャ・マルタン』。金髪碧眼で知的な佇まいの見た目をした対潜イージス艦「シャルリ・エルドラド」の艦長兼フリゲート艦部隊司令。洗練された戦術と優雅な立ち振る舞いが魅力的な競技者である。
中国代表の『ヨーコ・オウ』。黒髪をボブカットに揃えた鋭い目付きの見た目とミサイル駆逐艦「テイェン」の艦長。精密なミサイル運用と果断な決断力が強さの競技者である。
ロシア代表の『アーリャ・イワノフ』。イージス艦「ブリャーチ」の艦長。銀髪に凍てついた美貌と過酷な環境で鍛えられた不屈の精神が持ち味の競技者だ。
常に大会で不敗を誇る十代の上位六人は『六女神』として祭り上げられ。シースラット・スポールの看板たる競技者達として羨望を集め。世界中の憧れを一身に浴びていた。彼女達の関連グッズは飛ぶ様に売れて莫大な利益を産み公式動画再生数も天井知らず。スポンサー企業の商品も更に売れて行き、世界中の経済を回していた。
◇◇◇
世界が動いたのは、六女神達が全員好成績を挙げたエデン海域『タカナシ杯』の祝賀会。協会最顧問を筆頭に全メディアが六女神を『最強にして女性達の力だ』と讃え上げ。六女神達も豪華なドレスと祝賀会の雰囲気に気を許し、自分達の凄さを熱く語っていた時でした。
そんな中で。黒瀬龍太郎は影に立っていた。彼はシースラット・スポール開催海域のジャッジ兼防衛をしている原潜艦隊『ディープ・ガーディアン』の最新鋭原潜の艦長だった。今回彼は協会の気紛れで祝賀会に呼ばれ、無理やり祝福をさせられたのだ。ところが彼は賛辞を述べようとした瞬間水をかけられずぶ濡れにされた。それどころか彼の言葉は一切語らせずに六女神達は各々の夢と理想を語り出した。
そう。彼女達は最初から黒瀬龍太郎を侮辱するつもりで祝賀会に招いたのだ。理由は単に気に食わないだけ。たったそれだけだった。レイカは扇子を扇ぎながら「大和撫子としての自分を体現したい」と語り、マリアは「黒人の夢を叶える為に」と。パトラは「我が神の祈りを世界に届ける為」とヴェール越しに語り、アイシャはネイルを磨きながら「我が国の美しさを伝える為に」と語り、ヨーコは「我が国の力を皆さまにご照覧いただく為に」と語り、アーリャは「我が国の誇りを示す為に」と語ります。熱の込め方は尋常ではなく、熱狂的なファンの眼差しで見ればまるで自国を背負い戦う戦士の様に見え。また悪意と皮肉の眼差しで見れば安い酒か粗悪な麻薬に酔いしれている様にも見えた。
「あらあんたまだ居たの? 本当に目障りね劣等種。裏方の癖に偉そうだからさっさと消えなさいな」
自己陶酔の熱を帯びた演説を終えたレイカはパチンと扇子を畳み。露骨に嫌な顔をしてずぶ濡れの黒瀬龍太郎を睨む。彼女はいつも男性を意味なく軽蔑していた。理由は何も無い。昔からそうだったからだ。
「貴方達男性は昔から偉そうで私達女性に酷い事してきたのだから海で沈んでれば良いのデース」
そしてそれは。シースラット・スポール選手大多数が思っていた。レイカに乗っかる方で、マリアが白い歯を見せつけてにんまりと
「信仰心も品性も無いから楽園を追放された劣等種に人権なんかこの世界のどこにも無い」
更にパトラが冷笑の追い討ちをかけて。会場は一時静まり返るも大爆笑に包まれた。選手が選手ならファンやサポーターも同じ穴の狢だ。
ヨーコも拍車をかけて、
「人権も無いクズ。我が国よりも心が狭くて弱い」
と見下し吐き捨て。
アイシャもネイル磨きを中断。小さなキャンパスを女性スタッフに持って来させ即興で龍太郎の間抜け面を模した鯨が溺れて沈む絵画を描き、
「品性が下劣で芸術も理解出来ない憐れな存在」
と絵画を投げつけ憐憫の情を込めた薄ら笑いを向け。アーリャも冷酷を極めた眼差しで、
「視界に入れたくないゴミね。永久凍土の中で死んでなさい」
と各々罵り。会場は温かい嘲笑の渦に包まれた。次々と『消・え・ろ! 消・え・ろ! じーんけん無し!!』のコールが選手やサポーター達から響き、龍太郎を耳を叩いた。会場を震わせる熱狂的な嘲笑、これが今現在の中心が龍太郎に突きつけた残酷な回答だった。シースラット・スポール選手や競技サポーター達は無自覚ながらも男性を下等な存在として見下しているのだ。このシースラット・スポール開催の護衛及び審判、それから『ルート・オルタ諸島』を警備する男性達を。黒瀬龍太郎は右目『だけ』を閉じると。その事実をしっかり受け止める。
そして。
「――そこまで仰るなら本艦と試合でもやりませんか? 是非とも貴女方の戦い振りを拝見したいです」
嘲笑の渦潮の中でも臆する事無く。黒瀬龍太郎は穏やかに提案した。会場は一瞬呆然とするも――
『たかが一隻でぇ?!』
と更に大爆笑する六女神。そんな彼女達にも龍太郎は穏やかに微笑んでいるばかり。その様子を見ていた六女神達の顔が不愉快に歪む。そう、被害妄想ばりに龍太郎は自分達の誇りを踏みにじった様に感じたからだ。
「高く出たものね。たかが一隻瞬殺してやるわよ。明日特設のエデン海域で勝負よ!!」
高笑いしながら準備の為に退室する六女神と取り巻き達。報道陣も『これはスクープだ!! あの六女神様方と思い上がりの潜水艦との試合なんて!!』と大興奮で退室してゆく。
龍太郎は絵画を拾い踵を返し、
「デイジー、デイジー。答えておくれ」
ぽつりと歌いながら自艦へと静かに戻っていった。
◇◇◇
龍太郎は絵画を片手にずぶ濡れのまま原子力潜水艦『たかま』に帰艦した。我が家の様に慣れた足取りで音を立てずCICに彼は入室すると、
「ただいま。諸君」
と。優しく微笑んだ。CIC内に居たのは四十代のベテラン航海長の
「お帰り兄さん。こっぴどくやられたみたいだね」
頭の後ろで手を組んで、気楽な口調で虎次郎が苦笑していた。その口調には「やっぱりこうなったよなぁ」という態度がありありと滲んでいた。
「あぁ相変わらずさ。猿の世話をしていた方がマシだし可愛げがあったかもな。収穫はあったけど事実は最悪を超えたから困る」
龍太郎は
「艦長、タオルを」
と龍太郎に対して心配げな気配を隠しつつ冷静にタオルを手渡した。龍太郎は綾に「ありがとう」と微笑んで身体を拭き始めた。
「連中はいつもこれだな。こちらの事はストレス発散道具と思っている。我々はエデン島の
「弓月、気にするな。自分達が正しいと思っている人間や自分達が優位が有ると理解している人間の行動は常に自分達の力を見せつけるものだ」
そんな健二にタオルで水分を拭いながら無垢な笑顔を返す龍太郎。制服は乾燥させないと駄目だろうから身体から滴らない程度で止めた。
「内海。艦内放送を繋げよ」
そして龍太郎は綾に命令を下す。綾は頷き即座に全部署に繋げた。
「諸君。明日のエデン海域でシースラット・スポールが開催される事になった。対戦相手は世界最強の六女神とその精鋭達――総勢四十隻と本艦『たかま』である」
全部署の乗務員に、透き通る綺麗な龍太郎の声が静かに行き届く。その声を聞いていた乗務員――殆どが少年だ――が全員立ち上がり、
「これは我々や人類史の明日において避けては通れない戦いであると私は判断する。よって諸君らの力と最新鋭のこの原潜を私に貸して貰いたい」
艦長龍太郎の演説に、平均年齢二十歳のほぼ少年士官下士官の八十名は全員スピーカーに耳を傾けていた。戦闘指揮室も前部、後部魚雷発射管室の少年士官や下士官達も厨房の
「兄さん、やるのか?」
操縦席から離れ、虎次郎は兄へ近寄りながら気楽そうに尋ねた。そんな彼に、
「俺はたかま就任の時からこうするつもりだった。向こうから仕掛けてくるとは都合が良い」
龍太郎は優しく弟に微笑んだ。そして綾の方に視線を向けて、
「副長、明日の模擬試合は無弾頭の実弾使用を許可する。死傷者はゼロで艦船のみを『シースラット・スポールのルールを犯さずに』全て撃沈させよ」
と告げます。綾は「了解しました。艦長」と敬礼をし、作戦実行の準備を健二と共に開始し始めた。
そして龍太郎は更に全部署に対し。
「士官下士官、これは演習でも競技でもない。我々の意志を全世界に見せるぞ」
静かで冷徹だが、情熱のこもった口調で命令をする。
『了解です。艦長』
その宣言を聴いた全乗務員が敬礼をした。誰一人として、異を唱える者は居ない。全員が黒瀬艦長の指揮下に入った最初からこうするつもりだった。
◇◇◇
シースラットが始まる寸前。CIC内で龍太郎はそっと右目『だけ』を閉じた。極彩色の糸が粒が幾重にも連なり重なり絡まると。瞼の裏に光景が映し出される。自分を見下す六女神や取り巻き達の扇情的なユニフォーム姿とそれを着込んで若い女性の色香を醸しても幻滅する程に耳障りな喧しい声、AIコンソールの無機質な起動音と呼応する機関部の音が触れる程間近に映る。手に取れる光景をまざまざと観察しながら龍太郎はこれからの計画を思案する。自分なら大丈夫。それが自分に課せられた役割だから。自分にしか出来ず自分以外にはやらせたくない。
ふと意識の糸に誰かが触れた。この愛嬌は確認するまでもない。弟の虎次郎だけだ。意識を向ければ瞼の裏で彼がにぱっと無邪気に笑い、サムズアップする。
龍太郎もふっ…と微笑む。そうだな、お互い覚悟は決まっている。皆もそうだ。龍太郎は瞼を開いて両目で見据える。
「デイジー、デイジー。答えておくれ。おかしくなりそうさ、全て君への愛で」
誰にも聞こえない声でぽつりと歌う龍太郎。愛の歌。戦う前にしては意欲向上にならない穏やかな歌。それでも彼は歌った。
後少しで人類史から永遠に消えない戦争が始まると。龍太郎は覚悟を決めた。
明日をその手に なつき @225993
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