窓の向こう

@REDDAY

窓の向こう

非常階段の踊り場に、その窓はあった。

幅三十センチほどの、小さな四角い窓。


外壁に面していて、覗くと窓の中にいつもの街が見えた。


ある残業帰りの夜だった。 階段を降りる途中、窓に視線が吸い寄せられた。

暗がりの中で、その窓だけがぼんやりと光っていた。


近づくと、街灯の下を歩く人々の姿が、望遠鏡で覗いたように映っていた。


何度か僕はその窓の中を見た。 観察する対象は日によって違う。


帰宅するサラリーマン。

コンビニ袋を提げて走る学生。

犬を散歩させる老人。


窓越しに見ると、どこか揃いすぎている。


ある夜。 窓の向こうに、私を見ている“影”を見た。

最初は気のせいだと思った。

だが、影はそこに見えた。


街灯の光の中、私と同じ輪郭。 ただ、顔だけが不鮮明だった。


笑っているような、怒っているような、判別できない表情。

私は後ずさりした。 影は動かない。


だが、次の瞬間、影の肩がわずかに揺れた。

私は息を呑む。影も息を呑んだように見えた。


その日からも、私は窓をみた。理由はない。

夜になると、足が勝手に非常階段へ向かう。 窓を覗くと、影はそこにいた。


私が手を上げると、影も手を上げる。

だが、私が動くより、影のほうがわずかに早かった。


ある晩、窓の向こうの街で、いつもと違う事故が起きた。

窓の中の人物が、突然転倒したのだ。

影は何かを投げつけるような動きをしていた。


翌日、別の事故が起きた。

そしてまた、影が同じ仕草をしていた。


警察に相談しようとした夜、影はいつものようにあらわれた。


影はゆっくりと腕を振り上げた。それは私に向けているように見えた。

私の腕に鋭い痛みが走ったのは影を見た後だった。


逃げなければと思った。

だが、足は動かない。

私の記憶はそこで途切れた。




ある夜、窓を覗くと影がいた。


私がいつも窓を見る非常口だ。

影は窓を指差し、口だけを動かした。

声は聞こえない。


背後で、何かが軋む音がした。 振り返ると、そこに“窓の枠”があった。

窓の口は、ぽっかりと口を開けていた。

覚えているのはそこまでだ。

最後に見えたのは、窓のこちら側に立つだった私だったもののようだ。


それは非常階段を降りていった。

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