影裂伝 ーEIRETSU DENー

ガラパゴスオオカタツムリ

序章

禁裏神衛衆

──影は、いつの世にも生まれる。その源流は、いまより千四百年近く昔へと遡る。

 崇峻天皇五年(592)。宮中の闇で、帝が斬られた。崇峻すしゅん天皇の御暗殺は、「帝すら刃に倒れる」という恐怖を朝廷の深層に刻みつけた出来事である。

 その後、山野に暮らす修験者、祈祷と呪法に通じし陰陽師、武の道に秀でた武士たちが、互いに名乗りもせず、ただ帝を影より護るために手を結び始めた。

 名も無く、形も無く、ただひたすらに帝を守るためだけに存在する影。これがのちに禁裏神衛衆きんり しんえいしゅうへと繋がる“はじまりの影”であった。

 奈良・平安の世が移りゆくにつれ、影の務めは宮中に根を下ろしていく。災害、疫病、反乱。国が揺らぐたび、帝の背後には知られざる守護者が立ち続けた。

 やがて院政の乱世、後白河ごしらかわ法皇の御代に至ると、影はついに“組織”としての形を帯び始める。誰にも語られぬ武者たち。陰陽と修験を併せ持つ異能の者たち。帝も臣も知らぬところで整えられた“禁裏の影”である。

 文保元年(1319)。後醍醐ごだいご天皇が即位した翌年、乱れゆく朝廷を立て直さんとするとき、古来続く影の務めをひとつに束ね、『禁裏神衛衆』と名付けて制度化した。

 彼らの務めはただ一つ。帝を護る“盾”となること。矛として使われず、戦に駆り出されることを拒み、帝の私欲にも与しない。ただ帝の身命を守るためだけに刃を振るう──それが千年受け継がれた影の誇りであった。

 禁裏神衛衆の中でも、雉裂きざき家と天羽あもう家は幾世代にもわたって影の才を高め、京において並び立つ名門となった。どちらも同じ源流を持ち、互いに背を預け合う兄弟家である。

 だが、その結びつきが裂かれる日は訪れる。

 延元元年/建武三年(1336)、後醍醐天皇が足利尊氏あしかがたかうじに追われ、吉野へ遷幸。

 延元二年/建武四年(1337)、吉野を皇居と定め南朝が成立する。京では北朝が立ち、帝は二つとなった。

 帝が二つに分かれたなら、影もまた二つに割れるしかない。

 後醍醐天皇に従い吉野へ向かったのが、南朝神衛衆──雉裂家。

 京に残り、禁裏を護り続けたのが、北朝神衛衆──天羽家であった。

 そしてその五十五年後──。

 明徳三年/元中九年(1392)。南北統一を目前に、裏で密かに進められたのは南朝神衛衆・雉裂一族の粛清であった。

 同年三月。吉野、のちに千本桜と称される数多の桜が咲き誇る地で、恩賞の儀を装って雉裂一族を招き寄せ、毒により弱らせ、包囲し、ついには討ち滅ぼす。

 桜が真紅に染まるほどの殺戮。禁裏における長い歴史の中でもっとも残酷な、影の終焉。 ──これはその千年の影が裂かれ、散り、それでもなお現代へと続く魂の物語である。


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