ハンバーグはハンバーグ
翌日。湯冷めもせず絶好調な風使いちゃんは、軽い足取りでエントランスへとやってきた。
「おはよー、受付さん。二枚目の二箇所目、どこがいいかな」
窓口では、受付ちゃんが相変わらず退屈そうに指で頬を突いている。
「おはよう。……そうね、次はここ、《忘却の古塔》なんてどう? 」
「古塔? あんまり聞いたことないけど」
「ええ、辺境すぎて誰も行かないの。だからゆっくりチャージできるわよ。でもそこの私、最近ずっと暇すぎたのか設定を凝り過ぎて喋りが変だけど……まあ、適当に聞き流してね。」
「設定? よくわかんないけど、静かならいいや。そこにします」
「向こうのハンバーグ定食は美味しいからオススメよ。あー、あとダンジョンは魔物だから気をつけてね。」
「ハンバーグ定食があるならやる気が出てきた!!」
受付ちゃんが扉を叩くと窓口の横にある扉の向こう側が《忘却の古塔》へと直結された。彼女は上機嫌にスキップしながら軽やかな足取りでゲートをくぐった。
一歩跨げば、そこは埃の匂いが漂う、ひっそりとした石造りのエントランスだった。エントランスは閑散としていて受付ちゃん以外の人気は感じられない。 窓口には、聖歌隊のようなベールを被った受付ちゃんが、羊皮紙を広げて座っていた。彼女は風使いちゃんに気づくと、朗々と歌い上げるような声で告げた。
「『風に運ばれし異邦人(アヴェ・アドヴェナ・ペル・ヴェントス・ヴェクタ)』よ。この『忘却の砦(アルケ・オブリヴィオーニス)』にて、汝は何を求める? 『糧(アリメントゥム)』か、それとも『螺旋(ヘリクス)』か?」
「…………。あ、ダンジョンに入場したいんだけど……」
「よかろう。だが、心せよ。汝が身を投じるこの『螺旋(ヘリクス)』は、数多の時を啜り、肥大せし『不可視の禁域(アズィールム・インコグニートゥム)』なり。此の『一宇の肉塊(カルニス・ストルクトゥーラ)』が、汝という『糧(アリメントゥム)』を求めて、音もなくその『顎(ファウケス)』を開いている……。一歩一歩が『永劫の咀嚼(マンドゥカティオ・アエテルナ)』への『階(グラドゥス)』であることを『その髄に刻印せよ(インプリーメ・メドゥラ)』」
(あー……。これ多分いつもの定型文だよね、こっちだとこんな大渋滞を起こすのか。……大変だなぁ)
彼女は頭を振って「了解です」とだけ返し、そそくさとダンジョンの中へと進んでいった。
塔の中は、不気味なほどに静かだった。案内板も全て『↑ VIA AD CAELUM』といった具合に徹底されていたが、彼女は「風の吹く方」だけを頼りに突き進み、中層のテラスで心地よい風を受けながら魔力のチャージを済ませた。
「よし、満タン。……さて、お昼にしよ」
空腹を覚えた彼女は、入り口近くへと戻ってきた。そこには先ほどの受付ちゃんが、エプロンを羽織ってカウンターに立っていた。
「『肉体を維持する糧(アリメントゥム・アド・コルプス)』を求めるか、異邦人よ。品書きはこの『運命の書(リベル・ファティ)』に記されている」
差し出されたメニュー表を見て、風使いちゃんはピタリと動きを止めた。
『肉の球、果実のソース添え(スファエラ・カルニス・クム・イウレ・フルクトゥウム)』
「ス…スファ…スファ……。ねえ、受付さん。これ、ハンバーグだよね? なんで『ハンバーグ』って書かないの?」
「汝、何を言う。これは古の理に基づいた――」
「理とかいいから。この『スファ……なんとか』ってやつ、言いにくいし、注文する時噛みそうになるから普通に書いてよ。ナンセンスだよ」
「うぐっ……。じ、じゃあ……せめて『ハンブルグ』ならど――」
「ハンバーグ!!」
「…………。……ハンバーグ、一つ。承りました」
数分後、運ばれてきたのは、見慣れた照り焼きソースたっぷりの丸い肉の塊だった。 一口、放り込む。
「名前は呪文みたいだったけど、味はいつものハンバーグより美味しいかも!」
どれほど仰々しい名前をつけられようと、噛みしめた瞬間に広がる肉汁が真実を告げていた。ハンバーグは、ハンバーグなのだ。
窓口で帰還のスタンプを貰い、彼女は扉をくぐって本部のエントランスへと戻った。受付ちゃんは窓口では金髪の可愛い女の子にドッグタグを渡していたが、こちらに気付くと両手を振って風使いちゃんを呼んだ。
「ただいま!珍しく大歓迎だね!」
「あはは、おかえり。あそこの私大丈夫だった? ハンバーグ定食、食べられた?」
「あはは、何言ってるか全然わかんなかったけど味は美味しかったよ。でもあっちの受付さん、あれはダメ。注文するのに呪文が必要だったもん」
受付ちゃんは楽しそうにくすくすと笑いながら、二枚目のカードにスタンプを刻印した。
「はい、お疲れさま。二枚目の二箇所目、完了ね。ハンバーグの力で、明日も頑張りなさいな」
「はーい。あそこのメニューちゃんとハンバーグに直しといてね!」
「わかった、伝えておくわ。」
「ところでドッグタグを貰ってたってことは新人ちゃんだよね!じゃあお祝いにハンバーグを奢ってあげる!ついてきて!」
そういって少女の手を引いた風使いちゃんはまだ話が残っていたであろう受付ちゃんの「ちょっと待って」と言う言葉を無視して本日二度目のハンバーグを食べにいくのだった。
後日
再び小腹を空かせた風使いちゃんは、あの味を思い出してあのダンジョンの入り口へ足を向けた。
しかし行列を見た瞬間、風使いちゃんは理解した。
「あ、これ無理なやつだ」
そう言って踵を返す。
「やっぱりハンバーグはハンバーグが一番だよね!!」
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毎週 火・金 21:00 予定は変更される可能性があります
ハンバーグはハンバーグ 風待望 @unshumikan
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