消えない心

火之冬弧

消えない心

 この島は、きれいな円形だ。古代の人工物だという都市伝説が島民の間で囁かれるくらいには、よくできている。

 そんな島である日異変が起きた。


 島が欠けている。




8/4

 島が欠けている。

 巡回中の警官が気付いたみたい。南地区にある海に接する崖に、小さな円形の欠損があるらしい。私の家から海までは結構遠いから、明日時間がとれるときに見に行ってみようと思う。



8/5

 噂の欠けている部分を見てきた。たしかに、あんなにきれいな形をしていたこの島にとっては、異常なくらいの欠け具合だった。なにより不思議だったのは、その形がきれいな円形になっているということだった。

 島中に噂は広まっていたようで、私が昼過ぎに行ったときには大勢の人が集まってた。

 実際に見てみると、思ってたより欠けてる部分は大きかった。昨日聞いたときは大人の拳くらいっていってたような気がするけど、実際は人の頭くらいの大きさはあったと思う。



8/6

 島の欠けている部分は日に日に大きくなってるっぽい。今日はお姉ちゃんが見に行ったみたいだけど、欠損の大きさは赤ちゃんの背丈くらいあったって言ってた。私が最初にこの話を聞いた一昨日は拳くらい、実際に見た昨日は頭くらい、お姉ちゃんが見た今日は赤ちゃんくらいの大きさってことは、明らかに欠けている部分は大きくなってる。

 島のお偉いさんたちが欠けた場所の近くで何か話し合ってたみたい。その場所からちょっと離れてたお姉ちゃんはあまり聞き取れなかったって。何の話だったんだろう?明日お父さんにこのこと聞いてみようかな。



8/7

 お父さんがこっそり教えてくれた。

 やっぱりあの円はどんどん大きくなって、島を削ってるらしい。あれの周りには簡易的な柵を立てているみたいだけど、このままだとすぐにそこも削れて無くなっちゃいそう。

 なんでこんなことになってるのか、誰も原因もわかってないみたい。ましてや対策なんてできてないらしい。

 これはこの島に暮らす人間として他人事じゃないけど、でも具体的にどうすれば良い?何か私にできることはある?



8/8

 島の人達はこの現象を【円欠損トゥースィー】と呼び始めた。まぁ、円形に欠けてるってことで妥当だろう。円欠損は昨日の柵を越えて、いよいよ民家にまで迫ってきた。南地区にあるあの辺りの人達には別地区への避難勧告がされたみたい。そうはいっても、このまま円欠損とかいうのが広がってきたら島のどこに逃げればいいの?



8/9

 海に近かった建物が次々と円欠損に呑まれている。今日は家が海に沈んでいくのを目の当たりにしちゃった。急に足場を失った建物は、あっという間に視界から消えて、大きな音だけが聞こえた。

 近いうちに私の家もああなるのかな。



8/10

 島の中で横から見た上での想像でしか無いけど、円の形をした島の外周の一点に円欠損は接していて、日に日にその半径を大きくしている。空から今の島を眺めたら三日月っぽくなってるんじゃないかな。まぁ月の場合、影は円形じゃないけど。なんて呑気なこと言ってる場合じゃ無いよね。



8/11

 思ったよりも円欠損の拡大する速さがやばい。始めの頃よりも最近の方が明らかに早く円欠損の半径が増加してる。

 私たち家族は円欠損の反対側にあたる北地区に用意された避難所へ行くことになった。この家は無くなっちゃうだろうし、持っていくものは明日中にまとめないと。



8/12

 今日はお父さん、お母さん、お姉ちゃんと家族総出で一日中避難の準備をしていた。家の中を整理してたら、しばらく目にしてなかった懐かしい物がいっぱい出てきた。無くしたと思ってたおもちゃもいくつか見つかった。本当はゆっくり見ていたかったけれど、時間もないからとりあえず適当にカバンに詰め込んだ。



8/13

 今日、私の家が呑まれた。大事なものを持って家族全員で避難所へ行く準備はしていたから、避難はスムーズに進んだ。

 海に消えていく家と共に、私の何かが抜け落ちていく気がした。



8/14

 島の偉い人が言うには、円欠損の半径が大きくなるスピードはそのときの円欠損の半径に比例するっぽい。どうりで最近の円欠損の拡大が加速してるわけだ。てことは、このままだとあと数日で島が全てなくなってしまう。

 島の外へ出ていく人もいるみたい。私の友達も何人か準備を始めてる。



8/15

 円欠損の発生地点と思われる場所を潜って探索した人たちがいたけど、これといっておかしなものは見つからなかったみたい。現在進行形で削れている崖部分も、まるで消しゴムで擦っているみたいに消えているらしいけど、その原因も理屈も全くわからない。



8/16

 消えた距離はほとんど百メートルに達した。島の半径の百分の一に匹敵する距離になった。次の百分の一までの時間はもっとずっと短いんだろう。



8/17

 今日【プライバシー保護のためデータ削除済】が島を出て行った。同い年で、生まれたときからずっと一緒だったけど、まさかこんな形で別れることになるなんて。もちろん連絡先は知ってるし、落ち着いたらまたいつでも会えるだろうけど、やっぱり寂しい。



8/18

 【プライバシー保護のためデータ削除済】も【プライバシー保護のためデータ削除済】も【プライバシー保護のためデータ削除済】も、みんな散り散りになっちゃった。急に受け入れてくれる場所もそんなたくさんは無いだろうから、移住する場所がばらばらになるのは仕方ない。わかってる、それはわかっているんだけども。


 悔しい、やるせない、私にはどうすることもできない。



8/19

 どうしてこんなことに?

 どうしてわたしたちが?

 どうしてたすけないの?

 どうしてあの場所から?

 どうしてあのときから?

 どうして島が消えるの?

 どうして止まらないの?

 どうして止められない?

 どうして泣いているの?

 どうして怒っているの?

 どうして笑っているの?

 どうして喜んでいるの?

 どうしてわからないの?

 どうしてわすれてたの?


 どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?どうして?


 誰か助けて



8/20

 円欠損は止まらない。どれだけ地面を固めて守っても容赦無く削れていくし、埋め立てようにも土を海へと入れたそばから消えていく。どうしようもない。これがこの島の運命なんだ。私たちが生まれ育ったこの土地は、何年も重ねてきた思い出は、あと数日で跡形もなく消え去る。



8/21

 なんでこんなことになっちゃったんだろう。私たちはこの島で平穏に暮らしてただけなのに。

 日常なんてものは、次の瞬間に崩壊するかもしれないような不安定な存在で、決して摂動的な平和が連続的に変化していくようなものじゃないんだ。



8/22

 円欠損の拡大速度は日に日に増している。島の中央にあったランドマークも土台を失って海に沈んでいった。あそこではお姉ちゃんや友達たちとよく遊んでいた場所だった。あの頃の情景が頭の中にどんどん浮かんでくる。

 島はあと二日で無くなる。それが信じられない、あるいは受け入れられない人たちも少なからずいるけれど、あのえぐれる速度を見たらあまり悠長なことは言ってられない。



8/23

 明日、家族全員で島を出る。


 島と運命を共にするって言う人も少なからずいた。私も何度かその考えが浮かんだけど、やっぱり生きていくことにした。この島に起きたことの真実を知る必要がある。

 代わりというわけじゃないけど、この日記を残していくことにする。島で育った、島で暮らした、この島が確かにあったって証拠の一つとしてこの日記を遺したい。

 島が無くなったって、消えずに残るものはある。それを知ってほしい。忘れないでほしい。


 私を育ててくれてありがとう。私に全てをくれたこの島を、私は忘れない。



8/24

【データなし】




 以上が消失した島のかつての中心から北に五km離れた地点の海底で見つかった文書です。なお、一部プライバシー保護のため修正しています。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

消えない心 火之冬弧 @fuyuko_hino

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画