BLゲームの主人公の兄に転生したけれど、弟が土管を最優先するので攻略どころではない件

@ikareru_futon

前世とお使いイベント(なお、恋愛は発生しない模様)

その日、俺の頭に弟が階段から落とした辞書が直撃した。その凄まじいショックで、俺は少しだけ前世の記憶を取り戻した。自分はかつて、日本で暮らす普通の男児だったことを。


​そして、ここが前世で姉がリビングで堂々とプレイしていたBLゲーム『水晶塔の禁断の夜』の世界であることに気づいてしまった。魔法やドラゴンが存在するファンタジー異世界。その中で俺は、公爵家の長男であり、あろうことか「攻略対象の一人」だった。

なるほど、鏡を覗けば金髪碧眼の驚くような美男子が俺を見返している。


​「自分は攻略される側の人間だ」


​少しだけ安堵した。つまり、俺が攻略されなければ、男に向かって愛を囁く必要もない。将来、可愛い奥さんを娶ることだって可能なはずだ。


​しかし、すぐに重大な問題に気がついた。このゲームの主人公は、俺の弟であるリヒル・ロゼルトだ。

本人は自覚していないが、妙に人を惹きつける16歳の美少年。

母に似たせいか、中性的な外見に、淡いオレンジ色の柔らかな髪、蜂蜜のようにキラキラ光る琥珀色の瞳。


少年とも少女とも言い切れないその気配に、俺は無意識に視線を向けてしまう。


​どうやら前世を思い出す前の自分も、すでに弟に対して微かな慕情を抱いていたらしく、リヒルを見るたび、俺の胸はきめいてしまう。


​「……っ、ダメだ!」


​俺はブンブンと首を振った。


前世の記憶がある今、同性愛すらハードルが高いというのに、実の弟が恋愛対象だなんて言語道断。


​「俺は日本で普通に育った、普通の感性の持ち主だ。絶対に弟に恋なんてしない!」


​自分に言い聞かせるように叫ぶ。「大丈夫だ!」と。


鏡の前で一人で叫んでいる俺の姿に、メイドが白い目を向けたが、背に腹は代えられない。


​しかし、この世界はそんなに甘くなかった。


BLゲームの世界補正なのか、定められた運命なのか。記憶を取り戻してわずか3時間で、俺は前世の理性を持ってしても弟を愛おしく感じてしまう自分に恐怖した。これが主人公の抗いがたい魅力なのか……!


​俺は激しく苦悩した。


運命に抗え! 100歩譲って俺が他の男と恋に落ちるハメになっても、家族だけはダメだ。業が深すぎる。せめて、せめて妄想程度で理性を食い止めろ……!


​――もっとも、「身内相手に妄想だってダメだ」という理性の叫びを無視している時点で、俺も相当に「墜ちて」いたのだが。



​やがて、運命のイベントが幕を開ける。


公爵家の執務室で、父上――ロゼルト公爵がさらりと言った。


​「アルバート、リヒル。この書状と小箱を持って、隣国のシルフハーフェンまで行ってこい」


「え、二人で?」


「そうだ、そこの交易長へ直接渡してくれ。馬車は用意してある。信頼できる者にしか任せられん」


そんな俺たちの会話をよそに

リヒルは、小箱を両手で持ち上げながら、

「わあ、これ、なんですか?」


と無邪気に聞いた。


「隠しコマ……」


「隠しコマ?」


「何でもない。絶対開けるなよ。」


と答えた。

父上、それは開けろというフリですか?


と思いつつ、俺たちは「承知しました」と頷いた。


​そうして始まった、兄弟二人きりの強制出張。


もっとも、目的の仕事はあっさり達成した。あとは帰るだけだったのだが……。


​慣れぬ土地で大雨に見舞われた上、手違いで馬車が帰ってしまうというトラブルが発生した。


仕方なく駆け込んだ宿は一軒しか空いておらず、案内された部屋には、ベッドが一つしかなかった。


​俺は内心で静かに歓喜した。


そうだ、確かゲームでは、ここでリヒルが「……兄様、寒いです」としがみつき、俺が優しくベッドで抱きしめて温めてやる展開だったはず!


​しかし、現実のリヒルは部屋に入るなり、濡れたシャツのボタンを引きちぎらんばかりの勢いで脱ぎ捨て


​「寒いー!」


​叫ぶやいなや、そのまま風呂へ直行してしまった。


……そらそうだ。


あまりの素早さに、甘い言葉をかける隙もなかった。


​俺は呆然と椅子に腰掛けた。前世のリビングで見た、あの甘いやりとりはどこへ行った? 何かフラグを踏み忘れたのか?


ずぶ濡れのまま、俺はリヒルが風呂から出てくるのを待った。まだだ、まだ諦めきれない。風呂上がりの弟を狙えば、まだチャンスはあるはずだ。


​やがて、ガチャリと扉が開いた。


​「どうぞ。兄様、お先です」


​リヒルは濡れた髪を適当に拭きながら、事もなげに言った。


​「……いや、俺はいい」


​このまま格好をつけて弟を抱き寄せ、情熱的な展開に持ち込もうとした、その時。


​「え! 僕は風呂に入らないような人と、同じ部屋にいたくありませんよ?」


​……リヒルに本気で嫌な顔をされ、俺の心は深く傷ついた。


​「……わかった、入ってくる」


「はい。ごゆっくり~」


​リヒルは物凄くかわいい笑顔で見送ってくれた。


​20分後。俺が浴室から出てくると、リヒルはすでにベッドでぐっすり眠っていた。


​「……イベントとは」


​俺は窓の外を見上げた。すでに雨は上がり、星が瞬いている。


窓ガラスに映る、無防備な弟の寝顔。今なら、少しだけなら触れても……。


​そっとベッドに乗り上げ、弟に触れようとしたその瞬間。


リヒルが激しく寝返りを打った。


​ドゴォッ!


​「ぐっ……!?」


​なぜか的確に俺の腹を撃ち抜いた強烈な蹴り。


そのままベッドから叩き落とされた俺は、床で意識を失った。


​……翌朝まで、俺たちはそれぞれの場所で心地よく眠った。俺の理性は、別の意味で守られたようだった。

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