最後まで書き続けてください

tamn

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 ●1


 気づけば、真っ白い空間にいた。上も下も、横も全て白い。


「ここ、どこだ」


 いつの間にか眠っていたらしい。いや、眠らされていたという方が正しいのかも知れない。

 リカルドは真っ白い床から飛び起き、姿勢を低くしたままじっくりと周囲を見渡した。白い以外に特徴的なものがあるとすれば、ずいぶんと古びた木のベッドが一台あるのみ。

 窓というものはない。だというのに、ここはずいぶんと明るい場所だった。

 魔物の魔法か何かか。いつの間にか罠にでもはまってしまったのかも知れない。なんていう失態だ。


「……いや、落ち着こう。きっと仲間達が助けてくれるだろうし、こういうことは何度だって起きていたはずじゃないか」


 リカルドには仲間がいる。魔法使いのジェシカ。戦士のラゴン。僧侶のミリアーナ。元盗賊のマルク。

 全員、リカルドの大事な仲間達だ。ではリカルドは何者かと言えば、所謂勇者というものだ。

 世界を我が物にしようとする魔王を倒すべく、リカルドは王の命の元、旅立った。最初は魔法使いのジェシカと二人だけだったが、気づけば五人。時折、衝突もしつつ、なんだかんだと楽しく旅をしてこれた頼もしい仲間達だ。

 と、リカルドはふと、気がついた。

 服が、違う。

 眠る前は旅に適した厚手の服を来ていたはずだ。だというのに、今の格好は真っ白い上下の服。

 一体これはどうなっているというのか。

 分からない。本当に、何がどうなっているのか、何も。

 呼吸が乱れそうになり、リカルドは胸元を強く押さえて無理やり大きく息を吸い込み、吐き出した。


「……よし。まずは、よく観察をしよう。それからだ」


 マルクがいつも罠を見つける時はよく観察するのが重要だと言っていた。

 だからリカルドもそれにならい、天井、壁、床と穴が開くほどに見つめ、観察をする。あまりの白さに目が痛くなりそうになりながらも、一欠片の埃すら見逃さないように全てを見る。

 だがしかし、何も見つからない。

 では次だ。

 ラゴンは言っていた。全ては力だと。

 だからリカルドは力の限りに壁を殴りつける。皮膚が裂けようとも構わない。とにかく、生きて脱出さえ出来ればミリアーナに治してもらえると信じているからだ。

 しかし、何も起きない。それは当然だ。ただの素手の拳なのだから。

 そしてリカルドは体に巡る魔力を集中させ、ジェシカに教わった中でも一番強い炎の魔法を放つ。も、炎は一体どういう仕組なのか、なんと驚くことに炎を吸い込んでしまったのだ。


「ははっ……こいつは、とんでもねぇな」


 乾いた笑いがこぼれた。

 頭がおかしくなりそうだった。

 目覚めれば誰もない、真っ白な空間に一人だけ。扉も窓もない。魔法も効かない。

 両方の拳からじんじんと感じる痛みだけが、これが現実であると訴えてくる。

 リカルドは両手で顔を覆い、その場に座り込んだ。





 ●2


 あれからどれほど時間が過ぎたのか。

 確かに眠くはなるが、空腹というものはない。眠くなるタイミングで何となく時間感覚をつかんではいるが、この感覚さえも正しいものなのか疑ってしまいそうになった。

 だからリカルドは何もかもを考えなくて済むよう、体を鍛えることにした。

 筋肉は全てを解決する。ラゴンの言葉は確かにその通りだと、リカルドは今になって思う。再会出来た時にでも疑って悪かったと伝えなければならない。


「っし……! 次は腕立て」


 足が浮きそうになりながらもリカルドは腹筋を終え、一呼吸を整えた後に腕立てを開始する。

 どのあたりを集中して意識しなければならないのか。それを考えているだけでもずいぶんと気が紛れた。


 考えるな。考えるな。今はただ、ここを脱出することだけを考えるんだ。そしてその為にやれることを全てやるんだ。仲間達が待っている。待ってくれている。そのはずだ。そのために鍛えろ。すぐに動けるように。


 腕が吊りそうになるも、無理やりに最後までやりきる。

 額から流れる汗を袖で無造作に拭い、息を少し整えた後に立ち上がり、真っ白い何の変哲もない壁の前に立つ。

 そしてリカルドは拳を大きく振り上げ、力強く殴りつけた。

 苛立ちも、湧き上がる不安と恐怖も、そこに全てを叩きつけるように、努めて無感情になるように、繰り返し、ただひたすらに壁を殴り続ける。

 白い壁がわずかに赤が飛び散る。それでもリカルドは手を止めない。おかしな音がしようとも、リカルドは殴り続ける。

 同時に恐ろしいという感情が背筋を伝い、首元へと這いずりあがってくる感覚から逃避するように。


「……はっ」


 小さく、無理やりに笑い飛ばしながらリカルドは拳を止めた。

 見れば皮膚が裂け、その下がてらてらとした赤がこぼれているが、リカルドは無理やりに口角を上げ、構わずに両手で顔を覆う。


「……なんでだよ……! なんで、痛くないんだよ!」


 繰り返し、目覚める度に同じことを繰り返している。

 体を鍛え、壁を殴り、無理やりに体を傷つけて疲れて眠るを繰り返している。

 まだ、痛みがあったから正気を保てていた。だというのに、この空間はその痛みを少しずつ奪い始めていた。

 そして目覚める度、赤くなった壁も、服も全て白に染められる。この見るに堪えないほどの傷さえも、綺麗に消え去った。

 リカルドはそのままうずくまり、力の限りに床に拳を強く叩きつけた。


「どうして、なんで、こんな目に!」


 白い空間に、リカルドの震えた声が満ちる。


「ああ……神様! なんで、どうして……!」


 あなたが、勇者にさせたというのに。

 リカルドはわずかに背中を震わせながら、その場にうずくまった。





 ●3


 少しずつ、睡眠時間が減ってきている、ような気がした。あくまで気がする、だ。ただ起きている時間が妙に長く感じるようになってきたという僅かな変化だった。

 あれから、リカルドはベッドに横になっている時間が増えた。

 無気力になってしまった、というのが正しいだろう。

 だから余計に睡眠時間が減っているのかもしれない。無理やりにでも起きて、疲れさせなければ。そうすればぐっすりと眠れる、そのはずだ。

 痛覚が消え去ったが、しかし苦しさというのは残っている。何度も、飽きることなく呼吸を止めては、苦しくなって荒く、胸を大きく上下させて、いっぱいに空気を取り込む。


「……ああ、そういえば……」


 何度も言われたじゃないか。に。

 あんたは焦ると周りが見えなくなる。だからちゃんと深呼吸して、落ち着いて、それから動かないとだめだろう、と。

 ああ、そうだ。確かにその通りだと、真っ白い天井を見上げたまま強く頷いた。

 そう、それにだ。彼女の他にも、に、そしてだって似たようなことを言われたじゃないか。

 全部一人で何でもできるって思うなよ。何故、頼らないのですか、と。

 全くその通りだ。であれば、今やれることは待つことだ。一人で脱出するのはおそらく難しいだろう。だから仲間達がここを見つけてくれるのを信じて待つことこそが、一番重要なことなのだと。

 大きく息を吸い込み、吐き出すと同時にベッドから起き上がる。

 そうと決まれば、それまで心と体を鍛え続けるのみだ。痛みが消えたところで、むしろ無茶な鍛え方をしたとしても良いだろう。

 今までは真似しようとしても仲間達に止められたが、今ならば同じような鍛え方をしたって良いはずだ。

 確か、そう、は――……。

 と、ふと、思考を止めた。


「……あ、れ……?」


 どうしてか。妙に発声がうまく出来なかった。いや、これは混乱と驚愕をしているからだった。


「……え、あれ?」


 頭を抱えながら、どうにか落ち着こうと意識して深呼吸を繰り返そうと努力する。

 しかしどうしてか、呼吸は段々と浅くなり、苦しさを覚え始める頃、は言葉をこぼした。


「名前、なんで、思い出せないんだ……?」





 ●4


 這いずるように、男はベッドからようやく降りる。

 まだ、動けることを確認し、大きく息をつく。震える手を力強く握りしめる。が、すぐに力が抜け、また震え始める。

 それでも男は感じる苦しさに、ある種の心地よさを感じながらベッドに手をつきながら立ち上がることを試みる。しかし、すぐに力が抜け、床に座り込む。それでも、それがどうしたと言わんばかりに挑戦しては座り込み、最後は背中をしたたかに打ち付ける。

 けどもあるはずの痛みがないことに、男は吐き出しそうになる底知れぬ恐怖を必死に飲み込む。


「……くっそ」


 枯れ始める声。もはや、己の声は、元からこれだったのではないかと思うほどだった。

 男は分からない。

 いつからここにいるのか、いたのか。どうして、こんな場所にいるのか。何故、何度も立ち上がろうとしているのか。

 何もない空間だ。ただぼんやりと、ここに横になり、時が過ぎ去るのを待てば良い。それだけだというのに、男は何かに駆り立てられるように立ち上がろうとする。

 分かっている。もう、分かってしまっていた。

 ここから自力で脱出することは不可能。だというのに、男の諦めの悪さがそれを認めようとしない。

 それはまるで呼吸するかのように、男は必死に、そして当たり前のように立ち上がろうとしては、倒れる。

 いつからこの手足が骨のようになってしまったのかは分からない。皮膚だって、まるでいつまでも水につかっていたかのようにふやけ、何度も転べばそこが破れて白い服がいつの間にか赤く染まろうとも、男はあがき続ける。


「……ああ、神様」


 白い空間を赤で汚しながら、男は仰向けになったまた枯れた声を発した。

 神様、神様。

 何故、俺は。私は、どうして、ここに。僕はそもそも。何故、どうして生み出されたのですか。神様。

 神様、どうしてなのですか。何故、お答えくださらないのですか。

 神様、何故。

 

 何故、お前は見ているだけなんだ。





 ●5


 もはや、男は声を発することすら困難になり始めていた。

 飲み込むように呼吸を繰り返す。しかしどこからか漏れ出すような感覚は、穴が空いた風船のようだった。ただただ苦しいということだけは理解できていた。

 腕が持ち上がらないからどうなっているのかすら分からない。眩しいほどに白かった光景はいつのまにか消え去り、いつの間にか乳白色の世界が広がっていた。

 分からない。どうなっているか、何も分からない。


 ――ああ、神様。


 男は懇願する。

 と、何かが触れた、気配がした。

 空気が震えていることが伝わってくる。

 誰かが、いる。

 ようやく、ようやく誰かが。

 男は歓喜した。

 嗚呼、これで救われるのだと。

 救われて、そして、それで――……。

 空気がまた震えた。


 男は答えるように、声帯を震わせようとした。しかし、通り過ぎたのは空気、だったのかもしれない。もはや、男の耳は機能すらしていなかったから。

 何かが、その誰かが、上に乗り上げた。

 頬に、何かが這う。

 気色悪い、とは思わなかった。

 救いだ。


 男は歓喜の吐息を漏らし、そして――……。


 ふひゃ、と独特の笑い声が、失ったはずの鼓膜を震わせた。



 ●○●○●



「ねぇ、マサ。なんか小説読めなくなってるんだけど」

「ああ、あれ?」


 ミサトに呼びかけられ、マサは手元のスマートフォンから顔を上げた。


「消した」

「はぁ? ちょっと、楽しみしてたのに」

「いや、やっぱりさぁ。俺が書きたいのって、もっとこう面白いファンタジーなんだよ。あの設定のままだと、どうしても難しくってさ」

「終わりまで考えてるって言ってなかった?」

「ちょっとだけ。けど、もっと面白い終わりが思いついたから書き直し。それにさ、読者の反応だってあんまりよくなかったし、何より俺が面白いって思わなきゃ駄目じゃん? だから消した」


 一切悪びれるどころか、すっきりした顔で言い切るマサに、ミサトは唇を尖らせた。


「あっそ。それなら次の話、期待してるわね」

「おう! 今度こそすげぇ面白いのが書けるから期待していろよ!」

「はいはい」


 マサは笑顔を浮かべ、そしてすぐに手元のスマートフォンへと視線を向け、忙しそうに指先を動かし続けた。おそらくその今言った新しい小説を書いているのだろう。


「あ、ねぇ」

「なんだよ」

「主人公の名前、前と同じにするの?」

「前と?」

「うん」


 マサは眉を歪め、僅かに顔を傾けた。


「……悪い。前の名前、なんだっけ」

「ちょっとぉ、自分で書いてて忘れたの?」

「すげぇ時間空いたんだから仕方がねぇじゃん。ってか、もう話しかけんなって。忙しいんだから」

「ごめーん」


 不機嫌そうに顔を歪めるマサに、ミサトはおどけつつ謝ればわざとらしく大きなため息をつかれてしまった。

 そんな反応をしなくても良いのになぁ、と思いつつミサトはそそくさとその場から離れた。

 何人かの人が横を通り過ぎる。ああ、あの人はスマートフォンで小説を呼んでいる。電子書籍のほうだろうか。それとも、マサが書いているみたいな小説と同じものだろうか。

 ミサトは真っ赤な舌で唇を舐め、笑みを深めた。


「おいしかったなぁ、あの子達」


 ふひゃ。

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